第235話
上様(織田信長)の首が取れず、本能寺の焼け跡からもそれらしき遺体はあるものの、首は何者かに持ち去られていた様であったと兵より報告があった。
全てが上手く行くことはないようだ。
報告の中には天狗が持ち去ったなどと言う世迷言を話す者もいたが、何を馬鹿なことを言うのかと思えば、天狗が空に飛び去った?
そんなことが出来るのは神仏か物の怪の類であろうが・・・まさかな・・・
何にしても天狗の恰好をした何者かに持ち去られたのは事実の様じゃ。
運の悪い事に中将様(織田信忠)の首も取れなんだ。
こちらも焼失が激しく判別不能との事じゃ。
本当に全てが上手く行くことなど無いと痛感させられる。
「徳川殿の足取りは如何じゃ?」
「はい、堺から京に引き返す途中までは解っておるのですが・・・」
「そうか・・・」
上様と中将様を弑た以上は生き残られて困る者の排除に動いたが・・・上手い事網を潜り抜けられたようじゃ。
今回の作戦で多くの者を打倒したが、織田家にはまだまだ他にも邪魔な者がおる。
中でも特に柴田と羽柴の二人は要注意じゃ。
先ずは内を固めて万全な体制で柴田殿に当ることとなろうから、そちらの手立てを考えねばなるまい。
謀反自体は成功したと言えよう。
しかし、その後の各勢力への勧誘が上手く事が進んでおらぬ。
親類の幽斎殿(細川藤孝)も態度を保留しておる始末じゃ。
親類ですら態度を保留した影響で他の者も今は様子を窺い旗色を示しておらぬ。
イライラとしても仕方なし・・・京の都を抑えたのだから今は私が天下人じゃ。
時間は少しかかろうが、時は我らの味方じゃ。
謀反人?今、世の噂でそのような事をいう者は居ない。
まぁ今はと言う括りが付くがな。
それに、やはり上様(織田信長)を恨む者も多かったと言う事であろう。
そんな折に家康殿の首が届けられるという吉報が舞い込んで来た。
ふむ、やはり私には天が味方しているのやもしれぬな。
この時はそう思っておった。
★~~~~~~★
時は少し戻る。
野山に分け入り儂を狙う者どもを躱す。
儂は徳川殿と別れた後、様子を見る為に宇治田原に潜伏して機を窺っておった。
この村の村長に穴山梅雪と名乗っておったが、何故か徳川殿と間違われ追われておる。
「儂は穴山梅雪と言う者じゃ。徳川では無い、人違いじゃ!!」
「嘘こくでねえ!!俺たちはお前様が徳川と言う名のお武家様だというのは知っておる!!」
何人の村人たちに間違われたことであろうか・・・
言っても聞く耳は無いようじゃ。
とうとう山狩りまでされ追い詰められた。
「梅雪様、お達者で・・・」
家臣の一人がまた討たれた。
何とか山狩りの者たちを退けてはいるが、多勢に無勢ではあるが何とかまだ生き延びておる。
しかし、一人一人と家臣がその命を散らして行き、十名を切った。
儂と数名の家臣を残すのみとなった。
「何度も言うが、儂は穴山梅雪と言う者じゃ!!」
「もうそんなことはどうでもよいわ!!何人の村人を斬り殺したと思うちょる!!」
「それはお主らが襲って来るからであろうが!!」
「う、五月蠅いわ!!お前らが大人しく捕まっておれば問題無かったのじゃ!!そうなれば斬り殺されることも無かったはずじゃ!!」
斬り殺さねば死ぬのは我らじゃ。
殺す気で相手は襲って来たからこちらも手を抜いて相手する事は出来なんだ。
もうここに至っては道理はとうに通用せん。
解ってはおるが売り言葉に買い言葉で相手に言い返してしまう。
家臣たちも同じで何度も「間違いじゃ」「人違いじゃ」と言っておるが、糠に釘よ・・・
村人たちは殺気立ち、既に聞き耳は失われておる様じゃ。
いや、最初から無かったのやもしれぬ・・・
言い返す虚しさはあるが事実は事実、儂は徳川ではないのじゃ。
何人もの村人を手に掛けたことで、相手も警戒し無暗にこちらに攻撃を仕掛けては来ないようじゃ。
状況は膠着しておるがこちらの分が悪い。
三人を除き残りの者は何処かしらに手傷を負っておる。
少なくともこのままでは農民共に討たれるは必定。
しかし、打開する策などない。
自害と言う言葉が脳裏を過る。
ジッと相手を睨み付け警戒しておると、こちらに近付いて来る一団が目に入った。
一人の者に見覚えがある。
いや、かつては一門と言う事でよく話した相手だ。
今更何をしに来た?・・・いや、儂らを嵌めたはこ奴らか!!
