第386話

「よう参った!!」


お猿さん(豊臣秀吉)が上座に座り出迎えた。

検分に訪れた諸将が居並ぶ中で助五郎(北条氏規)がご挨拶。


「降伏の使者として罷り越しました」

「うむ!」


助五郎がそう言いつつ深々と頭を下げると、お猿さんは偉そうに「うむ」とか言っていやがる。

あ!偉い人だったな。

俺は助五郎の付き添い的に助五郎の斜め後ろに控えて居たんだけど、俺に視線が何だか集中している気がする。


「時に、長さん」

「何か御用で?」


凄い笑顔でお猿さんが俺に言葉を投げかけて来た。

何か言いそうだが、何かな?

今は助五郎との対話ではないのかと思ってしまうのだが、違うのか?


「本当に一人で城を落としたのきゃ?」


ああ、望遠鏡を貸し出していたけど、流石に城内までは見えないからね~

でも、疑うとか無いわ~

そんな気持ちが顔に出ていたのかな?

お猿さんが言い訳するように言い募る。


「いや、疑っている訳ではないのがー」


いや、疑っている人のセリフだからな!!

疑う者は、「疑ってないけど確認」とか言いつつ聞いて来るのはあるあるだよね~

まぁいいけど。


「その件に関しましては某が申し上げまする!!」


助五郎が鼻息荒く俺の城内での行動を説明してくれるらしい。

しかし、助五郎の話は俺を美化しすぎてない?


「蔵人様は波のように押し寄せる城兵を千切っては投げ、千切っては投げを繰り返され」


聞いていて恥ずかしくなるので周りを観察することとした。

8割位のこの場に居る者は話を興味深そうに肯定的に聞いているようだが、残りが気に食わないといった感じに顔を歪めたり、能面のような感情を消したような顔をしている。

俺と目線が合うと一瞬睨んだような目つきをして目線を逸らす。

まぁ良いんだけどね。

人間なんてどんな者であっても一定数のアンチは必ず発生する。

それはどんな聖人君主でも御多分に漏れることはない。

要はアンチの絶対数を増やさず過半数以下、いや、少数に抑えるのが肝要なんだよね。

俺が意識を他に持って行っている間にも俺の武勇伝を物語の如く熱く語る助五郎の語りは止まる事を知らない。

いや~自分の武勇伝を自分の目の前で大げさにされるのって凄く恥ずかしいね。


「そして、某に「疲れて手加減の匙加減を誤れば人死にになる可能性がある」と申されまして!!」


あ~まだまだもう少し話は続きそうだ。

そして、やっと助五郎の語りが終わるとお猿さんが俺に問う。


「つぶさに見た者の語りは真っ事迫真であった!!それで、長さんは降伏を何故、小田原陥落と?」


あら?何か雰囲気がガラリと変わったけど?

