第383話
「今から攻めるぞ!!」
大声が聞こえる。
鬨の声ではない、ただ一人の者が発したとは思えない程の大声の様でもあり、そうでない様な、不思議ではあるがよく通る声だ。
物見櫓の者も負けじと大声で答えておるようだが比べ物にならぬ。
合図の
合図とともに城門が開け放たれる。
「者ども行くぞ!!」
「「「「「おお!!」」」」」
儂の号令と共に馬を駆り城門を出ると視界に一人の
ああ、あれが丸目二位蔵人様か。
鎧も着ていないとは何と舐めた真似を一瞬思うたが、恐らくは必要が無いという自信の表れか・・・何と豪胆なことじゃ。
いや、それこそが隙であろう。
しかし、その様な剛の者と戦えると思うと肌が泡立つ。
自然と笑みが零れる。
その心のままに駆け、名乗りを挙げる。
「江川太郎左衛門英吉!!お相手仕る!!」
「おう!来れれよ!!」
相手に取って不足なし!!
そう思った瞬間、急に体が硬直した様な不自然さを感じる。
前方の二位蔵人様が太刀を抜き、横に一閃。
あ!
その瞬間に首が斬り落とされたのが何となく解った。
死ぬのは初めてじゃが、こんなに呆気ない物かと思う程呆気ない物であった。
「おい!痛い所はないか?」
「え?」
何者かに声を掛けられる。
何とは無く全身が痛い。
「全身痛い・・・」
「左様か、鎧を脱がすが良いか?」
「ああ、頼む・・・」
死んだのではないのか?
混乱している間にも鎧を脱がされ痛い箇所の確認をされるが、大怪我と言う訳では無いようで、見てくれれた者の見立てでは前身の打ち身であろうという。
つい、儂はその者に変な事を聞いた。
「首は繋がっているか?」
「首?・・・首と胴が分かれておったら生きておらんじゃろうな」
そう言われて首を摩るが繋がっておる。
ホッとしたもの束の間、縄で両手両足を縛られて。
「何をするのじゃ!!」
「あ?捕虜として一応捕縛したからな、怪我の確認も終わったし縛り直してから治療してやる。ほれ、打ち身に聞く薬じゃ、口を開けい、飲ましてやる」
縛られて身動きもままならぬのでその男の言に従い薬を飲ませて貰う。
何がどうなっておるのじゃ?
周りを見渡せば配下の者二名が同じ様に鎧を脱がされ縛られておるが、意識は無いようじゃ。
「江川太郎左衛門殿で間違い御座らぬか?」
「その方は?」
「某は丸目蔵人の配下、藤林長門守と申す」
「江川太郎左衛門で間違いない。出来れば状況を教えて欲しい」
藤林殿が言うには二位蔵人様の技で儂を含めた五十一騎の騎馬武者は皆倒されたという。
何の技かは教えて貰えなんだが、十六名が討死し、三十二名の者が大怪我を負ったと言う。
運よく大怪我をしていないのはここで縛られて転がされている儂を含めた三名だという。
「戦況を教えて頂きたい」
「今、蔵人様は城門前で弓矢と鉄砲の的となっております」
「わははははは~逃げ惑っておられるのか?」
「いえ、一所に留まり矢と鉛球を斬り払って居られまするな」
「はぁ~?・・・一人でか?」
「勿論」
理解が及ばぬが、嘘を付いている風でもない。
「ご覧になられまするか?」
「是非!!」
城の見える位置に連れて行って貰うと、城門前辺りに矢が稲の様に刺さりその真ん中あたりに人が立っており刀を振るっておる。
「もうそろそろ昼時ですので、昼飯を食いに戻って来られます」
「・・・余裕で御座いまするな」
「余裕かどうかは解り兼ねまするが、常人に真似できる事では御座いませぬ」
その後、また元の位置に戻された。
近くで異国の女子と数名の者が煮炊きしておる。
何ともいい香りで不覚にも腹が空いて来た。
「どうやら戻って来られるようです」
藤林殿がそう言われて一時すると二位蔵人様が戻って来られた。
藤林殿からは異国の女子ともう一人の女子が二位蔵人殿の奥方だと教えて貰った。
その女子どもに甲斐甲斐しく世話をされながら二位蔵人殿は昼飯を取るらしい。
儂はだか腹立たしく感じ、悪態を溢す。
「二位蔵人様、余裕で御座いますな~」
「え~と・・・大江?太郎?・・・・」
「江川太郎左衛門英吉に御座る!!」
つい声を大きくしてしまった。
「おお!そうであった、そうであった!!その方、生きておったか!安心したぞ」
「・・・はい・・・命長らえましたが・・・」
何が悔しいかよく解らないが、悔しくて顔が歪む。
「何じゃ?腹が空いたか?」
確かに腹が減っておるがそうではない!!
