第22話 リベンジ
しかしそれだけの魔術を撃ち込んで尚、月子は油断なく地面を見下ろしていた。
次の瞬間、月子の判断を証明するように、眼下で眩い光が土煙を貫いて瞬いた。
遥か彼方の地面から、月子目がけて飛来したのは、何羽もの
一羽一羽が月子よりも巨大な大鷲たちは、ビルの屋上を超え、更に上空まで羽ばたくと、一気に獲物を狩るために降下してくる。
「金雷槍」
月子が呟くと、直後、彼女の手の中には投げたはずの金雷槍が召喚された。
刹那、槍が
だが大鷲は一体ではない。次々に、必殺の熱量を秘めた炎の塊が、複雑な軌道を描いて月子へと殺到した。
その脅威を前に、月子は軽やかに舞う。
大鷲の身体を槍で
そして、月子はそのままビルの縁に足をかけ、その身をそのまま夜空に晒した。
月子の足に金雷が宿り、彼女は落下するのではなくビルの壁を蹴って地面へと走り出す。
その月子を追って大鷲が飛ぶが、壁面を疾走する彼女にタイミングを合わせて一斉に襲撃するのは難しい。
一羽ずつ、射程に入った大鷲を月子の雷撃が撃ち落としていく。
多量の火の粉を散らして爆散する様は、まるで夜空を彩る花火のようでさえあった。その輝きの合間を縫って、月子はフレイムを視界に捕らえる。
フレイムは砂塵がまだ舞う中で、月子を見上げていた。フードが落ち、露わになった白髪の下で義眼が蠢く。まるで月子の次の行動全てを見透かそうとしているようだ。
「‥‥」
月子は美しい顔に薄く笑みを浮かべた。
前の戦いでは、フードを剥ぐどころか、視線すらまともに向けられなかった。フレイムにとって月子は、路傍の石に等しい存在だった。
けれど今は違う。こちらを認識し、明らかな殺意をもって殺しに来ている。それは、大きな変化だ。
月子は左手を槍から離し、腰元のフォルダーから三本の針を指に挟んで引き抜く。
「『
金雷と共に投げられた三本の針は、銃弾の速度を超えて砂塵を突き抜ける。魔術によって速度と硬度を高められた針は、単純な攻撃力もさることながら、一度刺されば金雷を引き付ける性質を持つ。
フレイムは月子の不意を打つ動きに、即座に反応した。フレイムの背後から二本の巨腕が燃え上がり、飛雷針を打ち払わんと動いた。
一度は金雷槍の刺突すら片手で受け止めた巨腕が飛雷針とぶつかり、大きく揺らめいた。
停滞したのはほんの数秒、針は火の中でさえ眩く輝き、炎を食い破る。二本目の腕が
その間に二本の飛雷針は宿した雷と炎の熱によって消し飛ぶ。
次に攻め手に回ったのは、フレイムの方からだった。
飛雷針で出来た隙を逃さず突き込んできた月子に向けて、フレイムは腕を上げる。
「
呟くのは、魔族に伝わる古い言葉を使って付けられた魔術の名だ。
フレイムの足元から炎が渦を巻き、それは瞬時に形を変えた。ただ荒れ狂うだけだった暴虐の赤は、主人の明確な殺意に応える。
『
仮初めの命を与えられた炎は、生物独自の柔軟性や特性、力そのものを宿す。
大鬼に化ければ鬼の剛力を、鷲となれば飛翔と速度を、犬は嗅覚と走力を。
炎としての暴力性に加え、『
月子の前に立ちふさがったのは、二足歩行の巨躯。一抱え程もある尾がアスファルトを打ち、人を丸呑みに出来そうな顎がチロチロと火を吹いて開く。
言うなれば、それは人型の
月子が知るはずもないが、フレイムが変化させたのは『アステリス』の
人型であり、強靭な肉体を武器にする部分は前回月子を圧倒した大鬼と同じだが、その他の特性は大きく異なる。
「‥‥武器を」
月子は目前の蜥蜴人の手を見て呟いた。
そう、『赤の従僕』によって生み出された蜥蜴人は、右手に大きな山刀を、左手には盾のようなものを持っていたのだ。身体同様それらも全て炎で出来てはいるものの、見て分かる程には出来がいい。
蜥蜴人は魔物の中でも高い知性と社会性を持った魔物だ。
フレイムは今の月子ならば大鬼の頑強な身体さえ貫けると判断し、戦闘技術の高い
――グルゥァアアアアアアアアアアアアアア!!
突き出した金雷槍と、蜥蜴人の山刀が激しく切り結んだ。
フレイムの魔術操作は魔族の中でも一流。炎によって象られた武器は、金属に引けを取らない硬度を持つ。
故に、金雷槍と打ち合った蜥蜴人の山刀は大鷲や大鬼のように貫かれることはなかった。
だが、金雷槍はこの現代において最強クラスの魔道具。数度も打ち合えば、容易く打ち砕ける。
月子はそう判断し、無理に踏み込まず、武器を破壊出来る瞬間を待った。
相手は炎で出来た巨体だ。下手に距離を詰めれば、相手にとっては有利にしか働かない。
その判断は普通に考えれば間違いではない。ただ、今月子が相対しているのは、神魔大戦という、いわば世界の命運をかけた戦いに選ばれた魔術師である。
そんな消極的な方法で勝てる程甘い相手ではない。
「人間、それは戦略ではない。臆病風に吹かれただけだ」
「――ッ!?」
フレイムの言葉と同時、今まさに振り下ろされんとしていた蜥蜴人の刀が、勢いを増した。
刀身が伸び、斬るどころか月子そのものを飲み込まんばかりに炎がのたうつ。
火炎の一閃は、周囲の全てを吹き飛ばす爆撃と化した。
黄色と橙と赤が混じり合い、閃光となって夜の街並みを染め上げる。あたりの建物が衝撃に揺れ、炎に舐めとられたガードレールが溶けて落ちた。
確かにただの武器であれば月子の金雷槍で破壊することも可能だっただろう。だが蜥蜴人も山刀も全てはフレイムの魔力によって作られた代物だ。
欠ければ補填し、折れれば繋ぎ合わせればいい。月子は形に惑わされたが、本来炎とは自由であるものだ。その本質は多数の性質を得た後も、決して失われない。
一方で、それは時に不利な一面も持ち合わせる。
フレイムは蜥蜴人の影で、油断なく周囲を見回した。
刀を振り下ろした爆心地の中心に、人影はない。いくら強力な一撃であったとしても、あの雷に愛された少女が消し飛ぶとは思えなかった。
それが意味するところはつまり。
ゴッ! と蜥蜴人の肩が丸く抉れた。
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