第244話
伊賀の中の人間がここに集まって来たんじゃないのかと思う程の人が集まり、お祭り状態。
何か三爺が言うには俺の来訪を触れ回った結果などと言うけど・・・本当は違うよね?多分、違うよね?絶対に、違うよね?
歓迎してくれるのは有難い限りではあるが大げさじゃね?
何この規模?何処のフェスティバル会場なの?
唐津くんちか博多どんたくかといった賑わいだ。
まぁ数万人規模が村に集合した感じなので仕方ないか・・・
祭囃子とでも言うのはこの時代もあるようで、陽気な笛や太鼓等々の鳴り物が陽気に流れて来る。
そうそう、忍者って各地を転々と回って情報収集するから意外とこの手の芸能ごとをする職業の者も多い。
前世でいう所の旅の一座みたいな連中が数グループ位集まって鳴り物を奏でている。
笛に太鼓だけではなく琵琶に琴に鼓何かも演者が居る。
序に海外から仕入れたハープなんかも提供しているのでそれを奏でる人々もいる。
他にも俺的に珍しいのは
なんかを結構それを吹く者たち多いよね~
旅芸人のハーモニカ吹き的な感覚?なのかどうか・・・俺にはよく解らん!!
それに、それらに合わせて踊る人々も居る。
それに、踊りも色々で、今流行りの幸若舞を舞う者や俺が調子に乗って教えた色々な踊りを好き勝手に踊っているというカオス状態。
意外にこのノリが美羽・千代は気に入った様で皆と同じく一緒に陽気に踊っている。
皆が陽気に楽しそうにしつつも俺たちをもてなす為に皆集まって来たと言う・・・
おっと、何と諜報関連では、今、見事に楽器を奏でる者や華麗に舞う者などの多くの旅芸人が大活躍している。
歩き巫女と同様に権力者階層にて情報を得ているし、華やかなので若い女性忍び達の人気職種になっている。
地下アイドル的な感じ?知らんけど。
その旅芸人の一座を認めて貰う為に、過去、色々と俺も動いたぞ・・・まぁ俺が直接と言うより、竜様(近衛前久)や今は亡き山科様が主に協力して貰い、伊賀十二座と言う旅の一座をお抱えとして認めて貰った。
京の郊外にある摩利支天様の社の公認の一座として活躍中だ。
十二支の
それぞれの座には看板を貼る舞い手が4人づついるらしい・・・偶然だろうけど、どこぞのアイドルグループと同じ人数になったようだ。
この世界線では戦国のA〇B48とか云われるのかもね。
今回は半分の六座が集合したらしい。
まぁ偶々里に居ただけで、他の六座は各地で活動していると言う。
何と二座の看板が2名づつが寿退社ならぬ結婚を機に抜けるとのことで、4名と言う狭き門を争い選抜も行われるという。
それで今回は俺もその選抜の審査委員的な立場で参加しないかと言われている。
何か見ない内に凄いことになっているよね~
凄い人気職でもあるけど、忍者の二次職としてこの旅芸人は意外と有効活用されているようだ。
意外や意外、権力者たちの所に入り込むのには可成り有効な職業で、多くの情報を得たりとか・・・詳しくは知らんけど。
他にも、薬売りとか色々な形で情報収集の二次職も忍術と共に鍛えられているようだけどね。
「殿!!伊勢より海の幸を取り寄せて御座います!!」
「丹波守・・・配下に無理言ってないよね?」
「わははははは~配下の者たちも喜んで手に入れて参りましたぞ」
聞けば忍者の脚力を駆使して俺が来て直ぐに伊勢に行き、買い付けここまで運んで来たという。
お!伊勢エビ!!さて、料理の腕を振るいますか!!
丹波守たちも俺の事を藤林家の者たちに色々聞いているようで、解ってるね~調理、調理!!
伊勢エビも可成りの量を買い付けて来ている様なので、簡単に直ぐ作れるもの・・・何作るかな~!半分に切って味噌塗って焼くか!!
