第427話 クリスマスイブ
クーリスマスが今年もやーってくる。悲しかった、思い出も、消し去るよーにー。パジャマジャマジャ、パーリナイ!
イルミネーションを見ていると、そんな合ってんだか間違ってんだかも分からないクリスマスソングが頭を
間違いなくテレビで何百回と聞いているはずなのに、未だに正しい歌詞も題名も分からないんだよね、あれ。
「ユースケさん、楽しみですね!」
楽しくてウッキウキが止まらないと全身で表現しているリーシャが、隣でぴょんぴょんとジャンプしていた。
ケープと言うんだろうか、ポンチョのようなひらひらしたコートを羽織った姿は、まさに妖精。
可愛い。可愛いんだけど、胸元だけは可愛らしくないので、ジャンプは止めた方がいいと思うぞ。コートの上からでも揺れているのが分かるって、それどうなってんの? そこだけ物理法則超越してんじゃない?
「あー、楽しみだな」
「む、あんまり楽しみじゃなさそうですね」
「いや、そんなことはないんだけど」
たしかにリーシャの言いたいことは分かる。おそらくこの場で俺と同じテンションの人は少ないだろう。
どこを見ても
本日は十二月二十四日。世はまさしくクリスマス。
そんな幸と不幸が色濃くコントラストを描くこの日、幸せオーラがここまで満ち満ちている場所は、ここを置いて他にあるまい。
日本でも屈指のテーマパーク、『ディスティニーランド』。
いまいち原作を知らないネズミと動物たちが経営する遊園地だ。
元々はファミリー向けテーマパークだったが、昨今は物価高の影響を受けてか、カップルたちにターゲット層を移している印象がある。
CMもそんな感じだし。そろそろ「全部ディスティニーのせいだ」とか言い始めても違和感ない。
そんな影響もあってか、それともクリスマスイブだからか、見渡せど見渡せどカップルだらけ。あとは大学のサークルらしい男女集団や、女子グループ。意外と男子グループが多いのはびっくりだ。
大学の男連中でディスティニーランドなんて、考えただけで血反吐が出るが。
そんな人の多さに当てられたらしく、面食らったカナミが呟いた。
「‥‥すごい人ですわね。お祭りのようですわ」
「まあ、イベントの真っ只中だし、お祭りでそんなに間違いじゃないんじゃないか」
「それにしても、皇都中の人が集まっているようですわ」
そりゃ、人口密度が桁違いだからなあ。
そんなカナミは今日も今日とて髪を巻き巻きドリルしている。結婚してから巻きに気合が入っている気がする。
相も変わらず首に巻いてある黒いチョーカーには、今日は小さくジュエルが光っていた。
「ユースケ様も、人酔いはしていませんの? あまり得意ではないでしょう?」
「たしかに得意ではないけど、人酔いするほどではないかなあ」
「そのわりには顔色が優れませんわよ」
ああ、それね。理由としては単純明快だ。
「ねえ、あれ」
「すご、何かの撮影?」
「全員モデルじゃんみたいじゃん‥‥」
「男が一人だけいるけど、何あれ」
「動画配信者とか? 釣り合ってなさすぎだけど」
四方八方から聞こえてくる声の数々。
そう、俺はディスティニーランドが億劫なわけでも、クリスマスが嫌いなわけでもない。
視線が、痛いです‥‥。
今日は俺と嫁さん八人を連れてのディスティニーランドである。
リーシャ、月子、カナミ、陽向、ノワ、シャーラ、エリス、メヴィアと。
一人でも目立つこと間違いなしなメンバーが八人。そりゃ視線も刺さる刺さる。
もしも視線が矢だったら、俺は今頃ハリネズミ。
元々みんなで行こうとは言っていたが、予定の調整やらなんやらってやってたら、この日になってしまったのである。
主に俺の急な仕事がほとんどから、俺が悪いんですけどね、はい。
変装してもらうって方法も考えたが、エリスたちからの「え、でもアステリスほど目立たないわよね」という言葉で、それ以上何も言えなかった。
そりゃ、王女様や聖女様、アステリスでの注目度を考えたら、多少視線を向けられるくらい、何でもないですよね‥‥。
カシャカシャと音が聞こえたので、視線を向けるとスマホのカメラを構えている人が何人か見えた。
それは流石に良くないな。
一応一声かけるかと思ったら、カナミに袖を引かれた。
「大丈夫ですわ、ユースケ様」
「そうなのか?」
「記録媒体に残らないように、光学干渉の魔道具を発動させていますの。まともに撮影はできませんわ」
「へー、すご」
それ、肉眼には作用しないの?
