第272話
クランドはビックリ箱のような男だ。
「Japón《日本》」と呼ばれる島国より来たこの者は、我が国で言うところの騎士の家系の家で地方の領主の息子と言う様な立場に生まれたそうだ。
驚くことに一代で立身出世しこの国の公爵に該当する程の地位に上り詰めたという。
その島国には多くの国が乱立しており、それを権威で治めている皇帝の様な者が居るそうだ。
実際は名ばかりの皇帝で、武力は騎士の様な存在の者たちが押さえており、国々で争う戦国の世であるという。
クランドはそんな権威だけの存在ではあるが皇帝の代理として我が国へとやって来た。
本来は彼に会う予定は無く、かの国の使節団の少年たちだけと会うこととしていた。
予定を変えた理由は、ローマでの出来事に起因する。
ローマ教皇グレゴリウス13世がクランドに興味を持ち是非とも会いたいと言う事で会った際に幾つもの奇跡を見たという事で興味が湧いた。
やれ壁を走って登っただの、やれ空を飛んだだのと、世迷い事の噂もあったが事実であった。
私が興味を持ったのは彼の武力だ。
1人で複数人を相手すると聞いたその騎士としての能力を見てみたいと思ったから彼と会った。
今思えばクランドと巡り合えたことは我が人生の中でも間違いなく限りなく上位の
クランドとは友誼を結びたいと思い、彼とは多くの時間を割いて語り合った。
噂では「神と語らう者」と言うが、当初はそのような事は一言も聞かなんだが・・・
悪魔祓いに始まり、異教徒の神とも邂逅し、私に私へのメッセージを伝えて来た。
その神と何時クランドが会ったかは知らぬが、宣教師の報告を基に考えると、「夢の御告げ」の様なものであろう。
クランドは己が母国で多くの神と会い、ガブリエル様の弟子にもなったと聞く。
宣教師共の報告では、その英知は計り知れぬ物で、人知を超えているとすら述べていた。
神と語らう者だしそれ位は何でもない事なのやもしれぬ。
私はカトリックの敬虔な信徒である。
しかし、為政者でもあり、己が信じる神を広めたいと思ってはいるが、他の神の存在を信じない程狭量ではない。
勿論、本来の
そう言えば、私の信じる
さて、そのクランドを夜会へと招いた。
クランドは酒好きの様で浴びる様に次から次へと飲み干していっておる。
奥方たちから「飲み過ぎ」と注意されているようだが、ご機嫌で「もう少しだけ」と言いながら飲んでおる。
私の所に戻ってくる頃には大分酔いが回っているようじゃが、これはこれで面白そうじゃ。
「どうじゃクランド、酔っているようじゃがどの酒も美味かろう?」
「はい、実に美味しいお酒が揃っておりますね」
「そうであろう、そうであろう」
「しかし、サングリアだから美味しいと思うのですが、サングリアあるなら、テキーラとかも飲まれるのでは?」
「テキーラ?」
聞き覚えの無い酒類の名が出た。
「テキーラ」なる酒は聞いたことないが、クランドの口振りからはこの国で普通に飲まれている様な言いようだが、はて・・・
「長様・・・」
「何?莉里」
クランドの奥方の一人、リリがクランドの袖を摘まみ不安そうに注意を促そうとしたようじゃが、ここで話を切られるは拙いと感じ、クランドへ「テキーラ」について詰問する。
「クランドよ、テキーラとは何じゃ?」
「え?スペイン人とかお好きですよね?」
私は周りの者たちにも確認を取るが、その酒を知る者は皆無であった。
クランドが何処でその存在を知ったか不思議に思いながらジッと見詰めていると、クランドの方から話し出す。
酔いで口が滑らかになっておる様じゃ。
「テキーラって言うのはですね~メキシコ・・・え~と今は何て言うんだっけ?アステカ?・・・え~と、その地に生えている
蒸留酒か。
酒精の強い酒ならば此方に運ばせるのも可能であろう。
酒精の弱い酒は航海中に酸化したりして輸送に苦労する。
しかし、その心配が少ない様な酒であれば味わってみたくなりクランドに詳しく聞き取りをし、後日調べる事にした。
クランドが帰国した後、クランドの話した酒に似た製法の酒はアメリカ大陸に存在した事を知る事となる。
|Agave Tequilana Weber Variedad Azul《アガベ・テキラーナ・ウェーバー・ブルー》(品種)と呼ばれる植物より作られる
試にその酒を蒸留させた物を献上するようにと沙汰を出した。
数年後、献上されたその酒はクランドが申した名を与え、「テキーラ」とした。
話を戻そう、それから直ぐにクランドの奥方たちは慌てふためいて、クランドの酔いを醒まそうとしておる様じゃが、酔った者が直ぐに元に戻ることはない。
更に色々と聞き出そうとしておると、クランドの奥方の一人、シュンリーだったか?が何やらクランドに飲ませた。
飲んで直ぐにクランドの様子が変わり、赤々としておった顔がほろ酔い程度に戻っておる・・・
「クランド!酔いが醒めた様じゃが?何を飲んだ?それに、先程の話は何処で知り、その酒をどこで飲んだのじゃ?」
「えっと・・・神・・・」
クランドは今何と言った?
