第23話 対策
それを始まりに、乾いた音と風を切る音が連続し、蜥蜴人の身体に瞬く間に穴が開き始める。
フレイムの頬を何かが切り裂き、人と同じ赤い血が散った。
「‥‥そうか、他の連中の姿が見えないと思ったら。確か、銃というものだったか」
フレイムは盾を構える蜥蜴人の背に隠れながら、自分を攻撃してきている武器の正体を看破した。
アステリスにはない、火薬の力で鉛球を飛ばす武器。魔術がないからこそ、遠距離から正確に命を奪うことに特化したものだ。
フレイムもこの地球に来てから、何度か使われたことがある。
「‥‥」
フレイムは目を細めた。記憶が正しければ、銃という武器は一般人を殺すには優秀であるが、威力に欠ける。『赤の従僕』は勿論、フレイムが反射的に張る火の結界すら突破することは出来なかったはずだ。
しかし、今放たれている銃弾は確実に蜥蜴人の身体を吹き飛ばしている。
間違いなく魔術による強化を受けたものだ。
「手を止めない! 撃って撃って撃ちまくるのよ!!」
発砲音に紛れ、そんな女の声が聞こえてきた。
フレイムの義眼が声の主を探すように、蠢き、夜の向こう側にその正体を見つける。
黒髪を一つ結びにした、鋭い目つきの女だ。
どうやら姿を晦ます類の魔術によって身を隠していたらしく、女を筆頭に十数人の人間が銃と盾を構えてフレイムへと発砲を続けていた。
指揮を執っている女性、加賀見綾香はフレイムがこちらに気付いたことを悟り、もはや姿を隠す必要はないとばかりに声を上げる。
「ほらあんたたち! ここが正念場よ! 魔力空になるまで出し切りなさい! 枯れたら後で私が奥さんには謝ってあげるから!」
もはや怒声なのか応援なのかも分からないことを叫ぶ綾香に、銃を構えた対魔特戦の男たちが苦い表情をした。
「加賀見! まだ結婚してない俺たちはどうすんだ!」
「エロに使う時間と金が浮いて有意義じゃない!」
「ふざけんな!」
「そうだぞ馬鹿! 結婚してても枯れたら捨てられるんだからな!」
「愛とテクニックでなんとかしなさいよ、それでもプロ!?」
「こいつ鬼かよ!」
「人をなんのプロだと思ってんだ!」
「姫さんと扱いが違うって嘆いてるけど、そういうところだからなお前!」
「うっさいわねえ! 尻の穴から銃弾ぶち込むわよ馬鹿ども!」
叫び合いながら、全員フレイムから視線を外すことなく、魔術を滑らかに行使して銃を撃ち続ける。
その様子を、間一髪のところで救出された月子はなんとも言えない表情で見ていた。
「やってることは凄いのに‥‥会話が酷い」
月子の言う通りなのだが、酷い会話を大声で続ける魔術師たちには届かない。
彼らが持っているのは、所謂ボルトアクションのライフルだ。現代の武装としては明らかに時代遅れの代物だが、当然魔術師である彼らが持つ以上、ただのライフルではない。
そもそもボルトアクションのライフルとは、方式は数あれど、基本的にボルトハンドルを引くことによって弾薬を薬室に装填するライフルを指す。一発一発ボルトアクションを必要とするため、連射性は当然低いが、構造が単純であり、高い狙撃性を有するのが特徴だ。
この場合重要なのは、構造が単純である点だ。金雷槍のような特殊な魔道具を除き、魔道具は複雑な機構と相性が悪い。魔力の操作は人がやらねばならない一方で、複雑な機構は人の手から離れることを目的としているのだから、当然だ。
だからこそ、このボルトアクションのライフルは魔道具に適している。
日本が誇る魔道具メーカー、豊天社製の『五輪式魔道銃』。
銃に仕込まれた魔術回路に魔力を流すことで銃弾に五大元素の力を宿す兵装だ。しかも今回はそれだけではない。
「わざわざクッソ高い蒼龍弾まで持ち出してんのよ! ここで必ず仕留めるんだから!」
綾香はやけくそ気味に叫びながら、射撃を行った。
『
当然、製作コストはそれに見合ったものだ。
「‥‥総額いくらになるんだ、これ」
「考えん方がいいぞ。指が鈍る」
「半ば無理矢理持ち出したって聞いてるんですけど」
「始末書くらいで済むんですか、ね!」
男たちは手を止めることなくフレイムに銃弾を叩き込みながら、そんな会話を交わす。自分で作ったものではないとはいえ、魔術師なら今湯水の如く消費している弾丸がどれ程の費用と手間が掛かっているのか分かってしまうのだ。
前回の『雨格子ノ結界』を破られた結果、札束で顔面を殴る作戦に切り替えたわけだが、資本主義社会において、それはまさしく諸刃の剣だった。
同僚たちの情けない悲鳴に、綾香が一喝した。
「男がみみっちい話すんな! お金で解決出来る問題はお金で解決するのよ!」
「言っとくけど、それそういう意味じゃねーからな!」
「結果的には似たようなもんでしょ!」
叫びながら、綾香はフレイムを睨み付けた。
その姿は炎の蜥蜴人のせいで窺い知れないが、致命傷を負っているとは思えない。
金で解決出来るならとは言ったものの、金で解決出来る程フレイムは簡単な相手ではないということを、綾香は実感していた。
それを証明するように、蜥蜴人が一際巨大な咆哮を上げた。
「来るぞ!」
「こえぇぇええええええ!!」
「まだ距離はあるわ! 臆せず撃ちなさい!」
蜥蜴人は左手の盾を構え、弾幕の圧を物ともせずに突っ込んでくる。
その身体は確かに弾丸によって抉られているというのに、少しも勢いを落すことはない。
だが綾香は一気に距離を詰めて来る蜥蜴人ではなく、その奥にいるはずのフレイムを見透かそうとしていた。本気になったフレイムが、ただ安直に蜥蜴人を突っ込ませるだけのはずがない。
そして、それは来た。
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