ただカナミのおかげで余計なことを考えずに済む。
ふうと一息吐いていたら、右腕に重さを感じた。
「あまり暗い顔をしていては駄目ですよ。せっかくのデートなんですからね」
「ノワ‥‥。あんまりべったりするなよ」
「何故ですか。まさか今更恥ずかしいとでも?」
そう言うと、ノワは顔を俺の顔に近付ける。
寒い中で、温かい吐息が首元にかかった。
「――もう、あんなことまでしたのに?」
それは脳髄までドロドロに溶かしそうな甘い言葉だった。
流石は
しかし駄目なものは駄目である。
「いや、俺が怒られるからだ」
「‥‥そういうこと」
新たな人影が、ノワと俺を引きはがした。
「‥‥今日は、平等」
そう淡々と言うのは、シャーラだ。今日もいつも通り薄い黒のドレスを着て行こうとして、エリスにコートを着せられたらしい。
シャーラがもこもこのボアコートを着ているのは、妙に可愛らしかった。
「腕を抱くくらいは普通でしょう? それとも、万年箱入り娘のシャーラには刺激が強かったですかね」
「‥‥場所構わず発情しないだけ」
「常識のじょの字も知らないで、よく言えましたね」
それは本当にそう。
そもそも再会した時は、出会い頭にキスされた気がするけど、それをここで言っても
気配を消して退散!
そんなこんなをしているうちに、列が進んできた。今日は開場と同時に入るため、早めに来た。
まだ空は暗く、日の短さを感じる。
薄い白の陽光をぼんやりと眺めていた陽向が、俺に気付いたらしく振り返った。
「あれ、先輩。こっちに来たんですか?」
「後ろでトラブった。ノワが来たぞ、ちゃんと止めておいてくれ」
「あの、別に私ノワの保護者じゃないんですけど‥‥」
そりゃそうだ。
陽向はマフラーに顔をうずめて不満をあらわにした。どうしても二人セットで動いているイメージがあるんだよな。
「なんか、不思議な感じがしますね」
「何が?」
「先輩とディスティニーランドに来るなんて、なんだか普通のデートみたいじゃないですか」
「今までだって普通にデートしてきただろ」
結婚した後も、何度か二人で出かけてきた。あれか、実はから回ってた‥‥ってこと⁉
陽向は笑いながら言った。
「そうですね。ただアステリスでのデートが多かったじゃないですか。だから、何だかこういう場所でデートって、不思議な感じがするなって」
それはたしかに。
俺の仕事の都合上、アステリスにいなきゃいけないから、陽向にはアステリスに来てもらっていた。
「あれはあれで楽しかったですけどね。ずっと海外旅行、みたいで」
「俺も楽しかったよ。昔世界各国回ったはずなんだけど、観光気分で回ると、また違うな」
「私は、先輩の昔を知れて、嬉しかったですよ」
「そ、そうか‥‥」
そう真正面から言われると、照れるな。
ガシガシと頭をかいていると、陽向がはにかんだ。それが少し前の彼女よりずっと大人っぽくて、視線をそらしてしまった。
結婚してもかたくなに俺を先輩と呼ぶ彼女だが、いろんなものが、あの時から変わっている。それを実感せずにはいられない。
「あ、先輩、そろそろ入れるみたいですよ」
「ああ。楽しみだな」
いつの間にか、周囲の視線はあまり気にならなくなっていた。
入場ゲートが開くと同時に、ディスティニーランドでの一日が始まった。
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メリークリスマス!
ごめんなさい、間に合いませんでした。
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