確かに「カミ」と言うた・・・「カミ」とは「
クランドの母国の語の解る者を急ぎ手配し、その者より色々と聞いた中でその単語を耳にしておったし・・・
「
「そう!神に飲ませて頂きました!!そして、神よりお話を伺いました!!」
「何と!!」
報告書では書かれていたし、悪魔祓いをする様な者じゃ、信じられぬ思いもあるが信じねばならぬと思うておったが、神に飲ませて貰った?・・・
不思議と詳しく聞かねばならぬような気がして、直観を信じ、クランドに更に問う。
「クランドは情報通であるな」
「いえ・・・偶々知り得ただけです」
「ほう、神に教えられたのか?」
「アステカの神に振舞って頂きまして・・・」
「ほう、現地の神か・・・何という御名の神じゃ?」
歯切れ悪そうにそう答えるクランド。
疑う訳ではないが、精査の為にもその神の御名を聞き返す。
我らの信じる
しかし、異教の神の名は口に出しても良い場合もあると聞くし名乗れるならと聞いたのであるが・・・
「え~と、ケツァルコアトル神とシウテクトリ神と言う神に飲ませて頂きました・・・」
2柱の神・・・一神教のキリスト教ではありえないが、ギリシャ神話など複数の神が存在するのは歴史的にはある事であるし、他地域では当たり前なのであろうが、2柱の神と聞くと少し驚いてしまった。
「ほう、異教の神が二柱か・・・」
「はい・・・」
少し思案したが、何を話したか気になりクランドに聞く事とした。
そして、その聞いたと言う内容が恐ろしく、戦慄したのは私だけの秘密だ。
「その神々は何か言っておったか?」
「はい、土地を荒し、在地の者を虐殺をこれ以上行えば神罰をくれてやると陛下に伝えておけと・・・」
「か、神がそう言ったのか?・・・」
「はい・・・」
聞いて戦慄した。
確かに過去に征服する為に多くの血が流れたと聞く。
私の治世ではそのような事はあまり聞かぬが・・・神の言う事じゃ、異教の神と言えど神は神、神の言を聞いて動かぬなど為政者とは言えぬ。
それに、これ以上の虐殺など必要ないと判断しクランドに約束した。
「クランドよ」
「何で御座います?」
「現地でこれ以上無体をしないよう通達しよう・・・」
「それが宜しいかと」
ホッとしたような顔をするクランド。
もしやすると、わざと酔った振りをしてこれを言おうとした?
いや、明かに酔っていて口走った感じで顔を引き攣らせていた・・・
まぁ問い詰めても益の無い事じゃて流すか。
それにしても、次に気になるのがクランドが飲んだあの液体じゃ。
一瞬にして酔いを醒ますとは・・・何を飲んだのじゃ?
