第355話 よってたかって訓練回

     ◇   ◇   ◇




 勇輔たちの訓練にエリスが参加することが決まった時、彼女が一番初めに思ったことは一つだった。


 まともな訓練にならないでしょう。


 神──どうやら敵の魔術師が領域内で限定的に召喚した擬似的な存在だったそうだが──と戦っている勇輔を見た時、エリスは再会の衝撃と同じくらいの驚きを感じていた。


 『選定の勇者ブレイブフェイス』から解放されている勇輔が、あの時に等しい力を有していたからだ。


 一瞬、選定の勇者ブレイブフェイスがまだ発動しているのかと疑ったほどだ。


 対面で話して分かったが、今の勇輔は間違いなく勇者ではない。


 ただの一魔術師だ。


 しかし、そこから感じる圧は、あまりにも重い。


 底が見えない。


 数々の魔族と戦い、英雄を見てきたエリスからして、今の勇輔が一体どんな成長を遂げているのか、予想がつかなかった。


 コウガルゥもそれが分かっているからこそ、この共闘での訓練に承諾したのだろう。そうでなければ、戦いに関してはプライドの高い彼が頷くわけがない。


 勇輔が剣を持ち上げ、構えた。


「――⁉」


 対峙する全員の意識が粟立あわだった。リーシャ、カナミ、月子は戦慄に。エリスとコウガルゥは高鳴りに。


 ゴッ! と地面を蹴って先陣を切ったのは、やはりというべきかコウガルゥだった。


 共に戦う条件は飲んだが、端から息を合わせるつもりなど毛頭ない。


 それはアステリスにいた時代からそうだ。


 コウガルゥは黒い一陣の風となり、純白の花畑を蹂躙じゅうりんして勇輔へと肉薄にくはくした。棍は既に円環を描き、唸りを上げていた。


 一対一でなら徒手空拳から始めるところだが、今日はそうではない。最初からギアを上げる。


 銀の兜に向け、黒の落雷が叩きつけられる。


 『黒楔アスワラード』。


 音を置き去りにする高速の一撃。


 空気が一拍遅れて両断され、波となって広がっていく。


 聖域と白くあれ花茨ホワイトリリーがなければ、訓練場どころか、このあたり一帯の地盤を叩き砕いたであろう攻撃だ。


 しかしそれは音もなく、勇輔の剣に受け止められていた。


「『初手からはしゃぐなよ』」

「はっ、吠えるじゃねーの」


 『七色連環剣ななしきれんかんけん』の一つ、『雫剣ムオン』。微細な魔力の驟雨しゅううは、あらゆる勢いを削り殺し、鈍化させる。


 竜座うねり雨をもたらせばいずれ嵐と化す。


 『嵐剣ミカティア』がコウを巻き込んで周囲一帯を覆った。


「ちっ」


 斬撃を棍で弾きながら、コウは後ろに下がった。


 純粋な速さだけならば、勇輔よりもコウの方が速い。故に嵐剣ミカティアで広範囲を制圧することは、簡単に予想できた。


 エリスはレイピアを振るうと、白くあれ花茨ホワイトリリーを動かした。


 ゾンッ! と白いいばらが嵐の壁を貫き、その奥にいる勇輔へと四方から殺到した。


 まずは動きを止める。


 勇輔の機動力で自由に動き回れたら、それこそまともに捉えられるのはコウくらいのものだ。


 そのつもりだった。


「ッ⁉」


 嵐のとばりから、銀の鎧が一直線に飛び出してきた。


 茨はかすりもしていない。エリスは確実に嵐剣ミカティアの奥にある気配を読み、何十手先まで茨を打ち込んだ。


 それら全てを、すり抜けられた。


 エリスの知る勇輔であれば、剣で払ったはずだ。


 独特な緩急のある歩法。エリスの意識を化かしたのは、魔術ではなく純粋な体技だ。


(ここ数年は戦いから離れていたはず――)