★~~~~~~★
殿にお願いして四名の看板舞手を選ぶ間は里に滞在頂く事となった。
快くお引き受け頂けたことに胸を撫で下ろす。
今回の交代する予定の座長からは是非にともと熱い視線で訴えられていたのは無下に出来ないと思い懇願すれば了承頂けた。
「丹波頭領!!丸目様に懇願頂き感謝いたします」
「ああ、殿(丸目蔵人)が直ぐにお引き受けされたから苦労はしてない」
「それでも、ありがとうございます」
ホクホク顔の座長たちを羨ましそうに見る残りの座長たち。
何か考えないといかんな。
さて、如何したものか。
「残りの棟梁たちも今回の件は不満かもしれぬが、少し儂にも考えがある」
「不満など・・・いえ、羨ましい事は確かですが・・・何か良いお考えが?」
一人の座長が代表して聞いて来る。
他の座長たちも目を輝かせてこちらを期待して見詰めて来る。
「殿がお許しいただければ、全座の頂点の舞手を決めることを殿にお願いしてみようかと思っておる」
「「「「「「おお!!」」」」」」
「もし、殿がお許しになればだぞ」
「「「「「「勿論!!」」」」」」
自分で言いだした事ではあるが、無理であろうか・・・
一応は殿に話さねばなるまい。
言ったからには有言実行じゃな。
「皆期待している所悪いが、殿の御許しを得てからの話じゃぞ」
重要な事なのでもう一度述べたが、あの期待の目を見ていると何としても殿を説得せねばなるまいて・・・
そして、儂は気合を入れ直し殿の許に向かう。
〇~~~~~~〇
まぁこの流れなら確実に舞手の大会的な何かが行われることでしょう。
実は剣術大会の次の企画として何するかね~とか考えていました。
まぁこの時代の芸能関連で最も有名と言っていいのが出雲阿国かな?と思います。
勿論、能の世界もありますので観阿弥・世阿弥等も有名ですが、女性芸能者では間違いなく出雲阿国でしょう。
実はこの出雲阿国も忍者かもしれないなどと言われます。
出雲大社の神前巫女で、出雲大社勧進のため諸国を巡回したところ評判となって権力者たちにも乞われて御前で舞ったと云われます。
実はこの出雲阿国は歌舞伎の創始者と言われています。
幼女・少女による小歌踊の芸能をこの頃はヤヤコ踊りと言われておりました。
そんな中でも出雲阿国は傾いた格好で踊ったことから傾き踊りと云われたようですが、後々にその傾いた格好で歌ったり舞ったりすることから歌舞伎と名付けたとも云われます。
阿国のかぶき踊りは
名古屋山三郎は阿国と共に歌舞伎の祖とも云われます。
この名古屋山三郎と言う人物は傾奇者としても有名でしたが、武将としても有名な人物でした。
中々の経歴の持ち主で、母親と共に京の建仁寺に身を寄せていたのですが、15歳の時に蒲生氏郷に見出され小姓として仕えるようになったようです。
九州征伐や小田原征伐に参加したようです。
九戸政実の乱で一番槍の功あげる程の武の者と成長したようです。
氏郷が死去すると蒲生家から退去し、浪人しその後、出家して宗円と名乗り大徳寺に入ったそうです。
その後、還俗し織田九右衛門と名乗っていたようです。
そして、森忠政の家臣として仕えます。
武の者でもあるのですが、見目麗しいく茶の湯や和歌にも精通しており見識が深い事から饗応役として仕えたと云われます。
森家では重臣のある人物との人間関係で揉める事が多かったようです。
その人物と喧嘩口論の末に抜刀して襲い掛かるが、逆に剛勇で有名なその口論相手の人物に切り伏せられ死亡する最期を遂げたと云われます。
実はこれ名古屋山三郎が当時主君だった森忠政の命令でその重臣を討つように命じられていたとも・・・
その重臣の名は井戸宇右衛門言います。
山三郎の遺体は現場の北側、宇右衛門の遺体は南側に埋められ、墓標の代わりに松が植えられたと云われており、今でもその場所には松が植えられており、「
山三郎は後の歌舞伎・浄瑠璃の題材として好まれ様でその一つが阿国のかぶき踊りと言う訳です。
歌舞伎「鞘当」の演目のモデルや鶴屋南北の「浮世柄比翼稲妻」はまさにその一端です。
さて、舞手の大会的な何かはアイドル総選挙みたいになるのかはてさて、どうなるかお楽しみ頂ければ幸いです。
まぁ主人公中心の話となると思うので、一人一人をクローズアップするようなものではなく、毛色の違うものにしたいと思っております。
書くのは恐らく少し先になりますけどね。
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