天下人の威圧中々だね~まぁ怖くはないけどね。

いや、単に黒官(黒田官兵衛)がそう言っていたからなんだけど・・・


「え?官兵衛殿が「小田原城陥落までに降伏すればよい」と言われていたので、問題無いと思ったのじゃが?」

「さ、左様か・・・他意は無いという事でよいのぎゃー?」

「勿論!城が何時降伏しようと気にしないし、それよりも、城兵含め助五郎も助命することを約束しているので、その旨重々心得て欲しい」

「相分かったがー」


助五郎は責任を取り首を指し出すとまで言ったが、俺が家さん(徳川家康)の依頼を引き受けた時に家さんからも助五郎を助けたい旨を聞いている。

俺も彼には死んで欲しくないので了承して引き受けた。

そして、今、お猿さんにも言って了承を取り付けたので問題無いだろう。


「それで?恩賞は何を望むがー」

「そうじゃな・・・」


行き成り恩賞を聞かれると思わなかったので考えていなかった。

さて、俺は小田原征伐が豊臣軍勝利で終わる事を知っている。

確か北条家一門では相模守殿(北条氏政)と源三(北条氏照)が責任を負って切腹が命じられた。

この時代の責任は昭和~令和の政治家が使う「責任」という言葉ほど軽いものではない。

その責任は命を投げ打っても果たすもので、全責任を負って死を賜わることも一つのけじめとされている。

そう考えると、総責任者的に相模守殿には申し訳ないが助けようがない。

源三に関しては助命嘆願というより確実に助けたい。

ああ、この時代の助命嘆願なんてものは必ず助けられるというものではない。

結局のところ、何時の時代も同じと言えば同じだが、権力者の胸三寸だ。

さて、それらの話は置いておき、恩賞をどうするか・・・

このまま今の考えをそのまま口に出し「源三の命」と言っても戦が終わってもいないので

おかしな意見となるだけだ。

じゃあ「特に無い」と言ってしまうと金品などでおしまいだろう。

さて、・・・


「少し考えたいから今回の戦が終わった後でも良いか?」

「勿論がー」

「では、その様にして欲しい」

「相分かったがー」


よし!保留できたし今回の件は大成功だ。

俺は今回の件で小田原征伐で俺の出番は終わったとか考えていたのであるが、少しして諸将の前に引き出されることとなる事をまだ知らない。


★~~~~~~★


北条家と父の代より誼を通じ同盟関係にあったことで家中は真っ二つに割れた。

同盟関係の北条家に助成すべきと言う派と現在最も力を持つ豊臣へ味方すべしと

言う派に別れ意見対立が起こり家中は上へ下への大騒ぎとなった。

そんな最中、北条助成派の筆頭として弟の小次郎(伊達道政)が復権しつつあった。


「殿!浅野様(浅野長政)の小田原参陣を催促の件如何されるのですか?」

「ああ、儂は受けようと思うておる」

「しかし、小次郎様たちが騒がれましょう」

「ああ・・・小次郎も懲りずによくやるおるわ」

「左様で御座いまするな・・・」


小十郎(片倉景綱)が疲れ顔で言う。

小十郎に小次郎を諫める様に指示を出したが芳しくないようだ。

母(最上御前・義姫)より小次郎が儂を毒殺しようと話を持ち込まれた事知らされた。

母は兄弟で争って欲しくはないし、今までは小次郎がかわいいので擁護しておったが、今回の件はやり過ぎと考えてお家の為に小次郎を見捨てることを決めたと言って来た。

儂は正直言えば驚いた。

弟ばかりを可愛がる母がそんな事を言って来るとは思わず、正直言えば疑い、裏取りに時が掛かった。

右腕の小十郎にも内緒で母と共にやり取りをして小次郎を陥れることを企てている。

この件では母も泥を被る事となるが、母は今まで弟ばかりを可愛がり優劣を付けて来たことを詫びられた。

儂は豊臣方につくことを決めたので、このまま弟を国元に残し出陣すれば、足元で騒がられることは必定であった。

確かに肉親であるから情はあるが、ここ十年程は家督で弟との仲はどんどん険悪となって行った。

もう修復は不可能であろう・・・

「破鏡再び照らさず」と言うが夫婦仲以上に肉親の仲と言うのは厄介で拗れれば「骨肉の争い」となる。

そして、母との密談にて決行は小田原参陣の挨拶で母の下を訪ねる時と決まった。

これでようやく弟との蹴りが付くと思うとホッと胸を撫で下ろす気持ちとなる儂は薄情者なのであろうか・・・

「兄弟は他人の始まり」等と言う言葉があるが、今、痛切にそれを感じる。


〇~~~~~~〇


さて、韮山城の件はこれで終了となります。

次は伊達さんです!!

小田原参陣の際の毒殺事件は諸説あります。

中には作中と同じく伊達政宗と最上御前の結託説もあります。

後世の創作説も勿論ありますが、伊達政道の死因については確たる史料が無く、謎なので陰謀論者が騒いだ結果色々と憶測され物語の様に仕立て上げられたのかもしれません。

小田原征伐の時期に伊達政道が急死しているのは間違いない様なのでタイミング的にも・・・

さて、最後の方にことわざを織り交ぜました。

知っている方も多いかもしれませんが、知らない方の為に意味を添付。

「破鏡再び照らさず」は「覆水盆に返らず」と同じような意味で、「景徳伝灯録けいとくでんとうろく」という書物からの引用で、夫婦間の離別などの一旦壊れたものは元に戻ることはないという例えです。

「景徳伝灯録」は中国の北宋代に道原どうげんという禅僧さんが編纂した灯史とうしです。

灯史というのは仏教界の歴史書のことで、主に禅宗の史書を指します。

「骨肉の争い」は親戚間の争いを指す言葉で、「骨肉相食む」とも言われます。

他人同士が争う場合には使う事はないと言われます。

「兄弟は他人の始まり」は、幼い時にどんなに仲の良かった兄弟でも独立して家庭を持つと妻子や金銭など方に執着が強くなるので疎遠になるの例えです。

次回は伊達さんとこの話がメインとなります。

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