第36話

「氏康様」

「何ぞあったか?」

「は!実は少し問題がありました・・・」

「何があった?」

「実は箕輪城の上泉殿の下に兵法修行に向かうと言う怪しい者を捕まえまして・・・」

「兵法修行?あ~上泉殿の所には偶にそういう者が向かうな」

「今は上野攻めしている最中なので間諜の類ではないかと捕まえて御座います」

「そうだな・・・態々戦が行われている中訪ねて行く物知らずもおるまいて・・・」


配下の者より知らせを受けれな何と暢気のんきな兵法修行者も居たものよ。

しかし、ただの兵法修行者をただ怪しいと言うだけで裁くのも北条の者としては気が引ける・・・如何したものか・・・!


「留守居をお願いした宗哲そうてつ叔父に送っておけ」

「宗哲様にで御座いますか?」

「ああ、後は叔父御が上手くやってくれようぞ」

「それは・・・宗哲様へたらい回しされるという事で?」

「そうとも言う・・・」


配下の者は「それでいいのか?」と言うような顔を一瞬したが命通りに宗哲叔父へ件の者を護送した。

あの叔父御殿なら上手い事処理してくれよう、今はいちいち些事にかまけて居る場合ではないのだ。


数日すると叔父より書状が届く。

件の事をすっかり忘れておった儂は何事かとその火急の書状を読み始める。


「あ~忘れとったがいやはややこしき事になったな」

「氏康様、何か問題でも起こりましたか?」


丁度、話しておった憲秀のりひでから書状の内容を問うように尋ねられた。


「先日、敵方の上泉殿の下に兵法修行に向かう者がおってな」

「へっ?戦が行われておる仲をですか?」

「そうよな~普通はそんな事をする者はおらん」

「何処かの間諜でしょうか?」


態々攻められている所に行く者などそれ位しか考えられんが、今回は本当に兵法修行の為という事らしい。


「いや・・・本当に兵法修行者のようだ」

「その者は真面まともな頭をもってをるのですか?」

「そうよな・・・しかし、その者が持っておった物がな・・・」

「何か問題の品でも?」

「山科権大納言様の通行許可申請の文を携えておった」

「山科権大納言様のですか?」

「そうだ・・・そして、その者は噂に流れて来たあの丸目と言う者らしい」

「あ~あの何ともけったいな噂の・・・」

「実に面白そうな人物であるし、宗哲叔父も会う事を薦めて来ておる」

「宗哲様が?しかし、噂は尾鰭の付くもの、その噂の人物だとすれば怪しい者としか思われませぬが?」


憲秀のいう事も一理ある。

大大名に一個人で一泡吹かせただの、顕如上人と問答勝負で勝っただの、果ては朝廷に個人で献金を六千貫も行ったなどと・・・

献金に関しては他の大名共もこぞって行ったことを聞きつけ慌てて北条家も行ったが手痛い出費であった。

官位も貰えないのにあのような無駄金を出す程北条は豊かとは言えぬ。

払うのは民より集めた血税ぞ!無駄な金など一貫も無い。


「あの噂が本当だとしても、北条に無駄に銭を出費させた元凶とも言える者!更に天狗から教えを受けただの神仏より天啓を受けたなどと怪しき事この上なし!!」


憲秀は憤慨して件の人物に対しては不快をありありと現す。


「叔父御殿の勧めよ、会う事とするがお主も会ってみるか?」


噂だけでなく兵法修行者という事は武もそれなりなのだろうがその者の事を試して見とうなった。

もし、達人だった場合はこれから攻めようとしている所に行かれるのはちと困るし、ためしてから考えようか。


「は!某も会うて化けの皮を剥がしてやりましょう!!」

「ははははは~山科様の紹介状もある、程々にな」


さて、面白くなりそうじゃ!!



「初めてお目に掛かります、丸目蔵人佐長恵と申します」

「よく来られましたな、北条左京大夫さきょうのだいぶ氏康と申す」


憲秀は他の者共にも声を掛けた様で主だった家臣がここに集まっておる。

ちと予定と違うがまぁこれも一興よ。

しかし、件の御仁は涼しい顔で憲秀たちの殺気を軽やかに躱しておる。

実に面白きかな。


「流石は噂のお方だすな」

「はて?某の噂とは?」

「ははははは~九州の大大名の大友の鼻をあかしたことや、顕如上人との問答で勝利したことや、朝廷へ個人で莫大な献金をされたことなどですかな」


一瞬ギョッとした顔をしたが直ぐに元の顔に戻し、ニコリと笑い儂の言ったことを聞き流す。


「ふん!その者は兵法者と聞き及んでおりましたが、兵法修行者とは思えぬ行動の数々、氏康様、このような訳の分からない者など相手にするなどは・・・」

憲秀のりひでそれは言い過ぎぞ」


憲秀が食ってかかった。

思惑通りではあるがちと言い過ぎぞ。

儂に以上何も言うなと言うように宗哲叔父が手で制し、憲秀に意見した。


「松田殿、こちらから呼び立てたのです、その言いようは失礼ぞ、礼を欠く言動はお控えなされい!」

「然し、宗哲様、事実は事実でございますれば」


丸目殿はジッと憲秀を見詰めているが何ぞあるのか?

その目線に気が付いた憲秀が不快そうに丸目殿にまた食って掛かる。


「何だ?その目は!呪い師の様な詐欺師の様な輩の分際でその目は何だ!!どうせ兵法修行者などと言ってもどうせ大したことは無いのであろう!!」


だから憲秀よ、言い過ぎだ。

咎めようかと思っておると面白そうに宗哲叔父がそのやり取りを見詰めている。

儂もそちらを見ると少しムッとした顔をする丸目殿・・・


「ふん!黙り込んで言い返せんとは、儂の言い分が正しいという事だな」


勝ち誇ったように憲秀がそう言うたかと思えばにっこりと笑いながら丸目殿は思惑通りのことを言い始める。


「松田殿で良かったかな?」

「何じゃ!」

「某が兵法修行者ではないと?」

「ふん!そうじゃがそれがなんじゃ?」

「では実力にて証明いたしたく思うが?」

「ふはははは~立ち合いでも望むか?北条にはお主では絶体に勝てぬ猛者が大勢居るのにその言いよう!今更無理とは言わさんぞ!!」

「受けて立ちましょう!!」


高笑いする憲秀と不敵に微笑む丸目殿。

思惑通り過ぎて儂も笑みが零れた。

その時、丸目殿と目が合うた。

更にニコリと笑って目線を返した。

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