第291話
「黒田様ご無沙汰しております」
「ああ、よう参られた」
目の前にニコニコと笑顔で此方に挨拶するのは、藤林の京周辺を預かる者で、名をお金とう言う女だ。
丸目蔵人殿が名を馳せた当たりから頭角を現し、畿内の情報を一手に扱う者として知られるようになった。
金を出せばどんな情報をも手に入れる、いや、教えてくれるという。
忍びを雇うより安上がりと言う事で重宝しておったが、少し目障りな存在となって来ておる。
「ときに、徳川様に情報を売ったとか?」
「ようそのような事をお知りですね」
「ああ、配下の者の知らせじゃ」
このままではまずいと思い、配下に忍びの者を招き入れた。
それから、
知っているつもりではあったが、儂の予想より遥かに大きな組織であったことを知り、驚愕したのはつい先頃の話じゃ。
「
「そうであるな・・・」
「黒田様が欲しいと思われる情報は対価を頂ければ知りうる限りお売り致します。しかし、それは徳川様とて同じことに御座います」
「天下人となる藤吉郎様(羽柴秀吉)に不利な情報でも敵方に売ると?」
「はい、勿論、正当な対価を頂ければお売り致しますよ」
危険じゃ。
藤吉郎様が天下を治める様になったら全容を調べ、対処せねばなるまい。
「天下人が売るなと言ってもか?」
「そうですね・・・酒を売るなと酒屋に言われますか?」
「はぁ?」
「鍛冶師に鍛冶をするなと言われますか?」
「お金よ何を言っておる?」
「忍びの者に忍びをするなと言われますか?」
「場合による・・・」
「成程・・・私どもは忍びで御座いますから、汗水、いえ、命懸けの事も多くございますれば血を流してでも情報を得て来ることも御座います」
「勿論、それは存じておる」
「左様ですか・・・酒屋が酒を売る、鍛冶師が鍛冶をする、それにより対価を得ますが、忍びの者はそれが情報と言うだけに御座いまする」
「だから売ると?」
「はい、しかし、どうしても自分の得た情報を他に流したくないとお言いでしたら」
お金はゆっくりと間を置き、ニコリと微笑み言い放った。
「その情報の買占めをお願いいたします」
「買占め」というのは情報の独占と言う事であろう。
情報を流さない代わりに本来得る予定の対価を補填しろとそう暗に仄めかしているのであろう。
「買占めか・・・」
「はい、買占めです。酒屋も在る商品を全部寄越せと言われれば他の方にお売りできませんし、それと同じに御座います」
品物であればその言は成り立つであろうが、「情報」とは言葉じゃ。
口約束しておいて他に情報を流して利益を貪るなぞ造作も無きこと。
「口約束ではの~」
「証文でも必要とされますか?」
「それは・・・」
そんな物が在っても意味が無い事は言った儂でも理解に及ぶ。
しかし、約束を違え無いという保証など皆無。
「私どもは例え口約束であっても約束を違えることは御座いませぬ。それが忍びとしての矜持にて」
威圧と言う訳ではないがその言に押される。
確かに忍びの者は口が堅い者が多い。
拷問でも情報を吐かぬ者も居る。
特に、藤林に属する者たちは捕まえて情報を得ようと特に凄惨な拷問を行っても吐かぬと言う。
儂が黙って考えを吟味しておると、お金は言葉を続ける。
「少なくとも、私ども藤林の者が約束を違えることは主、丸目二位蔵人に誓い御座いませぬ」
「そうか・・・」
実に厄介。
藤林の者たちが優秀で、大きな集団で、口が堅いことは十分に知っておる。
それが、丸目殿の配下と言うのが問題じゃ。
「しかしの~相手方に此方の不利になる情報を流されるは困る」
「はい、だからこそ、「買占め」を行って頂ければ有難いのです」
先程までの圧は消え、ニコリと笑いながら先程と同じような事を言う。
道理は解っておるが、それは更なる追い銭をしろという事。
そして、その銭は藤林の血肉となり、ひいては丸目殿の・・・
「相分かった・・・少々検討してみよう・・・」
「はい、よしなにお願い致しまする」
忌々しい。
話し合いは済んだことで、お金は立ち去って行った。
忍び風情が儂に意見するとはな・・・
「おい、いるか?」
「はっ!ここに」
「
「藤林は手練れ揃いにて難しいかと・・・」
「儂は訪ねておるのではない」
「え?いや、しかし・・・」
「
「仰せのままに・・・」
その後、お金を襲わせた者たちは、私の滞在先の庭先に物言わぬ状態で並べられていた。
その中で頭となる者の手に書状が握られていた。
丁寧な言葉で書かれているが、「襲われたので返り討ちにした」と言う事と、「今後このようなことがある様でしたら、羽柴様がたへのお取引は控えさせて頂きます」との事が書いてあった。
流石に慌て、謝罪の手紙を認め、急ぎ京の丸目屋敷へと送った。
「忌々しきかな・・・藤吉郎様が完全に天下を治めるまでは手出しできぬな・・・今、藤林から情報を得られなければ・・・」
独り言を呟き、改めて考えて、背筋に冷たい物流れる様な気がして身震いした。
そう、今、藤林から情報を得られぬなぞ、目暗になるのと同義じゃ。
それに、藤林を敵に回せば朝廷とも上手く行かぬ事になるやもしれぬ。
丸目屋敷には近衛殿下(近衛前久)が長らく滞在し、後ろ盾となっておる。
朝廷の実力者を敵に回すは拙い。
忌々しいが、今は・・・
忍びの者を多く失い、補充しようとしたが上手く行かなかった。
仕方なく考えを改め、
重臣の井口を重用する事となった。
〇~~~~~~〇
二番手は黒官!!