気になったので聞くと、回答は直ぐに得られた。
酒を飲んだとクランドは言う。
酒で酒の酔いを醒ます?訳が解らぬが、薬酒の様な物か?よく解らぬで更に聞くと特殊な酒と言う。
「その酒はどんな酒じゃ?」
「そうですね~神より年に少量の生産が認められた酒です」
「神が認める?」
また「神」の関わる事か・・・驚きを通り越して興味が湧き、促す様に話を催促すると、心得たとばかりにクランドは話し続ける。
「はい、摩利支天様と言う私の奥のご先祖の神が居りまして、その神と数柱の神に捧げた酒がこの酒になります」
私は敬虔なカトリックの信徒である、しかし、異教の神の酒・・・興味がある。
決して
「その酒は酔いを醒ましたな?」
「そうですね・・・」
「美味いのか?」
決して
クランドは何やら奥方たちに話ておる。
どうやら滞在先に取りに行かせたようだ。
どうやらその貴重な酒を我が国に持ち込んでいた様で、直ぐに取り寄せて持って来た。
容器に入った透明の酒をコップに注ぎ、クランドが一口飲み、「毒味終わりました」と言いながら私に差し出す。
御付きの者どもが慌てておるが、態々今更クランドが私を暗殺することも無かろうとそのコップを受け取り、一口、嘗める様に味わう。
美味い!!
今まで飲んだどの酒よりも味わい深く滑らかで舌を転がる様に、喉を滑る様に胃の腑にながら落ち、幸福が口一杯に広がる。
気が付けば飲み干しておった。
「実に味わいある酒だな」
「米の酒で我が国独自の酒なので、「日ノ本酒」とでも言う酒ですかね」
「ほう」
「澄み切った酒ですので澄酒と呼ばれます」
「成程」
酒の銘は「神酒 神饌」と言うらしい。
「
しかし、不思議じゃ。
日頃の政務により持病である腰痛が一瞬にして消えた。
幸福感からそう感じているのであろうが、味もさることながら、この感覚は実に良い。
もっと、いや、毎日でも飲みたいと思い、クランドに交渉しようと言い募る。
「その酒はどの程度手に入れる事が可能じゃ?」
「あ~少量の為、この銘柄の酒は手に入れるのは中々に困難ですよ」
「ほう、しかし、生産をしているのはその方の手の者なのであろう?」
少量か・・・確かに神の関わる物が簡単に手に入る方がおかしい。
それでも少量あると言うならば、買えるだけ買いたいが・・・
おねだりするように生産者であろうクランドに聞くと、困った顔をする。
「少量でしたら・・・」
「おお!流石はクランドじゃ」
流石にこのスペイン・ポルトガルの王である、「太陽の沈まぬ国」とまで言われる我が王国じゃ。
クランドは融通してくれるようじゃ。
爵位を渡して正解であったわ。
「毒に侵されてもこの酒を飲めば死ぬ前なら解毒できますので」
「ブッ――――!!」
飲んでた茶を盛大に吹いてしまった。
「何だその酒は!!」
「神の与えたもうた酒です」
それは先程聞いたが、美味いだけではないと言う事で、仕入れ値が跳ね上がったことだけは解った。
落ち着いて茶を一口。
クランドは更に言う。
「先程飲まれた量で十日寿命が延びるそうです」
「ブッ――――!!」
また吹いてしまった。
油断して茶を飲んだので器官に入りむせってしまった。
「ゲホッゲホッ・・・何じゃその酒は・・・」
「だから、神が与えたもうた酒で、私の生きている間に限り生産を許された酒です」
「神が・・・クランドとは今後とも仲良くしたいものじゃ」
三度目は吹かぬようにと注意しつつ茶を飲み干し、気になったので他に効能が無いかを聞くと、病魔を払い先程飲んだ量で一月は無病で居られるという。
また、体の不調を整えると言う。
もしかすると、腰の痛みが無くなったのは・・・
そう言えば、肩の重みも無くなったようじゃし・・・
この存在を皆が知ればとんでもない事になるのだけは予想できたので、緘口令を出し、クランドとの取引は王家のみとしたのは言うまでもない。
しかし、人の口には戸板は立てられぬ。
漏れた噂を操作して、この「
人の欲望とは尽きぬもので、クランドの国の酒が我が国の貴族共に流行り、飛ぶように売れたと聞きたのはクランドが去って数年後の事であった。
〇~~~~~~〇
フェリペ2世の回想話でした。
さて、もう少しだけ日ノ本以外での話が続きます。
その後は主人公の不在の日ノ本の話へと続く予定としております。
それと、海外に飛び出した春(春長)の話など等ともう少しの間は閑話的な物が続く予定です。
それから、次話は主人公のこの後の話の予定です。
さてさて、今話は回想話なのでうんちくは珍しくなし!!
本編が長いので今回はうんちく無しでも中々のボリュームとなりましたのでご容赦ください。
次話は、勿論、何時もの流れですが、何が来るか!?
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