第278話 ケーキ屋さんで悪だくみ

     ◇   ◇   ◇




 色とりどりのケーキが並ぶ皿を前に、女性は満面の笑みを浮かべた。


 とある有名ホテルのケーキバイキング。中々予約が取れない中、なんとかもぎ取ったチャンスだった。


 下品にならないように、けれど素早い動きで次々にケーキを攻略していく。王道のショートケーキ、上品なチーズケーキ、濃厚なガトーショコラ。


 時折舌をリセットするために紅茶を挟みつつ、ほとんど休みなくケーキを食べていく。


「‥‥」


 そんな女性の様子を、対面に座る男は何とも言えない面持ちで眺めていた。


 特徴的な青年だった。


 一目で西欧人だと分かる端正な顔立ちもそうだが、何より白い髪にガラス玉のような目が一際目を引く。見る人が見れば、すぐにアルビノの特徴だと気づくだろう。


 彼はいくつかの小さなケーキを少しずつ食べながら、途中で甘さに顔をしかめてコーヒーに口をつける。


 甘いものが嫌いなわけではないが、女性を見ていると胸焼けがしてくる。


「よくそんな食べられますね」


 彼女は紙ナプキンで唇についたクリームを拭き、首を傾げた。


「ケーキバイキングならこんなものでしょう。コーヴァはもう少し食べた方がいいですよ。ここの予約は戦争ですから。しかもせっかくの奢りですよ?」

「いや、俺はデザートは一つ二つで十分っす」

「君がそんなことを言うから、その分も私が食べてあげてるんです」


 言いながら、女性は次のケーキを口に放り込んだ。


 華美とまでは言われない、けれど人目を引く顔立ち。上品で可愛らしい所作と言葉遣い。


 圧倒的な美人よりも、こういった女性の方がモテるだろうと、そう思わせる人だった。


 だからこそコーヴァと呼ばれた青年はひどい違和感を覚える。


 それは彼が女性の本当の姿を知っているからだった。


「それにしても、いつ見ても凄いっすね。先輩のメイク」


 そう言った瞬間、女性の手が止まり、鋭い目がコーヴァを見た。


 やば、と構えたコーヴァだったが、女性は何事もなかったようにケーキを食べながら答えた。


「ええ、そうでしょう。元々薄い顔だったおかげで、こういう技術が映えるんですよ」

「てっきり趣味なのかと思ってました」

「あまり調子乗ってると痛い目見ますよ」

「すんません」


 女性はため息を吐いて、垂れてきた髪を後ろに払った。


 その顔は間違いなく女性そのもの。しかしメイクでは基本的な骨格までは変えられない。


「対魔官たちの扱う探索術は、遠見や式神を使った物理的な方法と、名前や魔力といった魔術的な要因から探す方法があるんです。だから案外、こういったやり方が効くんですよ」

「へー」

「まさか魔術師が、女装で隠れているとは思わないでしょう」


 女性に扮した櫛名命くしなみことは、そう言って薄く笑った。


 彼は今全国の対魔官から身柄を追われる身だ。本当ならおいそれと外を出歩ける状態ではないのだが、元々中性的だった顔立ちと、華奢な体格を生かした女装によって、それを可能にしているのである。


 ケーキをつつく左手は、他の導書グリモワールからもらった義手だ。


「先輩も色々考えてるんですね」

「私は他の連中と違って一般人ですからね。それなりの工夫がなければ生きていけないんです」


 そう答える櫛名は、正体を知るコーヴァから見ても女性そのものだった。外見だけではない、細かな動作に現れるしなやかさや柔らかさが、女性のものなのだ。


 さすが何年も対魔官として潜入し続けた人。根本的な部分で、自分を別の誰かに切り替える術を知っている。


(そういうところ、俺と似てるんだよなー)


