第354話 訓練回

     ◇   ◇   ◇ 




 結局エリスは綾香さんの好意で対魔特戦部の三条支部に身を置くことになった。家も手狭になるし、新参者の私がそこにいるのは良くないとエリスが言い切ったのだ。


 それはまあ、そうだろう。


 陽向はリーシャたちとも元から面識があったからともかく、エリスは完全な初対面だ。


 みんなにもエリスのことは紹介したけれど、どことなくぎこちなさがあった。


 カナミなんかは、俺の時みたいに気絶しないかと心配だったけど、そんな様子もなく落ち着いて挨拶をしていた。


 普段から元勇者のちゃらんぽらんさを見てきたわけだから、現実が見えたのかもしれない。


 そんなこんなあり、エリスは三条支部で生活しながら綾香さんの仕事を手伝い、時折こちらの家にも顔を出すことになった。


 そしてエリスが家に来てやることといえば、情報交換だけではない。


「リーシャさん、私も魔術を使うけど、聖域は解かないようにしてもらっていい?」

「はい、分かりました」

「ありがとう。私と領域を重ねられる人って、シャーラ以外だとほとんどいないから、心強いわ」

「いえ、私の方こそ光栄です」


 リーシャはそう言うと、訓練場にいつも通り聖域を張った。


 ちまたでは東京クライシスと呼ばれる事件を経て、リーシャの聖域はより強固になった。


 防御系の魔術の中では、俺が知る限り最高峰である。


「見事なものね」


 エリスはそう呟くと、手の中のレイピアをゆるりと回し、魔術を発動する。


「『白くあれ花茨ホワイトリリー』」


 瞬間、聖域の中に白い庭園が現れた。目を奪われる美しい純白の花が咲き誇り、ほのかな光をまとっている。


 エリスの魔術、『白くあれ花茨ホワイトリリー』である。


 様々な植物を魔力で作り出し、攻撃、防御、回復、強化などを行う万能の術式だ。


 本人は器用貧乏ねと自嘲じちょうすることもあるが、その全てを一級の性能で、並行して発動し続けるのだ。


 沁霊術式の『願い届くエバーラスティング王庭・ガーデン』ともなれば、それらを広範囲かつ、半自動で行う。


 榊綴さかきつづりの魔術を後出しで完封できてしまうのが、『白くあれ花茨ホワイトリリー』なのだ。


 加えて幼少の頃からグレイブに鍛えられてきた彼女は近接戦闘においても破格の強さを誇る。


 純粋な剣技でエリスに土を着けられるのは、シャーラくらいのものだ。


 エリスは隣に立つコウガルゥを見て言った。


「さて、それじゃあやるわよ」

「あー、余計な真似すんなよ。俺一人で十分だって言ってんだろ」


 コウが心底嫌そうな顔で首を鳴らす。


「そう判断できたら、素直に手を引くわ。そもそもあなたたちが正面からやり合ったら、ここが壊れるじゃない」


「チッ、居心地よかったのによお」


「さっさと体を起こすことね。前の戦い少し見ていたけど、いくらなんでも鈍りすぎじゃない?」


「ドレス着てお姫様やってた奴に言われたかねーよ」


「前々からドレスは着ていたし、生まれた時からお姫様だけど?」


「ユースケにも見せてやりたかったぜ。ああ、ジャック様──」


 コウが気色の悪い声を出した瞬間、白いとげがどこからともなく放たれ、その頭を狙った。


「おっと」


 コウはそれを苦もなく避けると、肩をすくめた。


「おー怖い怖い」

「無駄口を叩く暇があるなら、動きなさい」 

「は、てめーこそ俺の動きについて来れんのかよ」


 エリスはため息をつきながら、そんな二人のやり取りを唖然とした顔で見つめる二人に声をかけた。


「ごめんなさい月子さん、カナミさん。うちの色ボケが普段から迷惑をかけてないかしら。とりあえず、好きに動いてもらえれば、できる限り支援するわ」

「おい、こっち来てからは何もしてねーよ」

「猿は黙ってなさい」


 月子とカナミは、完全に黙ったまま、頷くことしかできなかった。


 それも仕方ないだろう。多分あの二人は、エリスが軽く放った茨を、目で追いきれていなかった。


 戦闘モードになればもう少し変わると思うけど、まあそうだよな。あれを冗談まじりに振るうエリスもエリスだし、軽く避けるコウも異常である。


 騎士団の連中でも、普通に吹っ飛ぶだろ、あれ。


 というかジャックって誰だよ。初めて聞く名前なんだけど、男だよな。


 そんな俺の疑問は聞ける雰囲気でもなく、みんながおもむろに戦闘体制に入る。


 リーシャ、エリス、コウ、月子、カナミ。彼らが武器を取り、戦意を剣のよう研ぎ澄まして突き刺してくる相手は──俺だ。


 五体一での戦闘訓練。


 泣けてくるんだが、なんだこれ。


 四英雄が二人に、聖女、守護者、地球最強クラス。再会を喜ぶにしても、もう少しやり方があったんじゃないかなーって思うわ。


 俺は剣を握り、意識を研ぎ澄ませながらゆっくりと構えた。


 これはエリスの試験だ。離れていた数年間で、俺が錆び付いていないかどうか。『選定の勇者ブレイブフェイス』のない俺が、どれだけの強さなのか。


 彼女は作戦を立てる時、まずは味方の力量を完全に把握するところから始めていた。


 まったく、がっかりさせるわけにはいかないよな。

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