第289話

「丸目帯刀殿、その方の父は丸目二位蔵人殿であろう?」

「左様ですが?」


まただ・・・ちょくちょく彼が俺に絡んで来る。


「それならば己が父に学ばれればよかろう」

「はい、学んだ上で他の優れた方にも師事させて頂いております」

「まぁ確かに、父上は優れておるが・・・」


彼、新左衛門殿は納得の行かぬという顔をしておる。

以前にも言われた。


「丸目蔵人殿は確かに我が父に勝ったが、今、我が父と戦えば勝負は解るまい」

「そうですね、石舟斎殿も研鑽を積まれておらるでしょうし、勝負は時の運、勝負すれば

何方が勝たれるか解りませぬが、良い勝負となりましょう」

「ぐぬぬぬぬ~」


彼は何が気に入らないのか、こういうことが度々起こる。

父上にも石舟斎殿にも同じ様な事を言われた。

兵法と言うのは戦う術でもあるが道であり、極めようと知れば人の一生を費やしても叶えられぬものであると。

父上はある時面白き事を言われた。

言われた当初は何のことか解らなかった。


「平和な時代が来れば、剣術ではなく剣道と呼ぶかもな」


術と道の違いを問うと、父上は笑いながら言われた。


じゅつとはすべじゃ、剣を扱うすべで、必要に迫られて覚える物じゃ。どうは字の如くみちじゃ。」


俺は「みち?」と疑問をそのままに口にして聞き返す。


「そう、道は選べる。選んで進むのなら後悔も少なかろう」


確かにその通りじゃ。

そして、父上は言葉を続ける。


「俺が作った道をなぞるでもよいが、それでは面白くあるまい?俺に教えて欲しいというなら幾らでも教えようが、他の優れた先人も多くいるのじゃ、その人物たちに教えを請い、己が道の幅を持たせるのもまた一興」

「話が逸れておりませぬか?」

「それておらぬぞ・・・多分・・・」

「左様ですか?」

「まぁ良いではないか。遠き未来には剣の術ではなく剣の道を行くのも選択の一つになると思うぞ。その時に剣術で残るは優れた物であろう。俺の作る剣術がその時残るかどうかは後々の世で解る事と思うが、俺は残ると確信しておる」

「えらい自信ですね」

「まぁな、だが、他にも残るであろう素晴らしき剣術はある。それらを知り己の糧にする。我が師、上泉伊勢守も色々と学ばれて己が最上と思う物を編み上げた。お主も学ぶと良い、もしやすると師の作りし新陰流すら凌駕するような新しき流派をお主が作り上げるかもしれぬぞ?」


父上は最後に、「俺もまだまだ研鑽を積み、死ぬ時に最上と思う物を編み上げる」と言われた。

成程な、術ではなく道か。

父上と話したことをふと思い出された。


「新左衛門殿も我が父の剣術を学ばれてみては?」

「要らぬ!!」

「そうなのですか?」

「そうじゃ、柳生新陰流こそが新陰流の正当後継にして最高の剣術じゃ」

「そうですか」

「何じゃ?それで帯刀殿も我が父を態々訪ねて師事しておるのであろう?」


根本的な考えの違いが何となく解った。

父上や俺は流派に拘りがない。

最終的に己が研鑽で新しき物を産み出す事こそを目指している。

それに対し新左衛門殿は石舟斎殿の教えこそが最上としてそれ以外を学んでおられぬ。

俺は父上の話を聞き、先ずはと思い石舟斎殿に師事し、他にも吉岡殿や、小野殿、天寧寺の善吉殿や槍術ではあるが胤栄に、父上の紹介で佐々木殿、他にも雲林院殿や上泉伊勢守殿等々の多くの方に教えを乞うている。


