第293話

母が言っておられた。

困ったことがあれば丸目家を頼る様にと。

有名な家なので聞けば直ぐに判るであろうとも言われていたが、確か叔父様も懇意にしていたし、母と尋ねた際に優しく接して頂きていたのは何とは無く覚えている様な気がするが、それも微かな記憶。

そして、あの日、狒々のような男の前に連れいて行かれる前に城を出る際に伴ってくれた者も丸目と名乗った。

数年前の記憶を頼りに彼の顔を見れば、お会いしたことがある様な面差しあの時より凛々しさが増していると思えたのは気のせいか?


「母より困ったことがあれば丸目様を頼るよう言われましたが、貴方を頼れば宜しいのですか?」

「お市の方様がそうお言いになられたのですか?」

「はい」


私と共に城より保護された妹たちも頷いたのを横目にジッと答えを待っていると、困ったような顔でその若武者は答えた。


「恐らくは、我が父、丸目蔵人の事でしょう」

「その方は此方にお見えなのですか?」

「いえ、父は朝廷の御下命により勅使としてして行っておりまして・・・今は外つ国、南蛮などと呼ばれておる国へと行っております」

「日ノ本にお出でではない?」

「はい、数年後には戻ると思いますが、生憎と南蛮と言うのは遥か遠い国と聞きますし・・・」

「天竺より遠いのですか?」

「天竺にも寄ると聞いておりますので、それより先の国と言う事になりますね」

「そのような遠くに・・・」


天竺にも行ったことはないが、それより遠い所に行かれておられるとは・・・

遠く海の彼方にいらっしゃる方を頼るのは難しいと思い困っていると、若武者は私の様子を見ていたのであろう。


「父不在の間は某が丸目家を取り仕切っております。お困りでしたら父に代わり何なりとお申し付けくだされ」

「はい・・・良いのですか?」


彼は頷きながら、「はい」と答え、名乗ってなかったことを思い出したように名乗ならた。


「おっと、まだ名乗っておりませなんだな、某は丸目蔵人の一子、丸目羽長と申します」

「羽長様・・・」

「羽とお呼びくだされ」


変わったお方だ。

武士と言えば「~守」とか「~丞」等の武官名を名乗られるのに、名を名乗り、更には愛称のような呼び方で呼んでよいと言われる。

はね様」なんとも精悍さに似合わないお可愛らしい呼び方であった。

しかも、此方を思いやる様な雰囲気は十分に伝わるし、実は少しだけ、ほんの少しだけ羽様に淡い何とも言えない私の知らない思いを感じている。


「はい、困ったことがありましたら妹共々相談させて頂きます」

「はい、その際は力及ぶ限りお応えできるよう務めさせて頂きます」

「よしなに」


その後は羽柴勢の許に連れて行かれそこで城が燃え落ちるのをボーっと眺めていた。

本当の父ではなく義理の父ではあったが、優しくて大好きだった。

母もそんな義父と心通わせ、短い月日ではあったが幸せに暮していた。

燃え落ちる城を見ているが、現実味は無く、移世うつよの事の様にさえ感じる。

現世うつしよがまるで色あせた様に感じ、人の世の儚さを齢十四で知った。


「茶々殿、初殿、督殿、よう参られた」

「はい、身寄りを無くした私どもの庇護をして頂けるとか」

「わははははは~勿論じゃ。亡き大殿(織田信長)の姪御を粗略になど致しませぬ。拙者を叔父か義父とでも思い、我儘でも何でも言ってくだされ」


目の前の男は義父と母の敵でもあるが、これから私どもの庇護者となる方だ。

親の仇だと罵るのは訳無き事ではあるが、そのような事をすればどの様な待遇が待っているかと思うだけで身が竦み、少しだけ震えてしまう。

相手に悟られぬようにと心に活を入れ、身を引き締めて相対す。

優しき態度で言葉紡がれるが、要は私たちの血筋がものを言うと言う事であろう。

しかし、血筋と言う物が在ろうとも、相手を非難したり見下せば・・・

戦国の世の女の弱さを思い知る。


「如何じゃな?」

「はい、羽柴様。どうぞよろしくお願いいたします」


私は深々と頭を下げ、目の前の親の敵に首を垂れた。

そして、私は願う。


