第277話 勇者の呪い
勇者とは、女神によって選定される神魔大戦の将。
絶対に取られてはいけない、最強の駒。将棋で言えば玉将のようなものである。
しかし選定されたからといって、その人間に何か変化があるわけでもない。事実、アステリスに呼ばれた俺はチート無双することもなく、初めは騎士団の見習いにボコボコにされたし、ゴブリン相手にはちびって逃げた。
『我が真銘』が勇者の加護かと思いきやそういうわけでもなく、歴代の勇者たちはみんな別の魔術を使っていたようだ。
俺としては各国フリーパス、暗殺付きくらいの気持ちでいたのだが、
「勇者に、呪い? そんな話聞いたことないぞ」
「そりゃそうだ。俺たちが勝手にそう呼んでるだけだからな」
「俺たちって」
「初めにそれに気づいたのはエリスだ。お前にバレないように、俺やメヴィア、シャーラがひそかに調べてたんだよ」
なんだよそれ。
そんなこと一言も聞かされなかったぞ。だいたい、勇者については俺も昔自分で調べたことがある。その文献にだって、呪いのことなんて一言も書かれていなかった。
可能性があるとすれば、
「魔王を殺したからか?」
しかしユリアスが死の間際に呪いを残すようなことをするとは考えにくい。そんな男ではなかった。
予想通りコウは首を横に振った。
「違うな。魔王、というより魔族は関係ない」
「だったらなんだよ」
「そもそもお前は勇者についてどれくらい知ってるんだ?」
いや、一応元勇者だぞ。大体のことは知っている。
「神魔大戦の際に女神から選ばれる英雄だろ。魔王か勇者、どちらかが倒れることが神魔大戦の決着となる。勇者の選定理由は分かっていないが、歴代のどの勇者も、類まれな魔術の才を持っていた」
俺の答えに、コウは頷いた。
「そうだな。問題はそこだ、歴代の勇者、誰も彼も強かった」
「俺が言うのもなんだけど、そりゃそうだろ」
そもそもそういう人間が選ばれているんだから。
「そうだな、それで当たり前だ。俺たちも、アステリスに住む人族も、皆それが当然だと思っていた。だから、疑いもしなかった。だが、それが全てじゃないんだよ」
「どういうことだ?」
「単純な話だ。勇者は選ばれた瞬間から、ある魔術の加護を受け、強くなる。俺たちはその魔術に名を付けた。全ての人族を影響下に置き、神魔大戦の根幹をなす神の術式――」
コウは目を細め、その名を口にした。
「『
「魔術の、加護だと?」
そんなはずはない。勇者は基本的に称号だ。リーシャの『鍵』と同じように神魔大戦における勝敗を決める役割を持つが、そこに加護があるなんて聞いたことがない。
「じゃあ何か、俺の力は全部その魔術によるものってことか?」
「全部じゃない。さっきお前と打ち合って確信したが、お前はもう『
「俺が、強化って、ちょっと待ってくれ」
そう言われても、いまいちピンと来ない。
コウはそんな俺に、どこから説明したものかと言葉を選びながら、言葉を続けた。
「この話は正直推測も多い。誰も、メヴィアでさえ『
「メヴィアまで‥‥。それじゃあ、結局、その強化ってのはなんなんだよ」
コウはその問いに、カナミやリーシャを見てから、俺の方を向いた。
「勇者に対する人々の希望や信頼。そういった正の感情が、勇者には力として累積される。それが、俺たちの推測した『
「そんな馬鹿な!」
そう言って立ち上がったのは、俺ではなくカナミだった。全員の視線が彼女を向く。
「どうしたよ」
「そんな、そんな魔術あり得るはずがありませんわ。私たち人族全ての感情を巻き込んだ魔術なんて、規模が桁違いすぎます。何より、誰もそれに気付かないはずがありません」
「ああ、だから
コウはこともなげにそう答えた。
カナミが教会関係者であるリーシャの方を向くと、リーシャは首をふるふると横に振る。メヴィアが知らなかったんだ。彼女が知っているはずがない。
「別に不思議な話でもないだろ。神魔大戦自体、世界規模の魔術みたいなもんだ。勇者や魔王の称号にそういった力があっても不思議じゃない」
「そ、それは確かにそうかもしれませんが」
「何より」
