第428話 皆は耳着ける?

 ディスティニーランドにカップルや家族で行った場合、男にはまず最初の壁が立ちはだかる。


 すなわち、耳つけるかつけないか問題である。


 ディスティニーランドでは、ありとあらゆる場所で耳、というか耳のついたカチューシャが売られている。


 昨今ではカチューシャだけではなく、帽子なども売られているようだが、ディスティニーランドといえば耳! という感覚はあながち間違っていないと思う。


 そんな耳こそ命、耳無き者に人権なしなディスティニーランドなわけだが、ここで一つ問題がある。


 すなわち、男が着けるかどうかだ。


 女子や子供たちが耳を着けている姿は、可愛いしほっこりする。写真を撮った時も、ディスティニーランドの背景と相まって思い出補正はドドンのドンである。


 しかし俺は成人男性だ。可愛さなんて欠片もない、あるのは社会に対する不満と疲労だけだ。


 そんな男が可愛らしい動物たちの耳なんて着けたらどうなるかなんて、火を見るよりも明らか。高級料理を紙皿に並べたくらいのわびしさと物悲しさが襲い掛かってくるだろう。


 最近、ただでさえ仕事のせいでくたびれ感が強くなっているからな‥‥。


 しかし、しかしだ諸君。


 このディスティニーランドにおいて、そんなためらいは無用。むしろ楽しみたい女性陣から顰蹙ひんしゅくを買う危険性さえある。


 デートでディスティニーランドに来たら、耳を着ける。


 もはやそれは必然。当然のことわり


 むしろ「え、何着けようか?」とサラッと言えてしまうくらいのリード感が欲しいほどだ。


 魔法の国に来たのなら、魔法にかからなければいけない。


 それがマナーってもんだろ。


 ――と、調子に乗って店に来たわけだが。


「私はお気にを持ってきているので、皆の一緒に選びますね!」


 まず陽向がそう言って、ノワとリーシャ、シャーラ、そしてしぶっていたメヴィアを連れて行った。


 真の陽キャはお気にを持っているのか‥‥。まあ行く度に買ってったら、家中耳だらけになっちゃうもんな。メイド喫茶のメイドでも一つあれば十分だろ。


 カナミはこういうショップが大好きなので、一人でふらふらと消えてしまった。皆が買い終わる頃には、ほくほくした顔で戻ってくるだろう。マジでよく分からない物を買ってきちゃうから、せめて帰り際まで我慢してくれるといいんだが。


 さて、問題はそこではないのだ。


 後に残された俺と月子、エリスで一緒に耳を選んだ。


 比較的早く月子とエリスの耳は決まった。月子はヒロインねずみのリボン付き耳で、エリスは白いふわふわな猫の耳だ。


「――どう?」


「ど、どうかしら?」


 危ないところだった。耳を着けた二人の姿の破壊力は抜群で、リアルに鼻血を噴き出すかと思った。ユリアスと戦う前だったらヤバかったな。


 二人ともクール系で可愛いより奇麗な感じだから、こういう耳を着けた時のギャップが凄い。周囲に大きな声で、「この二人、俺の奥さんなんですよ!」と自慢したくなる。


 そんなことしたらネットで炎上するから言わんけども。勇者だって炎上は怖い。


 そういうわけで、二人の耳は簡単に決まった。


 大変だったのはそこからだ。


「勇輔にはこれが似合うと思う」


「そうね、それもとてもいいと思うわ。でも、私はこちらも捨てがたいと思うの」


 月子が持っているのは、このディスティニーランドの顔とも言えるネズミの耳。小さな帽子がオシャンティー。


 そしてエリスが持っているのは、小さなクマのぬいぐるみがくっついているカチューシャだ。もはや耳じゃないじゃんこれ。こんな可愛いマスコット頭に乗っけてたら、魔法少女になっちゃう。


「やっぱり勇輔に似合うのは王道だと思うわ」


「ええ。だからこそたまにはこういう可愛らしいものに振り切ってもいいんじゃないかしら?」


「‥‥」


「‥‥」


 何君たち、にらめっこでもしてんの? だったらもう少し笑える顔をしないと、泣くぞ。俺が。


 月子もエリスも芯が強いというか頑固というか。こうなると次にくる未来は見えている。


「勇輔はどう思う?」


「ユースケはどう思う?」


 ほら来たぁ。


 もう二人のバトルの結果を俺に丸投げしてくるのはやめてくれ。死ぬ。


 ぶっちゃけ、どっちでもいい。だってどっち着けても似合わないのは目に見えている。


 ねずみみメイドになるか、魔法少女になるかの違いだけだ。


 しかもどっちを選んでも禍根かこんを残すという最悪のパターン。


 こういう時はどうするべきか、俺も学んできている。


「こういうのは、プロに任せるのが間違いないだろ」


「プロ?」


「そんな人がいるの?」


「ああ」


 俺は二人の視線を受けながら、横を向いて彼女の名を呼んだ。




「陽向、陽向ーー!」




 助けてひなえもん!

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前職、勇者やってました。ー王女にも彼女にも振られた元勇者、魔族と戦ってほしいと聖女に請われる。仕方ない、文系大学生の力を見せてやる。ー 秋道通 @akimiti

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