「身寄りの無い私どもは新しき家族を得たいと考えて御座います」

「ふむ・・・」


羽柴様は先を促す様な仕草をしたので話を続ける。


「早々に嫁ぎ先をお願いいたします」

「三人共か?」

「はい、私は最後で構いませぬので、妹たちには良きご縁を賜わりたく」

「相分かった、姫君たちに見合う者に嫁がせる事を約束いたそう」


そう言って羽柴様は私どもに告げられた。

お約束通り、次女の初は京極きょうごく高次たかつぐ様へと嫁いでいった。

私自身は京極高次様の妹の竜子たつこ様とは反りが合わないが、初は良いご縁を頂いたと思える。

三女の督は私たちの従兄弟の織田三介さんすけ(信雄)の家臣の佐治さじ與九郎よくろう様(佐治一成)の許へと嫁いでいった。

彼の母はお犬の方様(織田信長の妹)で、織田一門に類する者で一族同士の婚約と言えるが、仲睦まじい様子で姉としてホッとした。

本当に良かったと思っていたが、羽柴様が従兄弟の三介様と徳川様と戦を為され、その後に論功行賞において何かしらの事があり、佐治さじ與九郎よくろう様が大野を追放されたと聞く。

女子おなごの身、それも養われの身では詳しい事は知らされぬままではあったが、督は羽柴様の命により、離縁させられた。

女子の身とは何と弱い事かと心で思うが言葉には出来ぬ。

弱いところを見せれば食い物にされるのは必定。

弱いのは悪い。

心配していた督の行方は羽柴様の甥で養子になられた羽柴秀勝様と決まり、二度目の婚約をした。

羽柴様も朝廷にお認めになられ、関白へと就任され、姓を賜り、今は「豊臣」と名乗られるようになった。

そして、最後に残った私の嫁ぎ先は・・・

妹たちが嫁ぐ前から折を見て羽様は私たちの事を気遣いよく訪ねて来て下さった。

何時も「用事の序です」と言われるが、序にしては色々といただいている。

私を含め妹たちも変わった菓子を毎回持参されるので、何時からか大変に楽しみにしていた。

それから、羽様は面白き方で、色々なお話を聞かせて下さり、私たちの寂しさなどを紛らわしてくれ、妹共々に彼に対して感謝の気持ちは堪えない。

羽様以外にも利様(利長)や麗華様も何度か訪ねて来て下さった。

羽様の紹介で知り合った彼の兄弟姉妹も私たちを気遣い良くして頂いている。

残念ながら、残りのご兄弟の里子様、春長様にはお会い出来ていない。

里子様は父親の丸目二位蔵人様と共に南蛮へ向かったそうなので仕方ないが、春長様は如何されたのかと思ったら、行方知れずとの話だ。

心配であろうと気遣うと、羽様は「あ奴は死んでも死なぬであろうし、もしやすると父上とは別の場所の外つ国にでも行っておるのやもしれない」と言われた。

まさかと思っていたが、どうやら予想通りだったと後々聞かせて頂いた。

羽様は私たち姉妹に良くしてくださった。

そのせいだろうが、私を含む姉妹は羽様に淡い恋心を抱いていたと思う。

初めて恋心を知ったのは、多分、この位の時季では無いだろうか?

しかし、その思いはある日知った事実で儚く消えた。

羽様には許嫁の方がいらっしゃると聞き及んだ。

お相手は羽柴様の実の娘で恵様。

彼女にもお会いしたことは何度もあり、彼女もとても気の良い方で、仲良くさせて頂いている。

私と彼女の母である北政所様とはもしかすると反りが合わぬのかもしれないが、恵様とは羽様のことで何故か意気投合し仲良くさせて頂いていたが、まさか許嫁とは知る由も無かった。

羽様と恵様が許嫁であるという事実を知って少ししてからだろうか、私の婚姻の打診があった。

私が嫁ぐと、中々会うこともままならぬ関係となってしまうだろう。

仕方なき事だ。

諦めるより仕方なき事だと己に言い聞かせたが、我が心ながら中々に言う事は聞いてくれそうも無く気落ちすることも暫しあった。

私の嫁ぎ先は、天下人。

私は関白様に請われ、側室の一人として召し上げられた。

確認の打診はあったが、断るなど恐れ多くて出来ぬ事よ。

断わり様が無いのであれば、私は決めた。

女子おなごの立場でも他人に負けない地位を得ようと!!