コウはそこで再び俺を見た。
「俺たちは『
「え、何の話?」
当の本人がまったく気づいていなかったのに、コウやエリスは気付いていたのか。
思わずシャーラの方を向くと、彼女はためらいがちに頷いた。
「‥‥確かに、大戦末期のユースケはおかしかった」
「おかしかったって‥‥別に普通だろ」
「おかしかったぞ。あの時のお前の戦闘力は、
「そんなこと‥‥ない、はず」
待て待て、思い出せ。確かに大戦末期の方は、相当調子が良かった。何もかもが自分のイメージ通りに動く感覚があった。
けれどそれは最後の戦いに向けて集中力が高まっているのだと思っていた。魔術は感情の励起によって強化されるから、そういうこともあるのだと。
「いくら調子よくても、
そういえば、そんなこともあった。できると思って、やってみたらできたという思い出しかない。
「それはほら、調子よくてアルティメット勇輔だったから」
「この仮説なら、納得ができるんだよ。何せ当時のお前は、世界的に誰もが認める勇者だった。呼ばれた時のことを俺はよく知らねーが、少なくとも人々からの信頼は、別物だったはずだ」
「あ、ああ‥‥」
冗談を軽く流され、コウの言葉を噛み締める。
思わず自分の手のひらを見つめ、思い出す。この世界に来た時は、勇者としての知名度は一切なかった。魔族に気取られぬよう、国も教会もその存在を隠していたのだ。
そこから鍛え、戦い、数年で魔族を、魔将をも倒せるようになった。
その果てに、魔王の前に立つに至った。
あれが、魔術の効果だったのか。
「でも、だったら、どうしてそれが呪いになるんだ? 俺が勇者として強くなるってだけなんだろ」
「いや、影響は強くなるだけじゃない。さっきは分かりやすく言ったが、その本質は別だ。『
「それの何が違うんだよ」
俺が問うと、横で大きく身体を震わせる存在がいた。
それは今までずっと黙って話を聞いていた月子だった。彼女は自分が話に入っていいのかどうか迷いながら、こらえきれなくなったように口を開いた。
「待って。コウさんはさっき正の感情と言ったわよね。もしそれが、もし――負の感情だったとしたら?」
その言葉に、時が止まった。
負の感情。つまり、敵意や、恐怖か。
誰も何も言わず、痛い沈黙が突き刺さる。リーシャが不安そうに俺の手を握った。
コウが、ため息と共に言葉を吐き出した。
「分からねえ。俺にも、エリスにも分からなかった。ただ間違いないのは、魔王という
コウの言葉は、そのまま続いた。
「そして、『
「‥‥」
俺は何も言えなかった。
最終局面、俺は確かに魔王を倒すことだけを考えていた。
それが当然だと思っていたし、少しも不思議には思わなかった。何故なら俺は勇者だったのだから。
起きてから、あるいは眠っている時にさえユリアスのことだけを考えていた。
どう斬ればいいのか。どうすれば殺せるのか。
そこには自分が生きて帰るなんて発想はなかった。刺し違えてでも魔王を殺すと、本気でそう思っていた。
あれが勇者という強大な力の副作用なのだとしたら、確かにそれは呪いだ。
うつむく俺に、更なる言葉が掛けられる。
「どうにもならないと悟ったエリスは賭けに出た。神魔大戦が終われば、『
コウが言う。あの時の答えを。何故エリスがあそこまでして俺を帰そうとしたのかを。
ここまで聞けば、もう分かるというのに。俺はただ黙って聞いていた。
エリスが感じたであろう、絶望と共に。
「希望、恐怖、期待、失望。このままいけば、人々の感情に、
コウは吐き捨てるようにそう言った。
物語の結末なんて単純だ。敵を倒して、それで幸せに終わればいい。
けれど現実はそうはいかない。その先もずっと、俺たちの人生は続くのだ。
「だから」
結局、真実なんて簡単な話だった。
エリスは、ずっと。
「ユースケ、エリスはお前が人間として生きる道を選んだ。二人の幸福、王族としての誇り、国の未来。その全部を捨てて、お前を勇者の呪いから
――俺の知る君のままじゃないか。
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