第299話

後で確認しようと思っていた件の人物、千代が竜様との飲みの肴を狙ってやって来た。

そう、今日の肴は豚の角煮!!

日ノ本では養豚が廃れて久しい為、態々琉球より取り寄せた豚を飼育して増やし、家で食べられるまでに至った豚をこれまた琉球から取り寄せた黒砂糖とここ切原野で造られた醤油で丁寧に煮込み造られた一品で、照りも抜群に素晴らしい至高の逸品だ。


「態々俺たちのを狙って来ずとも台所に在ろう?」

「兄上様もまだまだ解っておらんの~人から奪うから余計に美味いのじゃ!!」


何その理屈、でも言っている事は何となく解る。

しかし、それはジャ〇アン理論ではないだろうか?

まぁ来た序だ千代に聞くこととした。


「なぁ千代」

「何じゃ?奪ったこ奴は返さんぞ!!」

「それはいいけど・・・」


側に控えて居た長門守が何か合図したのか、台所より追加で角煮がやって来た。

俺のリクエストで和辛子が添えられている。

少し付けて食べるが、やはり角煮には和辛子が合う!!

おっと、話を進めよう。


「お市の方の話聞いたんだって?」

「・・・うむ・・・」


前世、お市の方は千代の姉であった。

前世は九尾の狐で、悪行の数々が原因で神力等を封じられて今世に生れた。

美貌は前世と変わらず美しいと千代も言っていたし、事実、美しい方だった。

傾国の美女などという言葉があるが、実際に前世では幾つかの国を傾けたのだが、今世はそう言うことも無く儚く散った。


「姉の子らが気になるで会いたいのじゃ」

「そうか・・・じゃあ会いに行くか?」

「良いのか?」

「ああ、どの道、京に一度行く予定だし、会う事は物の序になるが、良いぞ」

「兄上・・・ありがとう」


「兄上」の後は良く聞こえなかったが、感謝をされたような気がする。

そして、竜様も「おほほほほほ~良きかな良きかな」と言ってその光景を眺められていたが、千代が不意に言う。


「近衛の、お主、呪われておるぞ」


その言葉で場が凍る。

俺も慌てて気を巡らせ目に集中して竜様を視る。

あ・・・お馴染みの黒い奴が2匹いる!!

「本当か?」と言う様に、竜様は固唾を飲んで俺を見る。


「本当です・・・」

「そうなのでおじゃるか?」

「ええ・・・二体の黒き嫌な物が憑いて居ります」


竜様は「やはりでおじゃるか」と言い、納得した仕草で盃を煽り、角煮を一口食べてから俺に問う。


「それはその刀で祓えるでおじゃるか?」

「勿論、祓えます」


そう言うと、竜様は祓う事を願われたので何時も腰に挿してある神刀でその2体を斬り祓った。

斬り祓った後に「神饌」を竜様に飲ませ、あの2体が呼び寄せたであろう病の気も祓う。

何だろうか?竜様はあまり驚かれていないので心当たりでもあるのであろうか?


「お心当たりでも御座いますか?」

「ある・・・仕方なかったでおじゃるが、関白に藤吉郎殿を就けるに協力した」

「え~と・・・」

「恐らくは前関白の二条太閤と・・・左大臣であろう・・・」


俺は朝廷のことは帰国したばかりでよく知らないけど、竜様の言を聞いて長門守が一瞬驚いた様に見える。

何かあるのか?

前関白はお猿さん(豊臣秀吉)に関白職を譲る事となったから解る様な気がするが、左大臣?

