第239話  地球と異世界

「せっかくだし、僕たちの魔術について少し教えてあげようか?」

「いいのか?」

「まだ到着まで時間あるしね。代わりに僕もアステリスの魔術について聞きたいな」


 それくらいならお安い御用だ。といっても、アステリスの魔術は理論ではなく感覚だ。ぶっちゃけ人によって使い方も発動の仕方も違うので、どれほど価値があるかは分からないが。


「じゃあ教えて欲しいんだけど、地球の魔術って誰がどこで教えてくれるんだ? 社会的には隠されてるだろ」

「そうだねー、できるだけ表に出ないようにはされているよ。魔術を習う場所は色々あるけれど、魔術師になる人間は大体二種類だね。まずは魔術師の家系に生まれ、必然的になった者。そしてもう一つは、何らかの形で怪異や魔術に触れ、偶然魔術師としての才能を開花させた者」

「偶然なる人間もいるんだな」


 妖怪やらなんやらに絡まれた挙句、魔術師の世界に入らきゃいけないとか、かわいそうすぎる。いや、俺も人のことは言えないくらい理不尽な目に遭ってたわ。


 四辻は「まあね」と複雑な顔で頷いた。


「事故みたいなものだよ。誰だって、自分が当事者になるまでは気付かない。そうして才能がある者たちは、それぞれ師の元について魔術を教わることになる」

「師?」

「魔術家系の生まれなら、親や兄弟子たちが基本だね。そうでなければ、対魔特戦部の中にも魔術師の教育機関があったはずだよ」

「へー、もっと魔術師の世界って排他的なのかと思ってた」

「その認識も間違ってないよ。人工の白夜の下では、常闇の者たちは生きていけないからね。不用意に魔術師を増やすということは、怪異を生むことと同義なんだ」


 そんな難しい言い回しをされると、よく分からなくなるんだが。つまり魔術師を増やしたところで、この科学世界においては、デメリットが大きいってことだろう。俺も経験しているけど、下手に魔力を認識していると、見えなくていい者たちが見えるようになってしまうのである。


 現代社会は今の状態でよいバランスってことだろう、たぶん。対魔特戦部のブラックさを見ていると、人が足りているとは到底思えないけど、そこは触れてはならないんだろう。


「にしても、魔術の教育機関って何を教えるんだ? 魔法陣の描き方とか?」

「僕も通ったことはないからなあ。正直、教える先生がなんの魔術を修めているかによるんじゃないかな」

「ふーん、その辺はアステリスとは違うな」

「異世界じゃ、師と違う術を習うのかい?」

「違う術というか、そもそも違って当たり前というか。魔術は魂の表顕、万別なる個。全く同じ人間が存在しないように、魔術も同じものは存在しないんだ」


 俺の『我が真銘』しかり、リーシャの『聖域』しかり、魔術とは違うものだ。

 四辻が怪訝けげんな表情で首を傾げている。今ので分かってくれ。


「アステリスの魔術は、個性そのものなんだよ。才能、性格、環境。その人を形作ってきたものが魔術として現れる。だから人と全く一緒ってことはほぼない」


 実際はグレイブの使う『騎士道ナイトプライド』のように、同じ名称で似たような効果の魔術も多いし、血統によって家の魔術を存続させている一族も珍しくはない。ただそれらは、似ているというだけで、完全に同じではないのだ。


「へー、バラエティ豊かで楽しそうだね」

「楽しいだけで片付けられる世界でもなかったけど、確かに面白い魔術もたくさん見てきたよ」


 ちなみに俺が出会ってきた中で心底羨ましいと思った魔術は、透明になる魔術と透視の魔術だ。まあ、魔術が生活の一部であるアステリスでは、魔術犯罪への対策もしっかりされており、そうそう悪用はできないのだが。


