第150話

「剣術だけは流石よの~」

「・・・」


相良のお殿様と俺は相性最悪と思ったので出来るだけ関わらないようにと思っていたが、剣術を指南することとなった。

あ~勿論、御断りはしたんだよ。

え?「来る者拒まず」とか言ってたよねって?・・・ごめん!来ても困る人居たわ・・・

しかし、「何の為に上泉殿の下に兵法修行に行ったのじゃ?上泉殿の兵法を相良に伝える為ではなかったのか?」等と言われれば断れないよね~

敢えてきつく教えているけど、このお殿様意外と根性あるよ・・・

しかし、ねちねちと嫌味を言われる・・・

まぁ言われるのも仕方ないんだけどね~勝手に出奔して戻って仕官・・・それに俺の事を色々気に食わなかったんだろうね~

10日に1度お殿様の下に行き剣術を指南しているけど、俺が扱く、お殿様が嫌味を言う、少し意趣返しで扱く、お殿様がまた嫌味を・・・エンドレスで、これって関係悪化させてない?

不味いと思いお殿様をよいしょしたら・・・「お為ごかしなぞ気持ち悪いわ!!」

と言われたよ。

うん!相性最悪・・・

そんな折に事件はやって来た。

島津との戦いが始まった。

場所は大口おおくち城(鹿児島県伊佐市)、相良家・菱刈家合同でこの城にて島津を待ち受ける。

同盟関係にある伊東家がこの城の支援の為に田原山に桶平おけひら城と言う砦を築いて3家で協力して島津に対抗する事となった。

攻めよせる島津軍の総大将は島津家久・・・

この戦いはもしかして・・・いや、もしかしなくても史実の丸目蔵人がやらかした戦いだろうと思う。

前世の道場の爺様曰く、島津家久が策を弄する。

丸目蔵人がその策に嵌り献策し、その策を実行したところ大敗してしまうらしい。

うん!要らんこと言わんとこ・・・

戦は相良・菱刈・伊東の連合軍有利に事が進む。

あ~もしかするとこの戦いじゃなかった?

そう思っていたけど、事態は動いた。


「蔵人様」

「長門守、何か知らせが来たようだな」

「はい・・・悪い知らせです・・・」

「よい、知らないことの方が悪い」


藤林の諜報網は優秀だよね~伊東家が桶平城を破城して退却したことを伝えて来た。

伊東左京大夫(義益)殿が岩崎稲荷神社に参拝に向う途中で急死した報告を受けていたが、それに伴い伊東家は軍を引いてしまった・・・

今回の知らせは破城の知らせで、伊東軍は城を燃やして退却して行ったそうだ。

まだ、敵味方共にこの情報を知っているのは俺達のみ、直ぐにこの情報を首脳陣に知らせることとした。


深水ふかみ頼金よりかね)殿」

「丸目四位殿何か御用か?」

「実は伊東家の事についてご報告が」


城の総大将の深水さんに急ぎ報告を上げると「それは誠ですか?」と言い驚かれた。

原因は伊東左京大夫(義益)殿の急死だろうと伝えると、これも驚いて「事実ですか?」と言って来る。

まぁ事実なのでそれらしく重々しく頷くと、急ぎ会議となった。


「おのれーー!!伊東の腰抜けどもめ!!」


皆が皆、伊東家を罵倒する。

まぁ何の知らせも無いままに退却したんだから当たり前だよね~

あ~やっぱりこの戦いが例の戦いなのねと思いながら事の成り行きを見守る。

その場では伊東家を罵る事しか無く会議はお開きとなった。


「蔵人様、島津が動いた様です」

「そうか・・・」


島津も伊東家の撤退を知った様で、動きがあると藤林の者が伝えて来た。

そうこうしていると、島津側の補給の荷駄隊の情報が入る。


「ここは打って出て荷駄を襲う事で相手の補給を断つことが肝要!!」

「いや、今は援軍を待ち城に籠るべきじゃ!!」


前者が内田さんのご意見、後者が深水さんのご意見で意見が二分された。

多分、史実だと内田さん側に俺は居たんだろうな~と遠い目になる。


「「丸目四位殿」」


お二人とも俺に何の御用でしょうか?