 コーヴァはそう思いながら、疑問に思っていたことを聞いた。


「それで、結局今日はなんでケーキバイキングに? 何か仕事に関係あるんすよね」

「いえ、これはただの趣味です。予約が取れたので来ました」

「は?」


 一瞬何を言われているのか分からなかった。


「私も腕は斬り飛ばされるわ、追われるわでストレスマックスなんですよ。たまにはこうして息抜きしないと」

「にしたって、わざわざここまで来なくても」

「むしろ相手も、私がケーキバイキング来てるとは思わないでしょう?」


 それはそうだ。


 櫛名は自分のことを一般人だのなんだのと言うが、後輩であるコーヴァから見れば、十分ぶっ壊れている。


 それからしばらくケーキを堪能し続けた櫛名だったが、それもひと段落つくと、おもむろに言った。


「前回のシキンの戦い、コーヴァは行ったんですよね」

「‥‥ええ、まあ」


 周りはケーキと自分達の話に夢中で、誰も二人の会話に気付かない。


「どうでした、直に見た勇者は?」


 コーヴァはそう問われて思い出す。他の導書グリモワールたちと煌夜城へと襲撃に行ったあの時のことを。


 下手に手を出せばシキンの怒りを買う。だからこそ、コーヴァたちはギリギリまで待った。


 そして戦いの決着を見た。


「──化け物でしたね」


 口から出た感想はそれだった。


「シキンさんを初めて見た時、ボスを除けば誰も勝てないって思いましたけど、あれは同じくらいやばいです」

「そうでしょうね。実際私もあれは想像以上でした」


 櫛名は以前、フィン率いる竜爪騎士団ドラグアーツと、勇者『白銀シロガネ』を戦わせたことがある。


 フィンたちも櫛名の感覚で言えば化け物の類だ。彼らが本気になれば、小国なら簡単に落とせる。


 そんな軍勢を、勇者はほとんど単騎で壊滅させたのだ。継戦能力を破綻させる事実的な壊滅ではなく、正真正銘、全員を戦闘不能にしての壊滅。


 あれは人間ではない。


 人の形をした別の何かだ。


 シキンを倒したことで、その考えは明確な事実となった。


「シキンは純粋な戦闘能力で言えば、導書グリモワール最強でしたからね。それと正面から打ち合って、あまつさえ勝つ相手がまともなわけがない」

「だったらどうします? 他の先輩たちと共同で戦うとか」

「あっちも戦力は補強したようですし、あまりいい方法とは言えないでしょう。何より、あの馬鹿どもが足並み揃えて動くとも思えません」

「それは、確かに‥‥」


 シキンもそうだが、導書グリモワールという輩はとにかく個人主義で自分勝手だ。櫛名は自分を鮮やかに棚上げしつつ、内心で毒づく。


「あの方は手が離せませんし、やはりこちらでなんとかするしかない」

「なんとかするったって、俺あれとやり合うのは勘弁すよ。普通に死ねます」

「あれは正攻法でどうこうする相手じゃありません。別のやり方で倒します」


 倒す。櫛名は平然とそう言った。


「先輩ならどうにかできるんすか?」


 コーヴァは半信半疑で聞いた。言っては悪いが、櫛名は戦闘向きの魔術師ではない。


 いや、たとえ戦闘が得意であったとしても、あの勇者を倒せる魔術師は新世界トライオーダーの中にもほとんど存在しないだろう。


 櫛名は残ったケーキにフォークを突き刺しじった。


「単純な話ですよ。どれだけ強い魔術であっても、それを操るのは人間です。そして人間ならば、確実に殺せる場所がある」


 ケーキが割れ、中からどろりとした赤いソースがあふれ出た。


「心を殺す弾丸。僕の魔術なら、それが作り出せる」


 櫛名の言葉に、コーヴァは息を呑んだ。


 非力だ、凡人だと自分を卑下する彼だが、その本質は間違いなく魔術師そのもの。


 利己的で、身勝手で、どんな困難をもねじ伏せられると信じている。


「そのためには材料が必要だ。勇者の心にさえ穴を開ける程の、強力な思いが」


 フォークが内側からケーキを割り、ソースが白い皿にかすれた。


「それで俺を」

「流石に対魔官たちの目も厳しいですし、私は戦いは苦手ですから」


 口調を戻しながら櫛名はほほ笑んだ。


 そしてぐちゃぐちゃに崩れたケーキをすくって口に運ぶ。


 こんな人たちの後輩なんて、本当にろくなものじゃない。コーヴァはそんな思いをコーヒーで流し込んだ。




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平素より愛読いただきありがとうございます。

秋道通です。

第8回カクヨムWeb小説コンテストにて、中間選考を突破することが叶いました。

これも皆様の応援あっての賜物たまものです。まさか残れるとは思わず、ありがたい限りです。

今後も変わらず精進してまいりますので、お付き合いいただければ幸いです。

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