第198話 鳥籠

 待て、違うだろ勇輔。何度同じ過ちを繰り返すつもりだ。


 いつもいつもそうだ。言葉の上っ面だけで判断して、感情的になって、その裏にある想いを考えられなかった。エリスの時も、月子の時も、俺があの時歩み寄れていたら、結果は違ったかもしれない。


 俺たちはいつだって素直になんてなれない。己の全てをさらけ出すことは、弱点を差し出すことと同義だ。


 知っているだろ、伊澄月子のことを。


 芯があって、強くて、不器用で、優しい彼女を。


 月子は怖かったと言った。その言葉の意味はなんだ? 彼女ほどの人間が俺なんかにそれを打ち明ける意味を考えろ。


 俺はベンチから立ち上がると、月子の正面に回って膝をついた。


「月子、顔を上げてくれ」

「‥‥」


 月子の目だけが俺の方を向く。不安そうに揺れる彼女の目は、小さな女の子のようだった。 


 いや、そうだ。月子は女の子なんだ。


 当たり前の青春よりも、命懸けの仕事が優先されてきたせいで、いびつに育ってしまったのかもしれない。


 それでも普通の女の子だ。人との関わり方に悩んで、間違えて、言葉に一喜一憂する。


 俺は月子の優しさに甘えていた。


 彼女は俺の傷跡に気付き、自分が隠していることに罪悪感を感じ、ずっと悩み続けていた。ずっと俺のことを考えてくれていた。


 そんな中、俺はただ楽しい生活に満足するばかりで、月子を見ていなかった。


 本気で彼女を見ていれば、気付けたはずだ。


 一番近くにいたのだから、こんなに分かりやすい彼女の変化に、気付かないはずがない。


「俺の方こそ、ごめん。いっつも心配ばっかりかけたよな」

「私が何も言わなかったから」

「それはお互い様だ。俺も何も言えなかった。諦めたんだ」


 それじゃ、駄目だったんだ。本気だったら、執着するべきだった。


 みっともなくても、拒絶されても。君が大切だと、言葉と行動で伝えなきゃいけなかったんだ。


 想いが伝われば、隠し事があったとしても、つながっていられたかもしれない。


 今更、そんな仮定に意味はないかもしれなけれど。


「俺は、全部聞きたい。君が思っていること、考えていることを。月子が原因で傷ついたり、重圧を感じたりすることはあるのかもしれない。けど、それが嫌だとは思わない」


 俺ははっきりと自分の想いを口にした。


 それが彼女の望んだ答えかは分からない。それでも月子は顔を上げ、言葉を選びながら話し始めた。


「私が対魔官であることは知っているでしょう。元々、伊澄という家は魔術の家系なの。それも古くから続く血筋よ。私はそこに生まれた」


 なんとなく予想はしていたが、地球の魔術は血統によって支えられているらしい。血を継いでいれば、魂の形は似通る。育て方、環境が同じであればなおさらだ。


 そうして同じ魔術を継承するのは、アステリスでもよくある話だった。


「私は魔術師としての才能があった。自分ではよく分からないけれど、物心ついたころから周りの大人にそう言われて育ってきたわ。そうやって、両親からも離れて、祖父から魔術の訓練を受けてきた」


 ぽつぽつと、雨粒のように言葉が落ちて小さく弾ける。


「昔は友達ができたことがないわ。何を話せばいいか分からなかったもの。同じ魔術師の子どもたちも、伊澄の意味に気付いたら、皆離れていった。伊澄家は対魔官の中枢や政治にも深く入り込んでいる。私はそういう家の、後継ぎなのよ。どうにかしたいって思っても、どうにもならない。私と関わるっていうことは、伊澄と関りを持つということなの」


 最後は自嘲するように、月子は言った。


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