第240話 歓迎の趣向

 二人でのんきに話しながら歩いていると、ここが敵地だということを忘れそうになるが、それを見た時、自分が何をしに来たのか思い出した。


 山のど真ん中に突然現れたそれは、『城』だった。


 いわゆるプリンセスが住んでいるような白亜の城ではなく、日本の城に似た出立のものである。


 しかし細かな意匠や造りは違う。どちらかというと、


「中華系‥‥か?」


 太陽の下でさえその存在感は劣ることなく、煌々と明かりを放つ。まさしく絢爛という言葉がよく似合うその城は、しかし同時に、踏み行ってはならない妖光を纏っていた。


「そうだね。ここが今から僕たちが会いに行く魔術師の根城の一つ、『煌夜城こうやじょう』」


 四辻が笑顔を崩すことなく言った。しかし僅かな筋肉の硬直から、緊張が見て取れる。


 何が城だ。城っていうのは、何かを守るためにあるんだよ。


 警備は一人もなし。魔術的な防御は、『姿隠し』程度のもの。この城は見た目こそそういう風に造られているが、その本質は決定的に異なる。


 闘技場か、あるいは処刑場か。


 どちらにせよ、ここの城主はろくでもない変態だ。


 俺は手土産もなしに、そんな奴に今から会いに行くわけだ。


 さてさて異世界の次は異国の魔術師が相手か。もう少し世界史勉強しとくんだったな。


 俺は巨大な城門に手を当て、押し開く。





    ◇   ◇   ◇



 

 城の中は、その大きさとは裏腹に閑散としていた。この規模の城だと、普通なら相当な人数の人間が管理をしているものだが、この城には使用人一人どころか、生き物の気配すらない。


 俺と四辻は城主がいるはずの最奥へと進んでいた。


 土御門は言っていた。


『今回に君に頼みたいのは、ある人間の撃破だ。彼は今君に興味を持っていて、僕に君を連れてくるよう依頼があった。普段なら所在も掴めない相手だけど、今回は違う。この機に奴を叩くことができれば、新世界トライオーダーの戦力を大きく削ぐことができる』


 とかなんとか。


 つまりはここで俺を待っている奴を叩きのめせばいいと、そういうことだ。シンプルで分かりやすいのが大事だと思います。


 そうだとしても、罠の一つや二つはあると思っていたが、肩透かしだ。まさかお茶に誘っただけってことはあるまい。


 うすら寒い廊下を進みながら、聞いていた情報を思い出す。


 あの飄々ひょうひょうとした、言葉も雰囲気も軽い土御門が、口を重くした瞬間があった。


『今回君を呼んだのは、新世界トライオーダーの幹部を務める一人、シキンという男だ』


 敵の名を口にする。ただそれだけのことに、彼は相当な重圧を感じていた。


 アステリスにおいて『名』というものは重要な意味を持つ。己の魔術に名をつけるのはもちろん、魔族の称号やサインのように、名前をつけることで存在を明確にするのだ。


 形無き魔術が進歩し続ける世界だからこそ、抽象を具体化させる『名』はただの記号以上の意味を持つ。


 そして第一位階という魔術師の最高峰に立つ土御門もまた、名前に特別な意味を持っているはずだ。


 故に恐れる。


 俺は四辻越しでしか会話をしたことがないが、土御門は相当な腕利だ。位階が示す通り、月子よりも魔術師としては上だろう。


 それほどの人間が恐れる魔術師、シキン。


『彼について分かっていることは少ない。新世界トライオーダーの中でも特に正体が掴めない人物だ。幹部の一人だということは分かっているけれど、それ以外はほとんど不明。普段何をしているのかも、どのような魔術を使うのかも』


 土御門は慎重に言葉を探し、積み重ねる。自分の中の不定形な思いを伝えようとする。


新世界トライオーダーの長い歴史の中で、敵対する組織は多く存在した。本来なら、全てが全て彼らの都合よく回っていくはずがない。だが、それらは誰も気づかない内に闇に飲まれて消えていく。後に残るのは、何故か消えたという実態の伴わない噂だけだ』


