第197話 すれ違ってきた二人

 文化祭の喧騒が遠くから聞こえる。文化祭といっても、大学の構内全てが使われるわけじゃない。店が集中するのは、人通りの多い場所だけだ。


 そうなると、店のない場所は普段以上に人気がなかった。


 二人分の足音だけが聞こえる。


 言わなきゃいけないことがある。俺は自分が隠していたことを打ち明けると決めたんだ。けれど、どう切り出せばいいのか、適切な言葉が頭に浮かばない。


 実は俺、異世界転生してたんだ。


 白銀っているだろ、あれ、俺なんだ。


 前職、勇者やってました。


 駄目だな。どれも美しささえ感じるほどに不自然だ。いや、どんな話し方をしたところで、内容的に突飛になるのは仕方ないんだけど。


 そんなことを考えながら下を向いていると、月子が先に口を開いた。


「今日は、聞いてほしいことがあって来てもらったの」

「そう、だよな」


 冷静に答えながら、心臓がバクバクと暴れる。脳裏を過るのは、エリスや月子との別れ。


 手に汗がじっとりとにじむ。もう振り切ったと思っていたのに、身体は強張こわばってしまう。


 俺たちは話しやすいように、途中のベンチに座った。日差しも随分柔らかくなり、こうして座っているだけなら気持ちの良い気候だった。


 月子は前を向いたまま、ゆっくりと話し始めた。


「前に、私から別れを切り出したわ」

「ああ」


 胸を抉られるような一言だった。取りつく島もなく、彼女は俺の前から去った。


 そんな月子が、俺の横で話し続けた。


「ごめんなさい。私はあの時何も言わなかった。何も言わないことが正解だって信じていた。けれど、それでは駄目だってことに、ようやく気付いたの」


 何が、言いたいんだ?


「私は、対魔官であることを隠してあなたと付き合っていた。自分が普通じゃないことを知られるのが、怖かった」

「‥‥」


 俺は思わず月子の横顔をまじまじと見ていた。怖い、なんて言葉が月子の口から出たことが信じられなかった。


 君はいつも凛として、強かったはずだ。


 月子は見られていることには気付いていても、こちらを向かなかった。


「同じくらい、怖いことがあったわ。私のせいであなたが傷ついてしまうのではないかって。今まで辛い思いをしてきたあなたに、これ以上重荷を背負わせたくなかった」

「それは違うぞ。俺は重荷だなんて思ったことはない」


 付き合っている時も、こうして話を聞いてる今も。月子を重荷だなんて思ったことはない。逆だ、生きる意味を見失っていた俺に、活力をくれた。


 しかし月子は顔を隠すようにしてうつむくばかりだった。


「違う、違うの。結局私は、人の気持ちが分からないから、誰も彼も傷付けてしまう。ごめんなさい、あの時別れた原因は、全部私よ。あなたは何も悪くない、ごめんなさい」

「なんで」


 なんで今そんなことを言うんだ?


 それを聞いて、俺はどうしたらいい。


 いや、言いたいことは分かる。月子は、あの別れは俺のせいではなく、自分のせいだって言いたいんだろ。


 それを聞いたところで、結果は変わらない。答えは既に出ていて、お互いに違う道を歩んでいる。今更そんな話を蒸し返したところで、意味ないだろ。


 そこまで考えて、気付いた。


「‥‥」


 月子の肩が小さく震えていた。

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