俺は意見する事を恐れだんまりを決め込んでいたが、官位持ちで有名になった兵法家だ、意見を求められた。

う~ん、この戦いって結局は城失うんだよね・・・被害出る前に伊東家宜しく撤退すると言うのありかな?


「この戦は負けですな」


皆が一瞬、ポカーンとしたよ・・・

「何を!!」「弱腰な!!」等々の俺を罵倒する声が多く聞こえる。

え~何か援軍待とうよ派の深水さんもこちらを訝しそうに見る。

あれぇ~?何か間違ったこと言った?

伊東は退却し、島津がチャンスと見て策を仕掛けて来た。

そして、その策に引っかかって・・・

会議は大荒れであるが、結局は内田さんの意見に賛同する者たちで荷駄隊襲撃戦が行われることとなった。

俺も何故かこの襲撃側に参加することになった。

見れば雨だ・・・雨の日に失敗するであろう作戦に参加するのか・・・やる気がぐんぐんと低下していきます。


★~~~~~~★


上手く行かぬ・・・

大口城を攻めるが今の所は落とせそうも無し。

先年もこの城を攻め立てたが敗れた。

そんな折、田原山の伊東の砦に変化があった。

何と驚いたことに自ら火を放ち破城したと言う。

伊東家に何かあったのかもしれぬ・・・しかしこれは我が島津家に天が味方したのじゃ!!

敵方に丸目殿が居ることで武運を得られぬと思うたが、丸目殿の神のご加護は兵法にのみあると言う者も居た。

確かに丸目殿が武将として活躍したとは聞かぬが、本当であろうか・・・


「これは天の助けじゃ!!」


議場でそう言うと頷く者も多い。

早速、策を用いて大口城の者を釣り出すこととした。

さて、策に掛かってくれることを祈るばかりじゃ。


〇~~~~~~〇


丸目蔵人の運命の戦が始まりました!!

この大口城は兵1,000を交代で入れ、赤池長任・等の数人の家臣を交番で守らせたそうで、この戦いの先年に赤池長任は菱刈勢と共に、大口城を攻めて来た島津勢を破っております。

島津義弘を窮地に追い込んだそうですから赤池長任、中々やりますね~

しかし、この現在進行中の戦いは守備側の相良・菱刈・伊東側に伊東家の撤退と言う問題が発生します。

伊東家の撤退理由は伊東義益の死去と言われています。

作中に書きましたが、岩崎稲荷神社に参籠中、病にかかって死去と言われたいますが急死だったようです。

この時代は衛生状態も悪いので急死が意外と多いのですが、タイミングが最悪でした。

城中全ての者が剃髪して菩提を弔うという異例の葬儀が行われたそうです。

しかし、この時の伊東家は父の義祐との二頭政治体制だったようですからもっと上手く立ち回れば違う歴史になっていたかもしれません。

島津家久は自らは雨の降る中を荷駄隊を装った兵300を率いて大口城の麓の道を通行し、誘い出されてきた大口城兵を伏兵の元へ誘い込んで首級136を討ち取ったそうです。

勿論、この誘い出された兵の中に丸目蔵人が混じっていました。

この時、城番であった深水頼金の諌めを無視して、丸目長恵・内田伝右衛門らが島津家久と交戦し大敗を喫したと伝えられています。

本来の歴史では丸目蔵人たちがやらかしたのが1569年5月の事で、伊東義益の急死により同年7月に伊東軍が撤退、相良勢は同年9月に大口城を開城と言う流れとなりますが、先に伊東が撤退した方がストーリー上良いと判断し、この物語では蝶々効果宜しくその部分が史実と違う流れとなっております。

次回は大口城の攻防の続きとなります!!

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