第276話 エリス・フィルン・セントライズ

     ◇   ◇   ◇




「あー! やっぱこっちの酒は格別だな!」


 俺たちはそそくさと家へ帰ってきた。あの後山の後始末というか、整地に対魔官の人たちが来る予定だったのだが、聖域を張ってあったにも関わらず、山の形が変わってしまったので、怒られる前に退散したのだ。


 どちらにせよ後で加賀見さんに怒られるんだけど、俺はできるだけ先延ばしにしたいタイプです。


 そしてコウから話を聞こうと全員でリビングに集まったのだが、当の本人はこの有様である。


 本当に話す気あるのか、こいつ。


「お前、約束忘れてないだろうな」

「当たり前だろ。ただ勝つ予定だったから、話をまとめてきてねーんだよ。今整理してるところだ」

「ならとりあえずビール置けよ」


 余計とっ散らかるだろ。


 俺が呆れた顔でコウを見ていると、隣に座っていたシャーラが口を開いた。


「コウ」

「なんだよ」

「本当に、話してもいいの?」


 彼女にしては珍しく、物々しい口調だった。


 やっぱりシャーラも知っている側だ。となると、俺だけが当時け者にされていたのか。


 思い返してみればコウもシャーラもメヴィアも、俺を強く引き留めることはしなかった。あの時はエリスのショックで深く捉えていなかったが、事前にエリスから手が回されていたとすれば、納得がいく。


 コウは酒を手にしたまましばらく黙り、答えた。


「別にいいだろ。俺もお前も、エリスへの義理はあの時果たした。もうとやかく言われる筋合いはねーよ」

「‥‥」

「それに状況も変わってる。こいつにとっても、知っておくべきことだろ」

「‥‥分かった。私もそれでいい」


 シャーラはそう言うと、深く腰掛けた。


 もう口を挟むつもりはないということだろう。


 リーシャや月子、カナミも真剣な顔で座っている。


 コウは酒を机に置き、俺の目を見た。


「まずは先に謝っておく。俺たちはエリスの指示で、芝居を打ってお前を地球に帰した。それに関しては、すまなかった。だが、それにも理由があったんだ。何か分かるか?」

「‥‥」


 突然問われ、俺は考えた。あるいは、地球に戻ってきてから頭の片隅でずっと考えていたことかもしれない。


「俺がアステリスに残っても、新しい戦いの火種になると思ったから‥‥か」


 結局のところ、答えはそれしか見つからなかった。


 自慢じゃないが、勇者の戦力は国家規模で考えても大きい。影響力に関しては、それこそ世界的に見てもトップクラスだろう。


 そんな俺の存在が新たな戦いの引き金になる可能性は、十分にある。


 優しいエリスのことだ。戦いが起こることも、その原因が俺にあることも、許せなかったというのは十分に考えられる。


「そうだな、三〇点ってところだ」

「──思ったより低いな。わりといい線いってると思ったんだけど」

「そういう面も間違いなくあったぜ。ただよく考えろ、エリスだぜ?」


 だからなんだよ。悪いけど、お前よりはエリスに詳しいぞ。


 そんな俺の表情を見て、コウはため息をいた。


「これだから恋に盲目な奴はダメなんだよ。エリスがお前に見せてた顔は、お前に対してだけのものだろうが。他の国から見たあいつがどんな女なのか、お前はまったく分かってない」

「いや、誰から見ても同じだろ」


 セントライズ王国の中じゃ、屈指の人気を誇ってたんだぞ。


「全然ちげーよ。あいつは魔術師としての腕も一流だったが、外交に関してはそれどころじゃない。化け物級だ。勇者っつー最強のカードを持っていたのもあるが、どの国もエリスに一度はしてやられてる」


 え、そうなの?


 そう思ってカナミの方を向くと、彼女はなんとも言えない表情で目を逸らした。


 確かにいろいろやってたのは知ってるけど、そんなにか?


「まず知識量が桁外れだ。その上世界各国を回って情報を集め、さまざまなところで恩も売っている英雄。あいつがいたから俺たちの旅は魔王討伐にだけ集中できたんだ。そうでなきゃ、各国からの横槍でそれどころじゃなかっただろうからな」

「そ、そんなにか」


 勇者は魔王を倒すためにいるんだから、それが当たり前だと思っていたけど、そのためにエリスが影で奮闘してくれていたのか。


 確かに他の国に入った時は、しばらく顔も見られないくらい忙しそうにはしていたけど。王族は大変だなーくらいにしか思っていなかった。


「あいつが戦争程度のことでお前を手放すかよ。その程度の障害、自分でどうとでもできるんだからな」

「‥‥それはまあ、確かに」


 そう、そこなんだ。


 エリスはちょっとやそっとのことじゃ折れない。自分が実現すると決めたことは、基本的にどんな手を使ってでも実現する。


 だからそんな彼女が俺を送還するということを決めた事実に、心折れたのだ。


「じゃあ、結局なんで俺は帰されたんだ?」



 聞けば聞くほど、理由が分からない。

 コウは残った酒を一息にあおり、端的に答えた。




勇者の呪い・・・・・だよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る