第339話

告知しましたが、来週はUPありません。

次のUP予定は10/19日以降となりますのでまたUP開始したら宜しくお願いします。

では、明日UP予定だった一話を先行UP致します!!

時間潰しの糧にどうぞ!!


◇~~~~~~◇


新造船の快速帆船が新たに完成し、春(春長)に受け渡しを行った。

嫁のセドナちゃんを連れ彼女の故郷に一度向かうとの事だったので、便乗して連れて行って貰う事とした。

今回、俺に同行するのは春とセドナちゃんは勿論であるが、里子・麗華の愛娘二人と嫁さん三人、それに羽(羽長)・恵ちゃん夫婦も同行する事となった。

お付きの面々は勿論ついて来ることとなる。

今回、序なので航路をチェックしつつ向う予定で、以前から港の規模拡張の打診をしており既に大型船が着工できるように整備済みの数か所には寄港予定だ。

その一つである、土佐には序なので市松(福島正則)、彦(蜂須賀家政)、孫六(加藤嘉明)、土佐侍従殿(長宗我部元親)の四国組も乗せて向う事となっている。

4人の大名は快速帆船に興味津々で、当初から乗せる予定だった侍従殿が宴席でその話を持ち出すと同乗を願い出て来た。


「ほう!これが噂の船ですな!!」


市松が俺にそう聞いて来たので頷き、春の船であることを教えてやった。

市松と孫六が物欲しそうに見ているので黒官(黒田官兵衛)と話してお猿さん(豊臣秀吉)に技術提供することを伝えると自分たちにも教えて欲しいというので、船大工を派遣するようにと言っておいた。

彦と土佐侍従殿もその話に乗っかって来たので俺が九州に戻る頃には全国から同じ様な依頼が殺到していそうだ。

隠す気も無いから長門守に一任しておいた。


「おお!速い!!」

「誠じゃ・・・この船足は何じゃ!!」


孫六、市松が感嘆の声を漏らす。

乗っても興奮冷めやらずといった感じで大騒ぎである。

まぁ数世紀先取りした船なので驚くのは無理ないのかもしれないが、大の大人が大はしゃぎである。


「蔵人様!」

「彦如何した?」

「このような素晴らしき船の作事を本当に教えて頂けるので?」

「ああ、特に隠す気は無いぞ」

「さ、左様で御座いますか・・・」


そうだよね~日本の現状の船に比べて5倍以上船足がある。

赤く塗った訳でもないのに5倍以上のスピードを出す船の技術は値千金、いや、人によっては万金出すだろうね。


「ははははは~蔵人殿は剛毅ですな!これは大きな借りになりそうじゃ」

「貸しのつもりはないのですが、既に売ることになっているのでそれなりの金子は出して頂かないと黙っていないかもしれませんね」


誰が黙っていないかは言わずもがな、天下人が金出すのに他が無料と言う事はないのでそれなりに出さざるをえないだろうけど、是非とも欲しい技術だろう。

さて、大騒ぎする連中は羽が相手にしてくれるようである。

実に出来た息子だ。

船はその日の内に土佐に辿り着き、四人の大名たちとはここでお別れとなった。


★~~~~~~★


市松(福島正則)、彦(蜂須賀家政)、孫六(加藤嘉明)、土佐侍従殿(長宗我部元親)の四人が蔵人と別れると話し始める。


「感服した!」


そう言ったのは福島殿だった。

見詰めるのは先程まで乗っていた船で、遠ざかる姿を見ながらそう漏らされた。


「市兵衛(福島正則)は昔から蔵人様の評価が高いからな~」

「孫六は感服せなんだか?」

「いや・・・それは・・・」


左馬助さまのすけ殿(加藤嘉明)は左衛門大夫さえもんのだいふ殿(福島正則)に言われた事に対して同じ考えだった様で言い淀み、肯定の言葉をバツが悪そうに囁かれた。


「お二方とも蔵人様に感服されたのですな!」


そう言ってニッコリと笑うのは彦右衛門殿(蜂須賀家政)。

先年亡くなられた小六殿(蜂須賀正勝)には大恩がある。

四国征伐の折、小六殿が長宗我部家との和議を提言してくだされなければ儂はここにいなかったであろう。

その恩から小六殿とは誼を通じており、彼の息子である彦右衛門殿とも誼を持つ事となったし、蔵人殿を紹介くださったのも小六殿であった。

そんな事を考えていると、宴の準備を知らせに家臣がやって来た。


「各々方、宴の準備が整いましたで向いましょう」

「おお!今日も美味い酒が頂けそうですな!!」

「はい、蔵人殿に教えて頂きました鰹のたたきを是非ともご賞味いただきたい」


左馬助さまのすけ殿(加藤嘉明)の言葉に一押しの料理を挙げると左衛門大夫さえもんのだいふ殿(福島正則)がその言に興味を示された。


「ほう!蔵人様の考案とあれば美味かろうな!それに、鰹のたたきとはまた縁起良き名で御座るな」


そして、彦右衛門殿(蜂須賀家政)もその言葉に続き意見される。


「以前頂きましたが、絶品で御座るぞ。酒の肴としては絶品で御座る」

「「おお!!」」


ワイワイと話しながら宴へと誘う。

右衛門太郎(長宗我部盛親:元親の四男、跡継ぎ)には勉強がてら蔵人殿にお願いして切原野に一時預かって頂くこととした。

数か月お世話になり何を掴んで来るか実に楽しみじゃ。


長宗我部元親の親心虚しく、長宗我部家は盛親の代で没落する。

関ケ原の戦いにて西軍に味方するが敗色濃厚となると戦わずして領国に帰還する。

そして、徳川家康に謝意をするが土佐を失う事となる。

根本地の土佐を失ったが国替えが認められる事となるが接収時に国替えに不満な家臣を中心として一揆が起こったことで状況が変わる。

その責任を追及され国替えの話は反故にされ改易となる。

盛親は浪人となり、後に大坂の陣で豊臣家に味方した。

その時の活躍で後世では「大坂五人衆」の一人として呼ばれることとなるが、大阪城落城後に逃走。

葦の中に潜んでいたところを蜂須賀家政の息子で蜂須賀家当主であった至鎮よししげの家臣に見つかり捕らえられることとなる。

盛親は京の大路を引廻され、六条河原にて処刑される事となる。


〇~~~~~~〇


鰹のたたきか長宗我部元親の何方を取り上げるか迷いましたが、鰹のたたきで!!

後に土佐藩主となる山内一豊が発祥とされる説と長宗我部元親が発祥とされる説等があります。

漁師が船上で食べていたまかない説もありますし西洋人が鯨肉をステーキにして食べていた所を目撃しそれを転用した説等ありますが歴史好きとしては長宗我部元親・山内一豊の関わる説が胸アツですね。

元々は鰹に塩を塗り込み藁や松葉等の焚火に叩き込んだことから由来する料理名であると言われたり、塩を塗り込むというのが塩を叩き込むといういうからというなど云われます。

鰹の旬は初鰹・戻り鰹という2シーズンあり、春〜初夏(3月〜5月頃)に初鰹の旬で、秋頃(9月〜11月頃)が戻り鰹の旬と言われています。

初鰹は脂が少なく身が小さめですがその分さっぱりしていて雑味が少ないと云われています。

それに対し戻り鰹は脂ノリが良く身が大きいので濃厚な脂の旨みを味わえると云われます。

実は丁度四国に行く予定なので、戻り鰹を堪能出来たら良いな~と思っております。

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