第356話 あれからの異世界
「いい仲間ね」
俺が気を失った月子とカナミ、リーシャをリビングまで運んで戻ってくると、エリスが珍しく驚いた顔をして言った。
ちなみに月子とカナミは俺が気絶させて、リーシャは聖域の維持に全力を使い果たして倒れた。この狭い空間であれだけどんぱちやれば、そりゃ凄まじい負荷だよな。
俺はエリスを見て頷く。
「そうだろ。ここ最近、一気に力をつけてきたもんだから、俺も驚いているよ」
「アステリスの魔術師でも、あそこまで強い者達はもうほとんど残ってないわね」
「え、どうしてだ?」
確かに神魔大戦で多くの力ある魔術師が死んでいった。
魔将一人に、一国の主戦力が壊滅させられることも珍しくないのだ。
それでも戦争を生き残った者達も多くいるはずだ。
俺たちがそうだし、
エリスはしまったという顔で目を伏せ、答えは別のところから聞こえた。
「戦争だよ」
「戦争? どういうことだ、神魔大戦は終わったはずだろ」
コウはあぐらをかき、こちらを見ようともせずに答えた。
「魔族との戦いが終われば、今度は人族同士だ。くだらなくて付き合いきれねーよ」
「え‥‥」
コウが言っていることがうまく飲み込めず、エリスの方を見た。
エリスは言いづらそうにしていたが、すぐにコウの言葉を肯定した。
「コウの言う通りよ。あなたが地球に戻ってから、アステリスでは何度か戦争が起きてる。
「なんで‥‥だって神魔大戦は終わったんだぞ」
「だからだろ」
「そうね。仕方ないことではあるわ。神魔大戦がある時は人族同士の戦争はご法度だけど、それが終われば、元の関係に戻る。友好も、敵対も」
「魔族との戦いで権利の浮いた土地や資産も多いからな。戦後の条約締結で折り合いがつかずそのまま、なんてのもあっただろ」
「‥‥なんだよ、それ」
折角戦争が終わったのに、また始める馬鹿がいるのか。何人も何人も死んで、いくつもの街が壊滅して。
それでも、まだ足りないのか。
俺が下を向いていると、立ち上がったらしいコウが言った。
「何を驚いてんだ。人族なんてずっとそうだろうが。‥‥ああ、お前はそれも知らないのか」
「ユースケが気にする話じゃないわ。あなたのおかげで、多くの人が救われたのは紛れもない事実
よ。戦争とはいえ、どこも疲弊しているから、大きなものはほとんどないしね」
「そうか‥‥」
エリスのフォローもむなしく聞こえる。
でも、そりゃそうか。
俺は国同士の戦争を止めるために呼ばれたわけじゃない。魔王を倒せば何もかも平和になって全ての人が救われるなんて、思ってない。
ただ、それを事実として聞かされると、それなりにはショックだ。
今の地球だって、戦争は起きている。
それを止めようともしていない時点で、アステリスの実情にだけ心を痛めるのは、いくなんでも身勝手な話だ。
エリスがことさらに明るい声で言った。
「あなたが残した意志は間違いなく根付いているわよ。だからこそ戦うことを避けて
「‥‥そうだと、少しは報われるな」
俺が戦った結果が、何かの形で残っている。称賛のために戦い続けたわけではないけれど、誰かの記憶に残っているというのは嬉しい。
「それにこの神魔大戦が終わって土地が豊かになれば、また変わる。あなたの仲間のように、新しい魔術師たちが時代を作っていく」
「何が新しい魔術師だよ。エリスだって十分若いだろ」
俺と同い年だ。アステリスならともかく、日本なら社会に出ていないのも普通の歳だ。
エリスは肩をすくめた。
「前の大戦を経験した人間は、とっくに古い戦士扱いよ。それだけ、どの国も若い力の育成に力を注いでいるってことね」
マジかよ。いくらなんでも早すぎるだろ。戦いが終わってまだ五年程度しか経っていないのに。平和な日本に比べると、あちらの世界は時の流れがとても速く感じる。
それだけ生き残るのにどこも必死ということだ。個人も、組織も。
俺がぼんやりとそんなことを考えていると、エリスが上を見ながら言った。
「それにしても、地球の魔術師というのは本当に興味深いわ。似ている部分も多いのに、明らかに私たちとは違う」
「あー、それな。俺もそれは思ってた。前に話を聞いた時は、学べば誰でも使えるって感じだったけど、土御門とか月子の魔術を見ているとそれだけって感じでもないし」
もう結構前になるけど、四辻千里と話した時、地球の魔術について教えてもらった。
彼女
しかし月子や土御門の存在を考えると、そうとも思えない。彼女たちの魔術はアステリスのそれに近いものも感じる。
たしか四辻も別次元の解釈をする
似ている部分と、違う部分。それが重なって存在している。
「あの『
「月子もあんな魔術は聞いたことがないって言ってたから、地球の魔術師からしても規格外だったんだろけど」
そもそもシキンのように、自力で魔術に目覚める者もいるのだ。
実際、土御門は誰に教わるでもなく、自力で沁霊術式にまで至った。
沁霊術式を使う魔術師との戦いが彼を開花させたのだろうが、地球の魔術師にも俺たちと同じ素養があるのだろう。
だからこそ不思議だ。本質的に似通っている部分があるのに、どうしてここまで違う進化を遂げることになるのかね。
エリスが花で人形を作りながら、それを巧みに動かす。軽々とやってのけているが、生きているのかと錯覚するほど細かい動作まで作りこまれている。
だからこそ、
「あの魔術、原理は私も聞いたけれど、正直理解できる代物ではなかったわ。魔術の本質は似ているのに、その形はまるで別物。『同じ麦から違うパン』って言うけれど、まさしくその通りだわ。私たちはこれから、理解できない魔術師たちを相手に戦うことになる」
エリスの言葉には相当な重みがあった。
個によって違うとはいえ、俺たちは人族や魔族の使う魔術はある程度見当がつく。
アステリスにおいて戦争の歴史は、魔術の歴史だ。俺も魔族の魔術については、文字通り頭に叩き込まれた。
しかし
ゲームの世界を作り出して、神を限定的に
得体の知れない魔術程厄介なものはない。
そんな俺たちの不安を、コウは笑い飛ばした。
「何が来ようが知ったことかよ。はじめっから小細工を
「まあ、それもそうだけどさ」
「あなたレベルに楽観的だと、生きるのが楽よね」
「ああ? 構えろ泣き虫王女。ごめんなさいさせてやるからよ」
「へえ、よく吠える口ね。調教してあげようかしら」
「‥‥喧嘩するなよ」
二人の喧嘩を止めながら、俺は懐かしさに口角が上がるのを止められなかった。
そうしていると、突然階段から大きな声が響いた。
唯一訓練に参加していなかった陽向の声だ。
「先輩! なんか、なんか変な人が勇者はいるかって言ってるんですけど‼︎」
‥‥はあ、最近は来客が多いな。
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