さて、黒田官兵衛孝高はキリシタン大名としても知られる人物で、洗礼名は「ドン・シメオン」という立派な名をお持ちです。
「シメオン」と言うのは古代ユダヤに由来する男性名で、「シュメオーン」「シモン」とも言います。
旧約聖書「創世記」にその名が出てきたりもします。
因みにヤコブの息子の名です。
さてそんな黒官と広峯神社がどのような関りがあるか?
実は作中で語っている様に諜報活動を依頼していた関係であったと云われています。
実際に黒官がこの神社に多くの献金等の便宜を図った様で、何と時を超え2019年に「官兵衛神社」を新たに創建したようです。
NHK大河ドラマ2014年作品が「軍師官兵衛」だった関係もあるのかもしれませんが、黒官ゆかりの地として知られる場所です。
この神社の御祭神は牛頭天王で、別称でここに祭られている御祭神を広峯牛頭天王と呼びます。
さて、この御祭神はどんな神様なのかというと、日本文化の一つ、神仏習合によって生まれた神の一柱です。
牛頭天王は薬師如来が治める
これを聞いてミノタウロスを連想しますよね~
異形の姿ですから嫁探しが難航した様で、自棄を起こし不摂生な酒浸りの生活していたのですが、心配した家臣が気晴らしの狩りに牛頭天王を誘い、狩りに出たのですが、そこで人語を話す鳩と遭遇します。
その鳩が言うには、「ミノさん・・・牛頭天王にお似合いの女性が居るので紹介しようか?」的な事を言ったようで、それを聞いた牛頭天王は「是非!!」と回答した様で、紹介状を持ってかどうかは知りませんが、その女性を訪ねる為に大冒険をします。
その道中では一宿一飯を求め長者の許を訪ねるのですが、断られます。
しかし、その長者の兄が貧乏ながらも彼を受け入れてもてなしたそうです。
牛頭天王はお礼にドラゴンボー・・・牛玉と云う何でも1つだけ願いが叶うという玉を授け立ち去ったそうです。
因みに「うしだま」ではなく「ごおう」と読みます。
決して「カウボール」ではありません・・・いや英語表記ならそれで問題無い?
おっと話を戻し、そして、嫁取りに行った先は竜宮城!!
実は鳩が紹介したのは大海を治めるという
まさに美女と野獣的な神話ですね~
さて、この二人は結ばれて七男一女の八王子を生んだと言われています。
他にも色々ありますが、大冒険の件から、須佐之男命と同一視されたりもします。
京都にある八坂神社は元々は祇園神社等と呼ばれていたようですが、神仏分離令(1868年)により名を八坂神社に改めたそうなのです。
牛頭天王が祇園精舎の守護神で、元々の御祭神だったことから祇園神社等と呼ばれていたそうなのですが、「八坂」というのも八柱御子神(牛頭天王の子)から来ているんでしょうね~
話を戻し、黒官と広峯神社の関りは家臣からも見ることが出来ます。
今話の最後の方で「重臣の井口」というのが書かれていますが、黒田二十四騎と呼ばれる黒官の配下の精鋭たちの中に村田出羽守吉次という人物が居ます。
この人物は元々は井口姓でした。
彼の父が黒官の家に仕えていたのでしょうが、吉次自身は黒官が秀吉配下になった位から仕えており、黒官の息子の黒田長政(松寿丸)が人質として秀吉に預けられた際、その付き人として長浜城に同行している程の重臣です。
実は彼の母が広峯神社の神主の娘と云われています。
彼自身は宝蔵院流槍術の免許皆伝であったようですが、性格に難があり、あまりいい人物評では無かったようで・・・
さてさて、作中で黒官の諜報の一つとして、「
この「御師」とは何か?を最後に語ります。
簡単に言うと神職の一つで、雑用係です。
社寺への参詣者や信者方々の為に祈祷や案内をし、参拝・宿泊等雑事全般の世話をすることを生業としていた様で、神社の参道近くに集落を作りそれらに従事していたようです。
門前町を御師町と呼んだりしていたようです。
では、その「御師」たちがどの様に諜報をしていたかというと、色々なお札(特に牛頭天王だと思われます)を様々な土地の信者に配って周っていた様で、丁度、甲斐武田の行った歩き巫女のような形での諜報を行っていたようです。
牛頭天王の御札は「
「
おっと話を戻し、このお札は独特の書体で書かれおり、起請文を書く為の紙としても用いられた様で結構需要は高かったようです。
起請文用の紙ですから権力者も手にする機会が多かったと思いますし、神職と言う事でそれなりの地位の者にも近付き易かったと思われます。
今回は少し長めの余談うんちくとなってしまいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます