第132話
「何故?遺言を反古にした・・・」
「長慶様・・・」
「日向守・・・何故じゃ?」
目の前に長慶様が居られる。
三好家の中で実しやかに囁かれていた噂、長慶様が枕元に立つ・・・
何を世迷い事をと思うておったが、今儂の目の前に・・・
「して何故反古にした」
「・・・」
「知らぬ訳ではあるまい?」
「それは・・・」
喉が渇く、言葉が出ぬ、言い訳しようにも相手はこの世の者ではない・・・
見透かされている?・・・いや、成仏できずにさ迷い出たただの怨霊じゃ!!
「誰か居る!!」
「日向守様何事で?」
家来の者が駆け付けた。
先程までそこに居た長慶様・・・いや、怨霊は姿形も無し。
その日以降よく眠れぬ・・・
三好家中の者も儂を余所余所しく見る者が増えて来た。
篠原殿からも「丸目四位蔵人様を遠目から見たが一廉の人物じゃった。そのような人物と敵対し、長慶様の御遺言を反古にする日向守殿の気が知れませんのう」と嫌味を言われた。
忌々しい事にかの者の発言は重い。
儂以上に三好家内での立場は強い・・・
先頃、篠原殿も長慶様が枕元に立ったと聞く・・・
そして、平島公方(足利義栄)様よりも「丸目四位蔵人と和解を」と言われた・・・
あの者と和解?・・・それは己の死を意味する。
あの者が和解の条件としたのは儂の首と20万貫と言う途方もない金子だ。
三好家全体で出せないことは無いが、出すことは無いのではないだろうか?
今の三好は戦続きで金が湯水のように飛んで行く。
そんな中に20万貫もの大金を用意するのは簡単ではない。
そして、更に噂が舞い込んで来た。
三好日向守と関わる者は呪われると言う物だ。
何を馬鹿なと思っておったが、儂の屋敷の庭で火の玉を見ただの言う者も現れて、儂に近づく者もめっきりと減った。
そして、定例の評定の場に行けば縄で縛られ儂の身柄をどうするかと言う話し合いがもたれておる。
儂の首を落とすことで三好家に更なる不幸が訪れるのではないかと言う話となり何とか首の皮一枚で死なずに済んでおる状態じゃ。
しかし、最終的に丸目四位蔵人にそのまま身柄を差し出し、20万貫の詫び金を交渉で減らそうという話となった。
何を馬鹿なと思うが、猿轡を噛まされているので自分の弁護もななならぬ・・・
★~~~~~~★
「篠原殿、剣術大会では時の巡り会わせ悪く対戦できませんでしたね」
「いえいえ、
「何を御謙遜なさる、あの場に勝ち残りし者は真の強者、誰が勝ち上がっても誰が負けても可笑しくない程の実力者揃いでしたから時の運でしょう」
目の前に剣術大会の時出ていた篠原左京進さんがニコニコ笑顔で三好日向守の身柄を拘束した状態で連れて来た。
何でも三好家内で話し合い、先ずはかの者を引き渡し詫びるという事となったそうだ。
「今回は三好家の者がご迷惑をお掛けし誠に申し訳ない」
「長慶殿の御遺言を反古にするなど誰も思いませんよ」
「左様!何と不忠な事か!!」
怒り心頭と言った感じで篠原さんは語る。
「先ずは詫びとかの者を引き渡し致しまする」
「日向守は生きておるようですね」
「はい、家中で長慶様の亡霊を見る者が続出しまして・・・拙者も・・・」
あ~幻術士の2人はいい仕事をしてくれたようだ。
三好家の方が動きがあり仕事が終わったと思ったのだろうか、今度はまた本願寺の方に行き弓ちゃんとかとも協力して有力門徒などに幻術や噂を蒔いているとのことだ。
顕如も時間の問題かもね。
「して、それだけですかな?」
「実は20万貫の件で・・・」
「下げろと?」
「はい、出来ますれば・・・」
「そうですか、三好家は武運をお捨てになりますか」
「武運とは?」
篠原さんが驚いて聞き返してきた。
「今回被害にあった我が奥の真里は摩利支天様と日天様の子孫となります。摩利支天様はご存じの通り、武士の守り神、その末裔に弓を弾きし家が何もせずに武運を保てるとお思いで?」
「それは・・・」
「某も鬼では無いから、最低限としてあの金額を提示したのですが、本来、もっと請求しても良かったのですよ?」
篠原さんは押し黙ってしまった。
まぁ身内で争っているし、金が湯水のように戦で消えて行っているよね?そこに20万貫と言う大金を寄越せと言われたらごねたくもなるけど、ごね得はさせる気はないし、武士の急所である武運を盾に搾り取るよ!!
お前らがあのクソ野郎をちゃんと管理していないからこのような事となる!!
見せしめだ!!
今後、同じ様な事が起きればどうなるかを見せしめることで、俺との敵対者も減るだろう。
「言っておきますが、20万貫は詫び金です」
「はい、心得ております・・・」
「朝敵を朝廷に取り消しいただくにも金は掛かりますね」
「え?・・・」
「真里は摩利支天様の末裔でもありますが、天子様の義理の娘でもあります。その娘に手傷を負わせたどころか命を奪った・・・ただで済むと?」
「それは・・・」
「山科様にご相談されてみては?丁度ここは山科邸ですし?」
「いえ、そちらはまた別にご相談をさせて頂きます」
篠原さんは三好家代表として交渉に来たが、侘びと日向守の引き渡しのみで、20万貫はそのままに、更に朝廷へも侘びと詫び金が必要だろう事を知り去って行った。
さて、日向守とご対面するかね~
「お前が三好日向守か?」
俺を睨みジッとこちらを見詰める男。
あ~猿轡したままだから話せないね。
俺は指示して猿轡を外させる。
「お前さえ殺せていれば・・・」
「あ~日向守よ」
「何じゃ」
「お前は俺の朝廷への影響力を恐れて俺の暗殺を目論んだそうじゃな」
「あの
忌々しいというように四郎右衛門の事を塵と言う。
「ああ、お前の所の忍びの者に聞いた」
「それで何が言いたい?」
「お前の勘違いで事が起こったのじゃが・・・」
「勘違い?」
俺はメッセンジャーをしただけで、決定などに関与していないことを伝えると、鳩が豆鉄砲を食らったってこんな感じ?と言うような顔で呆けた。
此奴の勘違いから事が大きくなり、因果応報ではあるが、自分にその因果が帰って来てこの状態にあるのだ。
「馬鹿な・・・馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な!!」
「馬鹿はお前じゃ」
一気に年取った?感じの様に先程までの生気が見る見るとしぼむ様に日向守は焦心して言葉も無いという感じで俯く。
敵対する必要も無い者と敵対し、挙句はその者にやり込められたのだ。
こちらは全く赦す気はない。
「何故に長慶殿が俺と敵対するなと遺言を残したか解るか?」
ボーっとこちらを見る日向守。
「長慶殿と松永殿には将来の三好家の成り行きを語って聞かせた」
「成り行き?」
「三好家は今後、急速に没落する!」
「没落?馬鹿か!三好家が没落なぞ」
「奢れる平家は久しからずって知ってるよな?」
「・・・」
俺は三好長慶たちに聞かせた三好家の未来予想を語って聞かせ、この男が無駄な動きをしたことで三好家は滅ぶだろうと告げた。
滅ぶかどうかは勿論知らん!!
しかし、その言葉を聞いた三好日向守は場所も憚らず泣き出した。
まぁ苦しめ!!
先に動いていた本願寺の方は今の所動きは無いが、三好家が動いたことで本願寺内でも何か動きがあるかもしれないね。
さて、事件から4カ月経過し、真里のお腹も膨らんで来た。
慈しむ様にお腹を撫でている真里。
後、半年もたたない内に真里はいなくなるとは思えない程の光景だが、居なくなるんだな・・・本当に今を大事にしよう。
〇~~~~~~〇
三好家の方は一段落。
さて、剣術大会で出て来た篠原左京進とはどのような人物か?
篠原長房と言った方が知っている方多いのではないでしょうか?
三好家を代表する武将の一人で、三好長慶の弟・三好実休の重臣であり、三好実休が討死の後はその子である遺児の三好長治を補佐して阿波において三好家中をまとめた人物です。
阿波は三好の本拠地で、そこを抑えている人物ですから三好家内では可成りの発言力を持っていた様で、この時期は三好三人衆よりも上だったようです。
この作品で度々取り上げるルイス・フロイスの『日本史』では三好三人衆より立場が上であることを端的に書いているそうです。
そんな篠原長房ですが、後々に三好長治と不仲となり
可成り優秀な人物で、軍事・政治の両面に通じていた人物だったようです。
それはそれとして、自害の後も、讃岐や伊予国でその姿を見たという者があったというからミステリアスで面白いですね。
三好長治はそんな優秀な部下を自分の手で排除したのですが、すったもんだあって篠原長房と同じく自害してこの世を去ります。
三好長治は「三好野の 梢の雪と 散る花を《長》き《春》とは 人のいふらむ」と言う辞世の歌を残しています。
可成りこの句はおしゃれですね~自分の名を込めるとか上級者だし・・・しかし、色々と残念エピソード持つ三好長治、色々な事情はともあれ篠原長房の排除は間違いなく失策だったと思えますね。
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