外伝
第426話 勇輔シフト
俺は勇者時代、あるいは大学生の時もそうかもしれないが、好きな人と結婚すれば幸せになれると信じていた。
だから一つ一つの恋に対して真摯というか盲目に向き合っていたと思う。その先には暖かな花畑のような幸福な日々が待っていると信じていたからだ。
そうして危うく忙しない毎日を駆け抜け、俺はそこに辿り着くことができた。
魔王と戦ったり、神様になった魔王と再戦したり、異世界の調停者になってしまったりと、思い出すだけで目が回るような日々だったが、それはまた別の物語である。気になる人は本編を読んでほしい。もう酒の入った会社の先輩並みに武勇伝
まあそんな話はさておき、問題はエンディングの後にあった。
結婚したらおしまい、ハッピーエンドちゃんちゃんなんて簡単な話ではないんだよ諸君。誰かと結婚すれば、幸福とお悩みはセット商品で配送されてくる。しかも
今から話すのはそう、結婚という幸福を強欲にも八人分手に入れてしまった俺の、ハッピーエンドの物語である。
◇ ◇ ◇
「皆さん、お集まりいただきありがとう。今日も月の終わりが来たということで、スケジュール調整をしたいと思います」
緋色の髪が燃えるように揺らめく女性──エリス・フィルン・セントライズは、俺が地球から持ってきたタブレットを片手に会議のスタートを告げた。
今日は毎月行っている山本家家族会議の日だ。ここでスケジュールを確認したり、連絡事項を伝えたりしている。
なんでまたそんな仰々しい会議が必要なのかと言うと、俺は八人も奥さんがいるのである。羨ましかろ? 大変だぞ。‥‥大変だぞ。
しかも八人とも住んでいる世界が違ったり、種族が違ったり、立場が違ったり、全員が集まる機会というのは、こうして作らないとなかなか出来ないのだ。
その割に、俺への説教の時にはきっちり八人集まるんですけど、どういうことですかね。
「まずはいつも通り勇輔シフトから確認しましょうか」
彼女がそう言うと、この会議に出席している皆がタブレットを開いて、締め切りギリギリで書かされた俺のスケジュールを確認した。
山本ファミリーは一人一台タブレットが支給されているおかげで、ここが剣と魔法の世界であるアステリスだと忘れそうになる。
それはそうと、勇輔シフトって呼び方そろそろやめない? なんか凄い手間のかかる人みたいじゃん。お世話されているのは事実なので、言い出しつづらいんだけど。
「勇輔の来月のお休みは現状で九日間。うち一日は級友と会うとのことなので、残りの日を分けましょうか」
「‥‥あの、ごめんなさい。私休日が被っている日が一日しかなくて」
そう言って手を上げたのは、濡羽色の髪をハーフアップにまとめた伊澄月子だ。アステリスで結婚の誓いはしたけど、地球では入籍していないので、苗字も変わっていない。
『あなたの隣に居られるのなら、形式にこだわるつもりはないわ』という格好良い一言で、この形に落ち着いている。
最近は職場で綾香さんの愚痴が止まらないとぼやいていた。あの人は未だに婚活難航中なのだ。シンドバッド以上に大変な冒険の旅、頑張ってください。
「それじゃあ、月子さんの希望日は決定でいいかしら?」
エリスの言葉に、皆が頷く。
「──」
ふと月子と目が合った。彼女は軽く微笑み、タブレットの上で指を滑らせる。
そういえば今度行きたい水族館があるって言ってたな。
「あー、私来月はいいわ」
「いいのメヴィア?」
「今月忙しかったからな。たまには一人でゆっくりさせてくれ」
西洋人形のような愛らしさで、小さな唇が出てくるのは少年のような言葉。
我らがアステリスでも治癒魔術なら右に出る者はいない。死者すら働かせると噂のメヴィアである。
確かに今月は忙しかったなあ。メヴィアが聖女として各国を訪問する行事があったのだが、俺もそれに付き添っていたのだ。
「そう、随分と楽しい旅だったみたいね?」
軽く言うエリスの言葉に、嫌味な感じは一切ない。どちらかというと、友人をからかうような響きがあった。
メヴィアは鼻を鳴らした。
「ぬかせ。そいつのせいで私は散々振り回されたんだぞ。何で巡礼の旅で竜種やら古代種やら戦う羽目になるんだよ」
だってさあ、それはさあ、すみませんごめんなさい。
メヴィアににらまれ、俺は肩をちぢこまらせる。初代聖女がいなくなり、各地の封印が緩んだ結果、いろいろなところで歪みが起きているのだ。
それを放置するわけにもいかず、行く先々でメヴィアを連れて魔物退治へと乗り出したのである。
聖女リィラこと、ぶっ壊れチートが封印していただけあって、とんでも強さな奴らばかりなんだよなあ。
一回目は上機嫌だったおかげですんなり付いて来てくれたメヴィアも、五回目ともなると俺を小突き回しながら歩いていた。
「‥‥新婚旅行だと思ったのに」
「なんて?」
「黙れ」
「はい」
黙ります。
「あ、私も月子さんと同じ日が空いてますね」
そう言って手をあげたのは、ほんわかぽやぽやが代名詞の聖女、リーシャである。
出会った頃はスタイル以外は少女といった雰囲気だったが、今は聖女としての仕事をより精力的にこなしているせいか、昔よりも大人っぽくなった。
スタイルの方も昔よりさらに暴力的になっている。マウンテンバイオレンスマウンテン。その谷間に隠された力は神秘をも上回る。
「‥‥私も」
寝てたのかと思う程に反応がなかったシャーラがぽつりと呟いた。
四英雄。あるいは冥府の花嫁‥‥いや、それは元か。今は元勇者の花嫁ってややこしい立場にいる奥さんである。
シャーラとの一日は他の皆とは大分違っていて、一日同じ部屋でボーっとしていたり、ひたすら剣の稽古をしたり、魔物討伐に行ったりしている。
一回冥界まで行って、冥神様に挨拶に行った時はマジで殺されるかと思った。あの人、シャーラのこと溺愛しているからなあ。
名実ともにアステリスの神となった冥神様は、昔よりも更に強大な力を持っていた。
あんなのに恨みのこもった視線を向けられたらもうブルブルである。
ユリアスレベルだぞ、あれ。
その後、カナミと陽向、ノワも同じ日が休みだということが話題に上がり、リーシャの一言が大きく舵を切った。
「じゃあ私、皆さんでディスティニーランドに行ってみたいです‼」
それは地球にある有名なテーマパーク。デートの定番。そこに行くこと自体に異はないのだが、問題はメンツである。
え、全員で行くの? 本当に?
一人連れて行くのでさえキャラクターたちより目立ちそうな人たちを八人?
ちょっとそれは調停者にも厳しいんじゃないですかね。
盛り上がる皆を前にそんなことを言い出せるはずもなく。八回尻に敷かれた俺の立場なんて、花紙くらいの薄さなのである。
奥さん一人にだって勝てないのに、それが八人。集まればその力は足し算ではなく掛け算。一たす一は二にも三にもなるんだよ! プリティキュアキュアパワーで無限大。
これがハーレムの実情だぞ。わびしいね。
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お久しぶりです秋道です。
夏休みが終わり、現実に絶望している人も多いこの頃、私自身もその一人です。
少しでもくすっとしてもらえれば幸いです。
続きはいつになることやら、気長にお待ちください。
新作『ホムラの契約者―魔法学園を炎一つで駆け上がる―』もよろしくお願いします。
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