 いやもちろん変な使い方なんてしないけど。男という生き物はスケスケという言葉に浪漫を感じてしまうのだ。だからスケ兵衛なんて呼ばれるわけである。


「あとは魔術とは少し違うけど、魔力を使った言霊ことだまとか、身体強化なんかは誰でも使えたな。あとは魔力を流して使う魔道具とか、その辺はこっちにもあるんだっけ」

「ふーん、そういうところは似てるね」

「アステリスはそんな感じだ。地球の魔術はどうやって使うのが一般的なんだ?」


 もしかして俺も魔術使えるようになっちゃう? 漫画みたいに陰陽術とか、ルーン魔術とか、気とか使えちゃうの? ワクワクしてきちゃうな、おい。


 四辻はポケットからカードを取り出すと、俺に見せてきた。


「たとえばこれ、僕が魔術を使うためのカードなんだけど、君が魔力を流せば使えると思う?」

「魔道具みたいなもんだろ? だったら使えるんじゃないか」

「試してごらん」


 俺は手渡されたカードに魔力を流してみる。どうやら中に魔法陣が組み込まれているようだ。そこらの魔術師では初見でこの複雑な魔法陣に魔力を流すのは無理だろうが、腐っても元勇者。この程度はお茶の子さいさいである。


「‥‥ん?」


 おかしい、何も起きない。ちゃんと魔力は通っているはずなのに、それが意味あるものとして機能していない。どゆこと、不良品なんじゃないのこれ。


「あはは、動かないでしょ。私たちが使う魔術は君たちみたいな『個』のためのものじゃないんだよ。魔術の本質は知識。知っているか、知らないか。見ているか、見ていないか。認めることができるか、否か。そのカードは本みたいなものさ。文字を正しく読めたとしても、意味が分からなければ、本としての役割は果たせない」


 ふーん、分かるような分からないような。


 四辻はカードを俺の手から取って魔力を流す。すると目の前をつむじ風が通りすぎ、即席の道を作った。


「知識だからね、そこにはルールがある。知識を習得すれば、誰でも使えるのが魔術の良さなんだよ」

「へー、じゃあ俺も使えるじゃん」

「勉強すれば使えなくはないと思うけど、使えたとしても役に立つレベルになるかは微妙だよ」


 どういうことだよ。できれば勉強はしたくないけど、格好良く式神とか使えるなら、受験以来の頑張りを見せることも辞さないぞ。


「なんて言うんだろうなー、地球の魔術師にも二種類いてさ。普通は知識と経験を努力で身に付けて、自分なりの解釈やアレンジを入れていくんだよね。でもたまに、どうしてそうなったの、ていう別次元の理解をする人間がいるんだよ。物事の本質を一目で見抜いちゃうようなタイプ」

「あー、いるなそういうタイプ」


 直感派みたいな人たちね。あの手の連中に教えをこうと、もれなく意味の分からない擬音語と共に意味の分からない説明を聞かされることになる。ああいう人は周りとの違いに気づいていないタイプが多いんだ。


 ちなみにエリスとか、完全にそれである。あいつに魔術を教わった結果、俺は言葉では超えることのできない壁があることを知った。


 もう少し周囲をよく見ないとダメよ本当に。自分が世界のスタンダードじゃないんだから。


 俺が内心頷いていると、四辻があっけらかんと言った。


「君も完全にそっち側でしょ」

「‥‥は?」

「そういう人って自分独自のルールで生きているから、普遍的な魔術の知識を学んでも、まともに使えないことが多いんだよね」

「おいおい冗談はよせよ。俺が直感だけで生きているように見えるのか」

「魔術に関しては間違いなくそうでしょ。一回戦っただけで分かったよ」


 ‥‥なんだと。


 驚愕する俺を前に、四辻は肩をすくめた。


「こういう人って自分じゃ気づかないんだよねー。」

「‥‥」


 否定したいのに、何も言い返せない。禁止カードにすべきだと思います。


「話を聞いている限りでは、やっぱり魔術に対する考え方とか使い方は全然違うみたいだね。勉強になったよ」


 朗らかに笑う四辻に文句を言う気にもなれず、俺は無言でうなずくにとどめた。 

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