 彼はそこで一度間を置いた。


『大きな変革に対して、凪いだ水面。もしそれらが大規模な作戦ではなく、たった一人の魔術師によって行われたものだとしたら、説明ができてしまうんだよ。新世界トライオーダーの影に見え隠れする姿無き怪物、それがシキンだ』


 聞けば聞くほど眉唾な話だ。


 もはや組織が自分達の都合のために作り上げた偶像ではないかと勘繰ってしまう。


『僕自身、つい最近まではブギーマンの類だと思っていたよ。まさか、それが指名依頼を出してくるとは思わなかった。これはチャンスであり、リスクだ。もしも本当にシキンが噂通りの魔術師だとしたら、希望は遠くなる。逆にそれをここで倒すことができれば、新世界トライオーダーの打倒が一気に近くなる』


 土御門はそう締めくくった。


 うーん、地球側の魔将ロードみたいな奴ってことだろうか。話を聞いている間は、地球の魔術師ねえって気分だったが、四辻の話を聞いていると、俺は何か大きな勘違いをしているんじゃないかって気がしてくる。


 そしてこういう嫌な予感というものは、よく当たるのだ。


「このまま進んでいけばいいのか?」

「多分‥‥。正直、僕もここについてはほとんど知らないんだよね。シキンって人がどんな魔術師なのかも知らないし」


 だったらもう門のところで待っていてもよかったんじゃないか?


 そんな俺の視線に気づいたのか、四辻は可愛らしく頬を膨らませた。


「あ、馬鹿にしてるね。相手は地球こっち側の魔術師なんだから、いざとなった時は僕が頼りになるはずだよ」

「建前的に、君は新世界トライオーダー側の人間なんだから俺の手助けしちゃ駄目でしょ‥‥」


 本当に大丈夫かなあ。


 そんなことを思っていると、目の前に大きな扉が見えた。


 ここにシキンがいるのか。気配らしい気配は感じないけどな。


 迷っていても仕方ないので、門を開くと、そこは巨大な板張りの広間になっていた。壁には灯篭がかけられ、部屋を淡く照らしている。


 そこに踏み込んだ瞬間、妙な感覚を覚えた。墨を垂らしたような、纏わりつく嫌な空気。


 結界というよりは、何かがいる。妙だな、今も生物の気配は感じないのに。


 広間には遮蔽物どころか家具の一つも置かれておらず、何の影も見えない。ただがらんとした空間が広がっているだけだ。


 正面に見えないということは。


「‥‥何、あれ」


 四辻も同時に俺と同じ考えに至ったらしい。二人で上を見上げると、そこには本来あるはずの天井が見えなくなっていた。


 代わりに広がっているのは、薄雲のような黒い煙。


 なんだ、あれ。


 シキンによる攻撃を疑ったが、それにしては悠長だ。何より、人の気配はやはり感じられない。城に刻まれた防御術式だとしたら、斬ってしまうのが早いか。


 待っていても仕方ない。この空気で無害ということもないだろう。


「四辻、下がって構えてくれ」


 俺はそう言いながら、魔力を回して魔術を発動しようとする。


 その時だった。薄雲の表面を火花が走り、ゴロゴロと低い唸り声が聞こえた。


「勇す――!」


 俺を呼ぶ声に返事をしている暇はなかった。室内だという事実をあざ笑い、雲から無数の落雷が降り注いで来たのである。


 『我が真銘』。


 数多の雷光を銀閃でもって迎え撃つ。十重二十重の斬撃が雷を切り裂き、爆ぜた光が床を焦がす。 


 四辻に余波がいかないように注意しながら、両脚を踏みしめて構え、剣を振るい続ける。


 自然にはあり得ない、一点集中の落雷。


 これは想像以上に手荒い歓迎だな。


 全ての雷を叩き落とした後、俺たちの前には新たな厄災が姿を現していた。




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 一日遅れて申し訳ありません。

 少し体調を崩して倒れておりました。誕生日でした。フェスは負けました。

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