おのれ、典厩!!謀ったな!!
★~~~~~~★
裏切り者の穴山梅雪は宇治田原に潜伏した。
京からは目と鼻の先の位置で様子を窺っているらしい。
私たちはそれを遠方より伺い様子を見る。
村長宅に明智勢の通達が届いたことを知る。
村では村長宅に人が集まり何やら話し合いが成されているという。
藤林の者の調べでは、惟任殿の通達で近隣の村々では徳川殿を探しているという。
生死不問で褒美まで与えるという通達だ。
徳川殿たちはそろそろ伊賀に入ったであろうか?
急ぎ向ったし、着いておるはずじゃ。
それに、長門守殿が付いておるで問題は無かろう。
通達内容が村人たちに知れ渡ると、村人たちは村長宅の離れに滞在している武士の一団を怪しんでいると藤林の者が伝えて来た。
勿論の事、穴山梅雪と名乗っているので徳川殿では無い。
それを村長から聞き疑いながらも様子見をしているであろう村人たちをこちらで示唆する予定ではあるが、既に話し合いの場では偽名を使っているのではないかなどとの意見も出たという。
「式田様如何されますか?」
「そうだな・・・村人を焚きつけるか?」
「そう致しましょう」
直ぐに村人を示唆することとしたが、それより先に
村長の家より出て来た村人の数人に声を掛け、家康殿を探している体を装い、聞き込みと言う風な感じで「偽名を使い隠れておるやも知らない」「身形が良いから直ぐに判るはずなのに・・・」「捕まえれば褒美も思いのままかもしれぬ」などと囁くと、「知らぬ」「見なかった」と言いつつも欲に眩んだ眼をした者どもが別れた後に急ぎ足で駆けて行った。
そうこうしていると、やはり功を焦った村人が穴山一行に襲い掛かったようだ。
「上手くいきましたね」
「そうだな・・・」
村人が何人も斬られたようじゃ。
我らが示唆したこともあり疑う者が増えたのかもしれぬが、逸った者たちが斬られたことで徳川殿どうこうの話ではなくなった感もある様じゃ。
こちらの謀た部分もあるし、それに乗って斬られた村人たちには少し申し訳ないという気持ちが湧く。
藤林の者の話では遅かれ早かれと言う。
褒美の懸賞金目当てで襲う事などよくある事らしい。
村人たちにとっては落ち武者狩り感覚であろうと思える。
しかし、多勢に無勢、時間の問題であろうと思ったが、中々倒すには至らぬようじゃ。
梅雪は剣の腕も確かじゃし仕方なかろう。
「仕方ない、この手で引導を渡してやるか・・・」
「では行きましょう」
そうして穴山梅雪の許に向かう。
藤林の者の案内で穴山梅雪が籠る場所へ行くと村人と未だ言い争っておる。
「何度も言うが、儂は穴山梅雪と言う者じゃ!!」
「もうそんなことはどうでもよいわ!!何人の村人を斬り殺したと思うちょる!!」
「それはお主らが襲って来るからであろうが!!」
「う、五月蠅いわ!!お前らが大人しく捕まっておれば問題無かったのじゃ!!そうなれば斬り殺されることも無かったはずじゃ!!」
梅雪と村人たちの言い合いがそこでは激しく行われていた。
冷静に外から眺めれば実に滑稽なことじゃが、当事者は命の掛かる場面じゃし必死に言い募っておる。
梅雪はうんざりしたような顔で言い返しているが、もう収拾がつかぬ事も理解しておる様じゃが未だに言葉を紡いでおる。
取り囲まれて逃げ場がないようじゃし、自害するかもしれぬな。
しかし、自害など許せぬ!!
