第192話 伏兵

「え、流石に強すぎじゃない‥‥?」

「全然勝てないじゃん!」

「もう飲めないよー」


 ゲームが始まって三十分が経つ頃。俺の周りには興奮している男たちと、酔っぱらっている女性たちであふれていた。


 俺の力を知るリーシャがなんとも言えない目でソフトドリンクを飲み、袴田さんは得体のしれないものを見る目で一歩引いていた。


 いくら魔力強化をしていないといっても、長い間、循環式呼吸で鍛錬し、魔術に耐え続けた身体だ。根本的に肉体の質が違う。


 つっても、流石に連戦はきついな。腕が馬鹿になってきてる。


 盛り上がり的には最高だし、そろそろ次のフェーズに移ってもいいかな。


 そう思っていた時だった。


「じゃ、私も参加させてもらおうかしら」


 凛とした声が響いた。



 聞き慣れた声に顔を上げると、そこには意外な女性が立っていた。


竜胆りんどう? なんでこんなところに」


 そこにいたのは我らが文芸部の同級生、竜胆かたりだった。昼間の袴姿からはうってかわり、薄紅色のワンピースドレスを着ている。


 気の強そうな顔も相まって、とても似合っていた。ついでに仁王立ちもはまりすぎている。なんでドレスでそんな威圧感出せるんですかね。


「別に。私がここにいたっていいでしょ」

「そりゃそうだけど。参加するって、ゲームにか?」

「他に何があるのよ」


 確かに。


 まあ竜胆がここにいてもさほど不思議ではないか。お洒落とかめっちゃ気遣ってそうだし、諫早いさはや先輩と違って資産家の娘ってわけでもないし。


「でも誰がやるんだ? 一人みたいだけど」

「そこにいるじゃない」


 竜胆が顎でしゃくった先には、


「俺か?」


 一人我関せずと酒を飲んでいた総司がいた。こいつ、この乱痴気らんちき騒ぎの中でも普通に酒飲んでるってすごいな。ちなみに松田は女子にどかされて床で寝ていた。幸せそうな寝顔しやがって。


 竜胆は鼻を鳴らすと、頷いた。


「そうよ。あんた腕っぷし強いじゃない。頼むわ」

「もう少し頼み方ってものがあるだろ‥‥。俺にメリットは?」

「明日私がデートしてあげるわ」


 なにその報酬。女帝か?


 しかし傲岸不遜ごうがんふそんな態度で総司を見下ろす竜胆をよく見てみると、ヒールが小刻みに床をタップしていた。目もそわそわと踊っている。


 ははあん。


 まずいですよ会長、身近にとんでもない伏兵が潜んでやがりました。


 こんなテンプレートなツンデレとか今時珍しいな。平成初期からタイムスリップしてきちゃったのかしら。


 総司は立ち上がると、俺を見た。


「しょうがねえな。久々に真剣勝負といくか」

「おい、冗談だろ?」


 こっちはもう疲労困憊ですよ。ここから総司の相手は厳しいって。


 しかし向こうに待つつもりはないらしい。総司は俺の対面に座ると、肘をついた。


「丁度いいハンデだな。かわいそうだから片手でやってやるよ」

「お前が両手使ったら普通にやっても勝てねーよ」


 仕方ないな。


 俺も肘をついて総司の手を掴んだ。そういえば総司とこういう力比べって、最近はしてなかったな。高校の時は一回殴り合いしたこともあったっけ、懐かしい。


「いい、絶対勝ちなさいね!」

「当たり前だろ。やるからには勝つ」

「あの、酒の席の余興なんだけど‥‥」


 俺の言葉は華麗に無視された。


 総司の目が据わっている。ダメだ、こいつ完全にやる気だ。


「じゃ、じゃあレディ、GO!」




 グンッッ‼‼‼




 袴田さんの合図と共に、総司が力を込めた。腕が筋肉で膨れ上がり、手が砕かんばかりに握られる。


「っ――!」


 やっば、こいつマジで強い。

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