第194話 休日何してますか? ちょっと付き合ってもらっていいですか?

 時は崇天祭開始から少しさかのぼり、九月中旬。


 加賀見綾香かがみあやかは新宿に来ていた。


 ところで綾香は、「休みの日何してるの?」という質問が嫌いだ。


 久しぶりに会った友人や、合コンで出会った男たちは皆口をそろえて聞いてくる。それが悪いとは思っていない。


 そりゃ相手の趣味を知れるし、話が広がるし、誰にだって使える万能の言葉だ。


 特に対魔官同士の合コンでは、結構核心を突く質問だったりする。対魔官になるような輩は、生活のほとんどを魔術に費やした灰色の人生を送っている。


 対魔官として尊敬できる人間が、私生活を見たら壊滅的というのはよく聞く話だ。


 ちなみに綾香の決まり文句は、


「料理の練習と、映画鑑賞ですね」


 家庭的なアピールをしつつ、更にはデートにも誘いやすい映画という趣味。なんとも完璧な返答だ。


 ちなみにその実態は、「久々の休日くらい花嫁修業しなさい! いつまで独り身でウダウダしているつもり!」と母親に無理矢理台所に立たされ、残った時間は映画配信サイトをサーフィンしながら酒を飲んでいるだけなのだが。


 同級生の友達はSNSに優雅なランチやデートの様子をバンバン上げているが、こっちは何を上げても沁霊写真化待ったなし。


 そもそも最近は休日もまともに休めてない。


 魔族やら神魔大戦やら、仕事はいくらでも降ってくる。


 しかし、しかしだ。


 綾香とて華の二十代。休みの日くらいはしっかり体と心を休めないと、仕事にも打ち込めないというもの。


 そう周囲に言われ、少し遅い夏休みに入ってから数日。こうして新宿に来ているのである。


 リーシャたちの誘拐騒ぎが終わり、彼らも二学期に入ったころだ。


 最近魔法のコインとかいう新しい問題が出てきたのに、自分だけが休んでいることに後ろめたさを感じながらも、おかげで大分人間性が戻ったと思う。


 まあ初めの三日間はひたすら寝ていたせいで、母親にキレられたが。


 実は新宿に来ること自体は珍しくない。人が多くいるこの場所は、必然的に怪異が生まれやすい。


 だが今日来た目的は、仕事ではなかった。


 南口の花屋の横で、彼女は綾香を待っていた。


「待たせたわね」


 声を掛けると、花を見ていた月子が顔を上げた。濡れ羽色の髪はハーフアップにまとめられ、首元では金のネックレスが光っている。


 駅を歩く人々から、一気に視線が集まるのが分かった。名前の通り夜が似合う彼女だが、昼間でもその姿は人目を引く。


「ごめんなさい、休日なのに呼び出して」

「いいわよ。たまには外に出ないと、家の中うるさいし」

「そう、相変わらず仲がいいわね」


 普通よ。そう言おうとして綾香は口をつぐんだ。月子の家庭環境を知っているから、それは軽々しく口にできる言葉ではなかった。

「それじゃあ、行きましょう。お店予約してあるから」


「はいはい」


 綾香は月子に連れられて歩き出した。勇輔とリーシャが行方不明になっている最中、綾香は今まで胸中に溜まっていたものを全て月子にぶちまけた。


 あれ以来話すこともないままだった。


 まさか月子の方から誘ってくるとは思わなかった。


 月子が向かったのは新宿御苑の近く。人気の少ない路地裏から階段を降り、その店に辿り着く。


 魔術に理解のある店主が営む、対魔官御用達の店だ。


 そう聞くと呪具を取り扱うような怪しい店に思えるが、内装は暖かな光に満ち溢れたカフェだ。


 席に着くと、ウェイトレスが注文を聞きに来る。ここに雇われる人は、過去に霊災に合った人や、霊感がある人がほとんどだ。


「アイスのジャスミンティーを」

「私はアイスコーヒーで」


 頼んでからほどなくして、二人の前に飲み物がやってきた。店内の照明を受けて、グラスがキラキラと光った。


 お互い無言で口をつける。


 月子は口数が多くないし、今は綾香も黙っているせいで、氷がぶつかる音だけがあった。


 そして数分、珍しく月子から口を開いた。

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