何をすればいいのかは、簡単な事。

関白殿下のお子、それも、男子で長男を得れば・・・

これから私は女の幸せを捨て、権力を握る為、一人奮闘することを心に誓う。

弱き事、それは悪で罪だ。

強くなければ自分の思う事など叶わぬ。

強くなる為に自分を偽ることを決めた。


〇~~~~~~〇


4人目は茶々姫こと淀君、淀の方でした!!

秀吉編では重要人物の一人となります。

彼女の人生はまさに波乱万丈で、最後は自害し果てる壮絶な最期を遂げます。

多くの物語で彼女は悪女として描かれていますが、本当に悪女なのか?

多くの物語で描かれる彼女は北政所(寧々・高台院)とライバル関係にある様に描かれています。

正室と嫡子を生んだ側室ですから、そのような関係はあるだろうという事なのでしょうが、対立関係に無かったという説もあります。

秀吉は多くの女性を侍らせました。

作中で出て来た京極竜子もその一人で、実は淀の方と席次か杯順を巡って争ったという事もあった様で、仲が良いという関係では無かったようです。

女の戦いなので仲良い、仲悪いというのは関係なく、その時は争ったのかもしれませんが。

秀吉の女好きは有名で、側室も300人overだったとも言われます。

多過ぎじゃないか?と思うと思いますが、多過ぎです。

実質有名だったのは20人位ですけど、それでも凄い人数です。

でも、家康も20人の側室が居たようなので、20人は天下人としては普通なのかもしれません。

さて、そんな女好きの年中ぶっ放している様な秀吉ですが、実子は 石松丸、一女、鶴松、秀頼と4人だけ。

そういう事情から秀吉種なし説なども浮上する程です。

4人は産まれているから種なしと言う事は無いと思いますが・・・

それは置いておき、石松丸 (羽柴秀勝)は中々に面白いです!!

実は羽柴(or豊臣)秀勝という名の人物は何人も居て、作中に名の出た督姫の婿となった秀吉の甥で養子の羽柴秀勝もその一人です。

さて、他にも織田信長の四男で秀吉の養嗣子として迎え入れた羽柴秀勝も居ます。

羽柴(or豊臣)秀勝を見たり聞いたらどの秀勝さん?と聞かないと解らないほどなのです。

そして、石松丸 (羽柴秀勝)は母が諸説ある人物で、実際の母が誰なのかよく解っていません。

この秀勝の実在を疑問視する声すらある人物です。

さてさて、話を戻し、秀吉の実子の内、実は二子を淀の方(茶々)が産んでおります。

鶴松、秀頼は淀の方(茶々)からと云われています。

鶴松は早世してしまいますが秀頼は大坂城落城の際は23歳であったとされています。

実は秀頼は秀吉の実子ではない説もあります。

何故、そういう説が語られるのか?

当時、淀の方が懐妊したのに秀吉がその事実を知ったのは7カ月目の事だったと云われます。

通常であれば秀吉に実子の男の子が居ない状態で妊娠発覚なので、初期段階で大騒ぎになるはずなのにそうならず、遅い段階での発覚と言うのは猜疑の目が向けられても仕方ありません。

しかし、発覚後は秀吉大喜びで、そんな事は時の権力者ですので有耶無耶に・・・

秀頼は秀吉に全く似ていなかったようなのでそれも不倫説など囁かれる原因となりました。

秀頼は身長も高くがっしりとした体格で、顔も精悍で目鼻立ちがハッキリしていたようです。

秀吉はお猿さん顔で細い体に身長も低め・・・

では誰の子か?

幾つか説はありますが、有力なのは大野治長ではないでしょうか?

淀の方の側近でもあり、秀頼や淀の方に殉じて、自害しています。

身長も高くがっしりとした体格で、顔も精悍で目鼻立ちがハッキリとした人物で、秀吉の死後は淀の方の密通のお相手だったとも言われることからもその説は中々に有力と語られます。

他にも色々あり、名古屋山三郎などもその一人です。

さて、いよいよ次話に主人公が凱旋予定です。

後数人挟むことも考えましたが、本編中の本編から大分間が空いたので、ここはここで切って本編中の本編を進めたいと思っております!!

と言う事で、次話、主人公の話となります。

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