首を傾げていると、長門守が説明してくれた。

左大臣とは竜様の息子の近衛信輔(後の信尹)で、前関白の二条昭実と口論をしたそうだ。

そもそもの原因はお猿さんにあるらしい。

天下人となったお猿さんに然るべき官職を与える必要があると判断した朝廷は右大臣就任の打診をお猿さんにした。

しかし、織田殿(織田信長)が右大臣の極官にあって本能寺の変で亡くなった為、縁起が悪いと打診に対し回答し就任を拒否した。

そこで困った朝廷は左大臣を宛がう事で難局を乗り切ろうとしたが、ここで異を唱えたのが現左大臣の近衛信輔である。

左大臣をお猿さんに譲るのはOKだが、代りに関白に自分が昇進することを望んだ。

しかし、その時の関白である二条昭実は関白就任から半年ほどだった為これを拒否。

この事で口論となった。

お猿さん側でも事態の収拾策について協議されることとなって、家臣の前田玄以や公家の菊亭晴季らが呼び集められ協議したそうだ。

何だこのマッチポンプはと思えなくはないが、この時、右大臣の菊亭晴季がお猿さんに関白就任を仄めかす。

そして、お猿さんは関白へと・・・本当にマッチポンプも良い所だ。

しかし、関白になる為には家柄が問題となる。

その時、白羽の矢が立ったのが竜様で、時の天下人には逆らえず猶子として受け入れ、お猿さんが藤の長者となり、関白に就任したという訳だ。

お猿さんを猶子に迎える事は竜様の息子の信輔は何も言わないが反対だったのだろう。

そして、二条昭実も自分たちの事を棚上げで猶子として受け入れた竜様に対して・・・

受け入れた以上、九州までやって来て九州征伐を影で支える様な竜様の動きも気に入らないのかもしれない。

さて、呪詛を飛ばした術者はこれで始末した。

二条昭実は元より竜様の息子である信輔にも釘を刺しておく必要があるだろう。

俺が長門守を見詰めると心得たと言わんばかりに、「このような事が無きように、釘を打っておきます」と請け負ってくれた。

うん、言わずとも心得て動いてくれる部下はプライスレスです!!

竜様の方に目を向ければ、「程々にお願いするでおじゃる」と言っておられる。

うん、程々ね。


〇~~~~~~〇


古代日本の律令制下からある中務省の陰陽寮に属した官職の1つで陰陽師というものがありました。

陰陽頭おんようのかみと言うのが陰陽寮のトップとなりますが、かの有名な安倍晴明はこの役職には就いて居りません。

日本における呪詛と言うのはあるあるの様で、イメージ的には呪詛を取り扱うイメージのある陰陽師ですが、朝廷における陰陽寮の役割は占い・天文・時・暦の編纂を担当する部署という位置付けで、決して魔を祓う役職ではありませんでした。

では、なぜそのようなイメージが持たれたのかというと、やはり安倍晴明の影響だと思われます。

そして、小説家・夢枕獏先生の書いた長編小説の陰陽師の影響が大きかったようで、イメージ的には日本の魔術師的な位置付けでイメージが固定されていったようです。

勿論、陰陽師が呪詛なども取り扱ったことはあったようですが、呪詛の多くは神仏に祈祷して行う事が主で、神職や僧侶が行う事も多々あったようです。

何方かといえば、ちゃんとした陰陽師や神職、僧籍の方は人を呪う事などいたしません。

しかし、ものには例外というものがあり、権力者に頼まれたり金を積まれたりでそのような悪行に手を出す者も居ました。

「呪詛」と聞けば悪い物の様に感じると思いますが、古来日本では「呪詛」というのは調伏の一種でした。

対象を「悪」と仮定して邪魔者を消す方法に成り下がっただけで、本来は悪を倒すための手法です。

因みに「調伏ちょうぶく」とは「調和制伏ちょうわせいぶく」という仏教用語の略語で、「 内には己の心身を制し修め、外からの敵や悪を教化して、成道に至る障害を取り除く」という事を表した言葉です。

さて、これは密教にも調伏の修法があります。

不動明王・降三世明王こうさんぜみょうおう軍荼利明王ぐんだりみょうおう大威徳明王だいとくみょうおう金剛夜叉明王ごんごうやしゃみょうおうの五大明王を本尊に据えて護摩を炊くことで行うそうですが、実は護摩というのは祈願の為に行う物でもあり、祈願の中には色々ありますが、祈願という物は大きく分けて3つあります。

心願成就・病気快癒・学業成就・安産祈願・身体健全等々の成就息災系のもの、世界平和・家族円満・家内安全等々の自分以外にも波及するもの、そして、縁切り・退散系のものといったものに別れます。

勿論、分け方なんてものは他にもあると思いますが、ここで重要なのが最後の縁切り・退散系になります。

呪詛はある意味で悪縁を断つ手法とも言えますので使用方法によっては・・・

実際に密教寺院などで行われる護摩焚きの行等を行うと極偶に縁切り・退散系の様にして呪詛系の願い事を護摩木に書かれる方が居るそうです。

人を呪わば穴二つとか言うように、そのような呪詛を行う手助けをしてしまうと実施者に呪詛の返りは来ますので、気が付いた時点でそっとその護摩木は外すそうですが・・・

話が逸れましたが、呪詛というのは僧侶崩れや神職崩れなどのイリーガルになった者が行う事はあっても真面な者は基本的に行う物ではないのです。

それと、序ですが、はふりと呪というのは表裏一体なのである意味、祝も呪と言えますし、呪も祝と言えます。

呪と言うのは悪いものと捉えがちですが、人に害意ある呪を撒こうとする心こそが悪いのであって呪が悪い訳ではありません!!

しかしながら、「呪い」と言うのは、悪意を持って他者や社会全般に対し災厄や不幸をもたらさしめんとする行為と定義付けられていますので、悪い意味で使われますし、決して行って良い物ではありませんので注意しましょう。

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