第306話

小一郎様(豊臣秀長)のお誘いで長様がお出かけになられた。

何でも島津を攻め立てる際の助力をされるそうだ。

小一郎様たってのご希望で、あまり乗り気ではなかった長様は苦笑いしながら「秀さんのお願いなら仕方ない」と言われて長門守と一緒にお出になった。

今回は近場と言う事もあり、長様は長門守とその配下の者数十名以外は連れて行かれなかった。

私は暇を持て余したので少し気分転換も兼ねて神社に参拝し真里に会いに行く。

真里の遺骸は聖骸と呼ばれる神聖な物になったとかで腐敗せず、亡くなった時のままの姿で今も神社の敷地の最奥の関係者以外立ち入りを禁じられた場所で静かに眠る様に安置されている。

今日は一人でその場で真里に話し掛けてから時を過ごし、その社を出て、丁度、関係者以外の立ち入りを禁じた場所を過ぎた辺りで、かつて見掛けた方、いや、お世話になった方をお見かけしたので声を掛ける。


「そこな方、優婆塞うばそく様では御座いませぬか?」


振り向かれたその方はやはりあの当時のままのお姿でそこに佇んでおられた。


「やや!そなたは確か・・・そう!美羽殿であったな!!」

「覚えてくださっておられましたか!!」

「勿論じゃ!!年のせいで少しだけ名が出て来なかっただけじゃ」

「今日は如何されたので?」

「おお!そうであった、そうであった!!今日はそちにあの時の続きの手解きに参った」

「え?あの時・・・」


そういえば、優婆塞うばそく様は天狗の術を天狗の末裔だから使えるであろうと私に手解きしてくださった。

そして、私は大空に羽ばたき飛ぶことが出来る様になった。

その手解きの終わりに、「また時期を見て続きを教えに参る」と言われていらっしゃったが、その約束を覚えていて態々また訪ねて来て下さった様だ。


「忙しいなら日を改めるが?」

「いえ、是非、今から直ぐにでも御教示いただきたく」

「相分かった」


私は優婆塞うばそく様が「ついて参られよ」と言われたので、彼について飛び、滅多には人の立ち入らないであろう山奥へとやって来た。


「では、今回は羽団扇はうちわの術を教えて進ぜよう」

「宜しくお願い致しまする」

「うむ、では!!」


そう言うと直ぐに優婆塞様は深呼吸してからカッと目を見開いたかと思うと気を高められた。

一挙手一投足を見逃すまいと集中して彼の所作を見る。

気が収束して右手に集まって行くように感じる。

少し光った様に見えたかと思うと右手に羽団扇を握られていた。


「よく見てみると良い、この羽団扇には天狗の力が宿っておる」


そう言われ、私の方に見え易い様にお見せになった。

ヤツデの葉の様な形状の羽の団扇で、確かに素晴らしい見た目であるが特に何か力が宿っているようには見えない。


「今からその力を見せて進ぜよう」

「よ、宜しくお願い致しまする」


彼は私に背を向けて大きく息を吸い、「ふん!!」と掛け声をかけながら羽団扇を一振りする。


ビューーーウーーー!!!


突風の様に風が吹いた。

そして、優婆塞うばそく様の正面の立木数本が


バキ!!バキバキバキ・・・バキ!!ドシーーン!!!!!!


折れて倒れた。


「す、凄い!」


私は呆気にとられ目を丸くして眺めていた。

優婆塞うばそく様は私の方を振り返り、ニコリと笑いながら言う。


「如何じゃ?凄かろう?」

「は、はい!凄いです!!」


優婆塞うばそく様曰く、天狗の力の源から呼び出すこの羽団扇は天狗の力の一つである風を自在に操るという。

今の技は単に大風を吹かせたという。

他にも旋風つむじを吹かせたり出来るという。

旋風を吹かせてどうするのか?と思えば、自分の周りに吹かせれば、矢でも鉄砲でも弾くという。

勿論、力が弱ければ弾く事など出来ないが、修練次第では弾くことも可能と言う。

試にと旋風を纏った優婆塞うばそく様へ向かって思いっきり石を投げつけると、石は明後日の方向へと飛ばされていった。


「す、凄い!!」

「美羽殿にもこれ位は使える様になってもらわねばな」

「は、はい、努力いたします」


そして、夕方近くまで特訓に明け暮れたが、その日は羽団扇すら出現させる事は出来なかった。

優婆塞うばそく様はまた明日と言われ何処かに帰って行かれた。

我が家へお連れしようとしたが、ご遠慮されてしまった。

そして、数日間の特訓で私は羽団扇を出現させることに成功した。

優婆塞うばそく様は仙術を習っていたことが今回の習得の速さに繋がったのであろうと言われた。

試に最初にお見せ頂いた、前に大風を吹かせる技を使おうとしたが上手く行かなかった。

優婆塞うばそく様はその内使えるようになるので修練を怠らないようにと言ってまた何処かへと旅立って行かれた。

私は暇を見ては今回使ったこの場所へと訪れて来る日も来る日も羽団扇で風を起こすことを繰り返した。

そして、ある日


ビューーーウーーー!!!

バキ!!バキバキバキ・・・バキ!!ドシーーン!!!!!!


「やった!!成功した!!」


喜んで飛び跳ねていると


「お見事!!」


そう、一言だけ誰かが褒めてくださった。

恐らくは・・・

その日を境に旋風なども試したり、色々と風の扱い方を自分なりに考え実践してみた。

その日々の努力で色々なことが出来る様になり、長様の一部助けにもなることがあったがそれは又別の話。


〇~~~~~~〇


優婆塞うばそく再登場の話でした。

さて、天狗様と言えば羽団扇はうちわではないでしょうか?

大天狗様や力の強い天狗様が持つと云われる物で、天狗様の神通力が形になったものだとも云われる物で、武器としても使われるなどとも云われます。

天狗様は火伏の神として祀られていることも多いのですが、この羽団扇を使って火を大火にしたり、逆に大風で火を消し去ったりすることから来ていると云われます。

さて、同じような物が中国にもあります。

芭蕉扇ばしょうせんという物ですが聞いたことはあるでしょうか?

松尾芭蕉の団扇ではありません!!

鉄扇公主てっせんこうしゅという「西遊記」なんかで登場するキャラの使う宝具で、風の力を宿した扇です。

鉄扇公主てっせんこうしゅという名前で解らなければ、もしかすると羅刹女らせつじょという名なら解る方も居るかもしれませんね。

さて、この鉄扇公主てっせんこうしゅor羅刹女らせつじょはまたの名を鉄扇仙とも言います。

そう、彼女は仙人なのです。

そして、女羅刹天とも言います。

羅刹天らせつてんというのは仏教の天部の一つ十二天に属する西南の護法善神です。

羅刹とは鬼神の総称で、羅刹天は別名では涅哩底王にりちおうとも呼びます。

破壊と滅亡を司る神なのですが、地獄の獄卒を指してもそう言います。

ヒンドゥー教の一柱である鬼神・ラークシャサが仏教に取り入れられたものとも云われるのですが、ここまでのくだりでお解りかとも思いますが、天狗の羽団扇の能力と言うのは所謂、神か仙人の力の一部なのです。

羅刹の男は醜く、羅刹の女は美しいとされますので美羽は美人という設定ですので実に合いますね~

あ~息子の羽長が醜いという訳ではないのでその点はご了承を!!

さて、この話は一つの伏線も含みます。

これからのストーリーでどういった形でこの能力が使われるか、こうご期待!!

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