「某は若輩者にて今は多くの方に師事をしております」

「そのような浮気性では剣先も定まらないのではないか?」

「いえ、多くの事を知り深く感銘を受けております」

「ふん!新陰流こそ最上なのにご苦労な事よ」

「父からも多くを学ぶことを推奨されて御座る」

「丸目蔵人殿もまだまだ己を定めて居られぬ未熟者なのじゃな」


我が事で在れば我慢できるが、関係ない父の名を出し、落とすとは・・・


「新左衛門!そこまでじゃ!!」

「父上・・・」

「蔵人殿は素晴らしき兵法者じゃ」

「しかし、昔、戦で失敗し逼塞ひっそくされた身と聞き及んでおります。

それに、ご本人が自身が武将としては」

「だまらっしゃい!!」


日頃温厚な石舟斎殿が怒りの形相で新左衛門殿を見据えられた。


「確かに結果は武将として残念なことになったが、今の蔵人殿は朝廷で地位を築き、関白様や諸将すら一目置く方ぞ?」

「それは・・・」

「武将としての評価もご本人が早々に見切りを付けられただけで、一度の失敗で決まる事ではない」


石舟斎殿はそう言われるが、父上曰く、武将としての芽は無かったと言われたいたが・・・


「何方にしても、既に大を成した人物をお主風情が落として良い事ではない!!」

「・・・」

「先ずは詫びよ」


石舟斎殿が父上を評価してくださったことで溜飲は下がった。

促されて渋々というように、新左衛門殿は謝罪の言葉を口にした。


「父上申し訳御座いませぬ」


俺にではなく石舟斎殿に向って謝罪の言葉を口にしたが、どうやら俺に対して謝りの言葉を述べたくないのであろうが、ここでそれは悪手だと思うぞ。

案の定、石舟斎殿はキッと己が息子を睨み、「謝る相手が違うであろう?」と言われ、渋々といった感じで俺に謝罪して、逃げるように立ち去られた。


「帯刀殿すまんの~」

「いえ、父が武将としては今一だったことは事実です。しかし、こと剣においては日ノ本で右に出る物は無いと思っております」

「わははははは~確かに儂もしてやれたし、伊勢守様も蔵人殿を自分でも敵わぬと言われておられった」

「伊勢守殿が?」


正直驚いた。

父以上の者が居るとすれば、剣聖・上泉伊勢守殿をもって他に居ないと思ったのだが、その伊勢守殿本人がそう言われるとは・・・


「蔵人殿が日ノ本に戻られたら改めて今の帯刀殿の全力で立合ってみるとよかろう。あの方の凄さが改めて解ろう。新左衛門殿にも・・・あ奴は頑固で偏屈じゃし、敵わぬと思ったら立合いなぞせず言い訳をして逃げそうじゃがな。立合って高みを知れば更に高みに上れようがな・・・」


考えてみれば俺も彼と立合ったことはない。

年も近いから立合いってもおかしくはないのだが、機会が無かったと今更ながらに気が付いた。


★~~~~~~★


「ビャクション!!」

「長様・・・豪快なくしゃみですね?」

「おう、誰かが噂しているのであろう」

「まぁ長様は話題に絶えないお方ですから・・・」

「そうか?」

「此方に来てからも多くの方から噂されているようですよ」


遠く欧州でくしゃみをする蔵人のくしゃみの原因は遠き故郷での事だったかは定かではない。


〇~~~~~~〇


蔵人と帯刀(羽長)の過去の語らいですが、親父としてカッコいい事を言おうとして、話と少し違う事を言い、少し支離滅裂になった感じで書いたつもりですが、そんな感じ出てたかな?と思いつつ書きました!!

さて、「道」という話題が出たのでアントニオさんの「この道は~」を盛りこもうかとも思いましたが、止めました。

さて、今回の話も多くの伏線を盛り込みました。

今後、新左衛門さんは主人公たちの敵対者の一人として大活躍して貰う予定としております。

他にも黒官に千さん、等々の主人公側の敵対者的な立ち位置になりそうな人物たちがいますので、主人公が戻って来てからは少し闘争があるかも?

一応、今話で息子編は一旦しめ、他の人物たちの話に移る予定です。

羽長の師事している人物たちに多くの名が出て来ました。

これ以降登場するか不明なので、伏線では無い方を数人取り上げましょう!!

天寧寺の善吉は天真正自顕流てんしんしょうじけんりゅうの使い手で、寺坂政雅という人物が僧籍になり善吉と号しました。

天真正自顕流は薩摩で東郷重位が開いた示現流の源流派と言われる流派で、東郷重位が師事した人物が天寧寺の善吉と云われています。

東郷重位は天真正自顕流にタイ捨流の技術を組み合わせて示現流を興したと言われています。

もう一人、雲林院とは雲林院松軒という人物で、新当流開祖・塚原卜伝の高弟と云われる人物です。

天真正伝香取神道流てんしんしょうでんかとりしんとうりゅうという流派があります。

室町時代中期に飯篠いいざさ家直いえなおという人物が創始した流派なのですが、この流派は兵法三大源流の一つとまで云われる程の流派で、剣聖・塚原卜伝が鹿島新當流を興す際に基本とした流派の一つと言われています。

卜伝は諸岡一羽、斎藤伝鬼房、真壁氏幹、足利義輝、北畠具教、等々の多くの門人を育てたのですが、天真正伝香取神道流の極意皆伝書を卜伝が唯一発行して渡した人物が雲林院松軒だと云われています。

ある資料で、柳生宗矩が卜伝流儀の兵法者として5人の人物の名を挙げたと云われています。

その中の一人が雲林院松軒だったと云われます。

実はこの人物、織田信長の三男・信孝の兵法指南役として仕官してたり、本能寺の変の際に安土城の留守居役に名を連ねていたり、大友義統(大友宗麟の息子)や織田信孝が彼宛に「天罰起請文てんばつきしょうもん」を発行したりしている中々面白い人物なのです。

「天罰起請文」というのは、約束を違えたら天罰を受けても構わない、約束は必ず守ると誓うもので、起請文の中でも強烈な部類に属する契約書です。



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