出来ればこの手で敵を討ちたいと思い、更に近寄ると私の顔を捕らえた梅雪の顔が歪んだ。
「おのれ~~~典厩!!謀ったな!!村人どもを示唆したはおのれか!!」
「私は式田六郎次郎豊長よ!典厩では無いわ!!それに、示唆せずともお主が村人を無暗に斬り殺したからこうなったのよ」
「ええい五月蠅い!!そのような事どうでもよいわ!!」
罵り合いは少しの間続けることとした。
私と梅雪が言い合いをしている間に村人たちに藤林の者が声を掛けて討ち取りはこちらで行い、手柄は村に渡すことを約束し事に当ることとした。
村人が納得した様なので徐に刀を抜き、「引導を渡して進ぜよう」と言い梅雪を誘う。
自害を考えていたであろう梅雪は私との一騎打ちに応じる様じゃ。
私と梅雪の一騎打ちであるが、梅雪は自信ありげに「ふん、返り討ちにしてやろう」と言い刀を構えた。
確かに梅雪は軍の差配だけではなく、剣の腕も中々のもの。
私が武田家に居た時で比べれば梅雪の方が私より上であったかもしれぬが、縁あり長さんの下で剣の修行を行った。
長さんの配下の者たちは相当の実力者揃いで、稽古は常に実力者とのものとなれば私の腕もメキメキと上る。
そんな感触はあったが試す機会は無かった。
今回はいい機会だ、敵討ちも兼ねて試そうか。
梅雪と相対し斬り結んだ。
★~~~~~~★
宇治田原の村人より「身形の良いお武家様が隠れており、それを討ち取りました」と言う事で首が届けられたと聞く。
第一報では「徳川の首が届けられる」と言うものであった為、疑い無く首の入った木箱を開ける。
そこには苦悶の表情を浮かべた穴山梅雪の首が入っていた。
「徳川ではない・・・な」
「穴山殿の首ですな・・・」
近くに居た家臣も同じ様に残念そうに言う。
しかし、彼も排除できれば助かると思う人物じゃ。
見事討ち取った村人には一応はそれ相応の褒美を渡す必要もあり褒美を渡した。
その第一報として「徳川の首が届けられる」を聞き、気を利かした者が御触れを取り消してしまっておった・・・
確認する前に取り消すなどとはと思ったが、平時ならそんなことは起こらぬであろう。
多くの者が上様に謀反したという事実を知り動揺しておるのやもしれぬ・・・私に付き従うは既に事がなされ、謀反に関わり成功したが故であろう。
殆どの者が混乱しておるのは間違いない。
軍規を再度締め直さねばならぬな。
その前に、今から再度御触れを出そう。
既に遅いと思うたが、物は試しじゃ、出すこととした。
徳川殿が逃げるであろうと思って堺から東に向う船を張っておったが・・・やはり徳川殿本人か家臣かは知らぬが上手く出し抜かれたようじゃ。
徳川殿の家臣の者と上様の謀反後の共謀を約束しておったが、そんな者が信用できようか。
形だけの協力関係など何時崩れるか解らぬし、徳川殿とならいざ知らずその家臣と共謀?徳川殿が反対すれば簡単に瓦解するわ!
それならばいっその事その者諸共に家康殿を討ち滅ぼす算段であったが、どうやら今回は失敗に終わりそうじゃ。
柴田と羽柴を片付けて後々には徳川との戦となる事も視野に入れて動かねばなるまいて。
「それにしても・・・徳川様は何処に御隠れになったのやら・・・」
「解らぬが・・・徳川殿の下には儂を出しぬく謀をする者が居るようじゃな」
「そうならば徳川家は侮れませぬな」
「流石は海道一の弓取りよな。家臣も厄介そうじゃ」
「誠に・・・」
少し天下統一が遅れるやもしれぬが、仕方ない事じゃな。
ここで討ち取れれば儲けものであったが、そうは上手く行かぬようじゃ。
「徳川殿は本当に運良きお方よ」
話しておった家臣たちも頷きながらそれぞれに徳川殿の悪運の強さを語る。
〇~~~~~~〇
梅雪は家康と誤認されて農民に追い詰められ自害したなどと云われますが、自害ではなく落ち武者狩りや一揆によって殺害された等とも云われます。
この物語では見事に武田勝頼の敵討ち出来たようで梅雪の首が良い時間稼ぎとなったようです。
さて、史実でもこれに近い事があったのかもしれません。
家康が梅雪を囮に使うことを考えていたかは分かりませんが、梅雪は家康を疑い別行動をした様です。
穴山梅雪が史実でも家康にとって良い囮となったのも間違いない様で、光秀に「徳川家康らしき武将を討ち取った」と伝えられた等とも云われます。
家康は後々梅雪との約定を守り梅雪の嫡男の勝千代に武田の名跡を継がせ武田信治と名乗らせていますから家康も思う所が有ったのかも?
しかし、梅雪の死から約5年後には勝千代(武田信治)も死去しています。
死因は疱瘡とされています。
何か微妙に怪しいですね~
嗣子無しとして一旦ここで穴山家は取り潰されました。
その後には家康は自分の五男の信吉に甲斐武田の名跡を継がせています。
この事実が物凄く陰謀説を助長しますね。
信吉は穴山衆を中心とする武田遺臣を付けられて武田を一時再興させたようですが、元々病弱であったようで、21歳で死去しております。
偶然なのか武田家を継いで約5年後に亡くなっていますので武田OR穴山の呪いではとかも一部で言われます。
さて、武田家の因縁はここにて完結。
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