何か言おうとしたが言葉が出なかった。
その間に藤林殿より我らの被害を聞いた二位蔵人殿は「騎馬だったから被害が出たな」と言われておる。
戦相手の心配とは片腹痛しと以前の儂であれば思ったかもしれぬが、今はそう思えぬ。
何故、そう思えないのかもよう解らぬ。
そんな事を考えていると腹の虫が鳴く。
「怪我していないなら縄を解いてやり、飯でも食わせてやれ」
藤林殿たちはその言に素直に従い儂らの縄を解こうとする。
儂は二位蔵人様に聞く。
「よいのですか?」
「よい」
そうこうしている間にも縄を解かれ、にぎり飯と汁を渡された。
儂は納得いかずもう一度、二位蔵人様に聞き返した。
「縄を解いてもよいのか?」
「よい、というかもう解いているだろ?」
「そうで御座るな・・・隙を突き逃げ戻ってまた歯向かうかもしれぬぞ?」
「そしたらまた倒すのみよ」
「・・・襲い掛かるかもしれぬぞ?」
「ははははは~この場で返り討ちにしてやるまでよ」
その言葉を聞くとあまりの豪胆さに呆れた。
固まっていると食事を勧められた。
「折角の温かい猪汁が冷めるぞ」
「え?」
「腹は空いておろう?食ってからお主の聞きたいことは聞いてやるから先ずは飯を食え」
おかしくて笑ったのではなく、自然と笑いが込上げて来た。
ああ、人としての器の大きさが違う。
器の大きき剛の者と矛を交えたと思えば誇らしく思えて来た。
ああ・・・儂の戦はもう終わったのだと納得すると余計に何だか笑えて来た。
ひとしきり笑った後、汁が暖かい内にと啜る為に、「馳走になる」と一言声を掛け、汁を啜った。
儂は唯々この食事を楽しんだ。
〇~~~~~~〇
江川英吉視点の話でした。
さて、望遠鏡の次は双眼鏡の起源を語りましょう!!
双眼鏡は望遠鏡を基本的に2つ並べ両眼で見るという観点から作られましたが、最初期はガリレオ式望遠鏡を2つ並べたガリレイ双眼鏡というものが開発されたようです。
名前も双眼鏡ではなく複式望遠鏡として開発されたそうです。
ガリレオ式望遠鏡の欠点そのままに倍率が低く、視野角が狭いなどだったようですが、一次大戦のドイツの制式双眼鏡はこのガリレイ双眼鏡だったと云われます。
現在でもオペラグラスなどで一部この方式の双眼鏡は残っています。
日本でも軍用として日清・日露戦争の時には多く輸入されたようです。
日本の双眼鏡の歴史は意外と浅いようで、1911年に藤井レ ンズ製造所によって製造されました。
この藤井レ ンズ製造所というのは現Nikon(株式会社ニコン)となります。
19世紀末頃にドイツでリレーレンズ式という対物・対眼レンズとも凸レンズを使用する方式が採用され普及しますが、プリズムによる正立光学系を持つ双眼鏡の発明により淘汰されて行きます。
二次大戦の頃にはプリズム式双眼鏡の発明されておりました。
方式としては複数個の直角プリズムを利用するポロプリズム式と屋根型のルーフ面を利用するルーフプリズム式とがあります。
望遠鏡の様に天体観測する程の倍率は求められなかったようで、目的としては5~10倍程度で十分だった様なので現在の双眼鏡もそれ位の倍率の者が主流で普及しています。
大きな技術革新があまり見られないのは望遠鏡は星を観測することがメインになった事から高倍率の物はどんどん巨大化したのに対し双眼鏡は手持ちで携行に便利な大きさにおさめられたことも要因かも知れませんね。
これ書いている時に小学校の時にバードウオッチングしたくて双眼鏡買ったけど、意外と高かったのに2・3度しか使ってなかったなという事を思い出しました。
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