 エリスは即座に次の手を打った。


 白くあれ花茨ホワイトリリーの花々が津波のごとく持ちあがり、勇輔の行く手を阻んだ。


 波の中に生まれた果実が光を灯し、今まさに爆発せんと膨れ上がる。


 カッ‼ と光と衝撃が炸裂した瞬間、その奥で翡翠の閃光が瞬いた。


 『霆剣ギルヴ』。


 一点。


 極限まで研ぎ澄まされた刺突は波の一点を貫き、次の瞬間には巨大な風穴を開けた。


 ――相変わらず無茶苦茶な。


 過去セントライズ王国どころか、列強諸国に『剣聖』の名を轟かせた男がいた。


 その男の剣技は魔術なしでありながら、魔術師を殺す魔剣として恐れられた。


 その流派の名は、『七色連環剣ななしきれんかんけん』。もはや勇輔にしか扱えない、無類の剣技である。


「『──』」


 翡翠の眼光が揺らめき、エリスを見ていた。


 勇輔にとって最も脅威度の高い敵が、エリスだ。彼女は個人の実力もさることながら、軍を率いる将としての力が高い。


 勇輔が真っ先に狙いに来るのは分かっていた。


「させませんわ」


 そこへ飛び込んだのは、黒いフリルを咲かせるカナミだ。


 彼女の戦闘は魔道具を使用した中遠距離の銃撃が主。


 しかしカナミは勇輔の間合いへと自分の足で踏み込んだ。


 そして最強の魔族たちを恐れさせる銀の死地へと入った時、全身に死を感じた。


 勇輔が振るったのは一太刀ひとたちだ。


 胴を両断せんとする光速の剣は、カナミの目に捉えられるものではなかった。


 そう、カナミでは防げない。


『ククク、あの時のリベンジと行きましょうかねぇ!』


 カナミが首に巻いた黒いチョーカーから、声が響いた。


 同時に、カナミの背後から黒鉄くろがねに輝く二本の巨腕が現れ、勇輔の剣を防いだ。巨腕が手に持つのは、人の身体程からだほどもある鋸大剣チェーンソーだ。


 ギャギャギャッ‼︎ と激しい火花と翡翠の光を散らし、剣とのこが衝突する。


 そこにカナミが双銃『フェルガー』の引き金を引き、無数の魔弾を勇輔へと浴びせかける。


「『おぉ‥‥』」


 勇輔は小さく声をこぼすと、鋸を弾いて距離を取った。襲い掛かる弾丸は朱のマントで打ち払う。


 息を吐く暇はない。


 その上から、棍の乱打が降ってきた。


「あんまり生ぬるいことしてんなよ」


 コウの言葉は、棍の打撃音にかき消され、誰にも聞こえることはない。


 勇輔どころか、地面、周囲、まともな狙いや技術もなく、ただ素早く強く叩きつけるだけの攻撃。


 それはまさしく純粋な暴力だ。その暴力に、これまで何人もの魔族たちが潰されてきた。


 『暴躯アクセル』の魔術によって加速し、降り注ぐ雨は、誰の介入も許さない。


 ただ対象が動かなくなるまで降り続ける。


「『そうか?』」



 消えたはずの声に、返答があった。

 コウは攻撃の手を止めぬまま、目を細める。


 コウの戦いに割り込めるような者は、英雄と呼ばれる魔術師の中でも、そう多くはいない。


「『疾風迅雷しっぷうじんらい』」


 金色の雷をまとった月子が、最高速で突っ込んできた。


 コウの乱打はより速くなり続ける。近寄るどころか、白くあれ花茨ホワイトリリーによる支援すら難しい。


 その中を、月子は進んだ。


 コウの攻撃は速すぎる。


 はっきり言って、見て避けるのは不可能な攻撃だ。コウが月子をわざわざ避けてくれるとも思えない。


 だから月子は、見ることを諦め、魔力操作に全神経を注いだ。


 攻撃が見えないことなんて、シャーラや勇輔との訓練の時から、当たり前の話だ。


 もはや身体を動かしている感覚すらない。全身に纏った金雷が攻撃の予兆を察知し、それに合わせて身体を走らせる。


 あの東京クライシスの日、月子は何もできなかった。


「ッ‥‥‼︎」


 何も守れず、襲撃者に負け、見逃された。


 誰の役にも立てないまま、勇輔とエリスの再会を遠くで見届けた。


 あの時の気持ちは、きっと誰に言っても理解されないだろう。


 自分が捨ててきたもの。


 あまりに遠くにあるあの場所が、心をき続ける。


 せめて戦場でくらい、近くにいたい。


「招雷──『星花火ほしはなび』‼︎」


 槍がけたたましい音を立て、金雷を開放した。


「『やっぱり、みんなすごいよ』」


 最後に月子が聞いたのは、そんな勇輔の声だった。


 次の瞬間、ありとあらゆるものが吹き飛ばされ、自分がどうなっているのかも分からないうちに、月子は意識を失った。

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