第193話 今日の教訓

 骨がミシミシと軋む音がする。こっちも本気で力を込めているのに、動かせる気配がない。なんとか倒れないので精一杯だ。


 そうだった、高校の時も驚いたんだ。地球でこれだけの力を持っている奴がいるのかって。


 あの時は帰還直後で身体も仕上がっていたし、後れを取ることもなかったが、


「おい、息上がってんじゃねーの?」

「そっちこそ、顔真っ赤だぞ」

「ぬかせ」


 グッ! とさらに総司は力を込めてきた。まだ強くなるのかよ、ふざけやがって。


「そう! そこよ金剛! 一気にぶちのめしなさい!」


 竜胆の応援が響く。


 周囲では負けなしだった俺を倒せそうということで、ボルテージはMAX。


「やれ! 勝てそうだぞ!」

「そうだそうだ! 好き放題しやがって!」

「いけるぞ赤髪の兄ちゃん!」


 ダメだ、これ以上は無理。


 まあここで負けても次のフェーズには問題なく進める。結構頑張ったほうだろ。


 限界を感じて力を抜こうとした瞬間、隣で声が聞こえた。


 周囲の野次とは違う、俺にだけ向けられた、たった一人の声が。


「ユースケさん、頑張って」


 それは控えめなリーシャの声だった。


「っらあ!」

「っ⁉」


 傾きかけていた腕を、元の位置まで戻す。総司が驚きに目を見開いた。


「おいおい、頑張りすぎなんじゃ、ないか?」

「自分でも、そう、思うなあ!」


 けどな、隣で応援してくれている女の子がいるんだぞ。


 そりゃ男として格好悪いところは見せられないだろ。


 集中しろ、もう余力はない。この一瞬で全力を超え、こいつをぶっ倒す。


 タイミングは刹那。


 そしてそれは総司も同じだった。俺を確実に叩き潰せる時を、虎視眈々こしたんたんと狙っている。


 長引けば俺が不利。


 周りの全ての人間が固唾かたずを飲んで見守る中、それは起きた。


「ふぇ、何やってるの?」


 松田の声が勝負の時だった。


 総司が反射的に、わずかに息を吸った。


 ここだ。


「っぁあああああああああ!」


 つま先から指先まで、全ての力を振り絞って腕を倒す。


 ほんの少し、腕が傾いただけで勝負は決した。


 一度決壊した流れは腕相撲では致命的。力を入れ辛くなった総司は、それでも挽回しようとするが、遅い。


 ダンッ‼ とその手がテーブルに叩きつけられた。


 同時に俺もそのままテーブルに突っ伏す。やばい、酸素が足りない、残らず吐き出したせいで死にそう。


「あー、くそ。また負けたか」

「へ、はは。俺の、勝ち‥‥」

「そんな死にそうな顔で言われてもなあ。いや、やっぱりムカつくわ」


 総司は赤髪をかきむしりながら、竜胆の方を向いた。


「悪い、負けちまった」

「べ、別にいいわよ! ただのお酒の遊びでしょ! ま、まあ頑張ったんじゃない?」


 最後の方は尻すぼみになっていた。竜胆が今どんな顔をしているかなんて、見なくても分かる。地球のツンデレはいいなあ、アステリスと違って魔術飛んでこないし。


「だ、大丈夫ですか?」

「おおリーシャ、勝ったぞ」

「見てました。やっぱりユースケさんは強いですね」

「いや、今回は俺じゃなくて」


 そこまで言って、口を閉じた。何を言おうとしてたんだ、俺は。


「? 俺じゃなくて?」

「別に、なんでもない」

「そこまで言われたら気になるのですけど」

「別に、あなたのおかげだなんて思ってないんだからね!」

「突然どうしたんですか‥‥。私は何もしてませんよ」


 リーシャの呆れた声。しまった、ついツンデレが伝染してしまった。


 そんな俺の上から、女性たちの声が聞こえた。


「それじゃ、次ね」

「まだまだ夜は長いわよー、私たちを酔い潰してくれるかしら?」


 あ、ダメなやつだこれ。


 そうしてそこから、片腕が使い物にならなくなった俺の、長い夜が始まるわけだが。結果は誰でも分かるだろう。


 女性の前で調子に乗ってはいけない。

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