第36話 更に修羅場っていく
出来うる限り感情を押し殺そうとしていても、にじみ出る怒りが月子の声を震わせている。
正体を明かすならばともかく、そういうわけでもないのだから、一大学生の俺がここにいるのは明らかにおかしい。というか、なんで月子はそんなに怒ってんねん。
リーシャも月子の気迫にたじろぎながら、答える。
「あの、はじめに申しましたとおり、彼は私が行き倒れている時に助けて下さったんです。それから暫く同じ家に住まわせてもらっていたのですが、彼はどうやら私と魔力の相性がいいようで、共にいると魔力回復が早まるのです」
正直、隣で聞いていても苦しい説明だ。けど、正体を明かさない以上、俺とリーシャが一緒にいるためにはこういう理由をこじつけるしかなかった。だからこそ、ここに俺はいるのだ。
「そ、そういうことらしいぞ」
「‥‥」
ヤバい、月子の目から光が消えつつある。
悪いことをしたわけでもないのに、俺の首筋をピリピリした感覚が焼く。これは、強敵と相まみえた時の感覚だ。一つ言葉を選び間違えれば――ヤられる。
加賀見さんはそんな月子の様子を横目に見ながら、控えめに言う。
「あの、事情は分かったわ。確かに人同士の接触で魔力回復が加速されるっていう論もなくはないし‥‥その上で、これからもそちらの勇輔君と住みたいんだっけ?」
「はい、魔力の回復は神魔大戦では一、二を争う優先事項ですから。幸い、ユースケさんも協力してくださると言っていますし――」
「却下」
リーシャの言葉を遮って、月子が言い切った。
あの、なんで君は一切俺から視線を逸らさないんですかね。そろそろ俺の眉間に穴が空くぞ。
流石に月子の目に余る態度に、加賀見さんが口を開く。
「ちょっと、月子」
「却下よ。なんの力も持たない勇輔がこんな危険な戦いに首を突っ込んでいいはずがない。リーシャさん、あなたは対魔特戦で用意する部屋で過ごした方が危険も少ないはず」
上司のはずの加賀見さんの言葉にも耳を貸さず、月子は頑とした口調で言う。
「ですが、魔力回復の面から‥‥」
「あなたもさっき、戦いの勝敗はこの世界の人には関係ないと言ったはずです。だったら、勇輔も巻き込むべきじゃない」
「それは‥‥そうですが‥‥」
マズイ、リーシャが押し負ける。仕方ない、ここは俺も加勢するとしよう。
「待て、月子。この話は俺も」
「勇輔は黙ってて」
「はい、すいません」
頑張れリーシャ、今の頼みは君だけだ。俺じゃ月子には勝てない。
「そもそも、どうして勇輔が魔術のことまで知っているの。いい、どう思っているかは知らないけど、私たちの世界は戦う力のない者が、不用意に首を突っ込んでいいものじゃないの」
「はい‥‥」
そうです、その通りです。
だからもうやめて、その冷たい目で俺のことを見ないで。心にくる。
俺の思いも虚しく、月子の説教は熱を帯びる。
「人を助けるのもいいかもしれないけど、それで自分の身を危険に晒すなんて本末転倒だわ。馬鹿なことはやめて、今までのことは全て忘れなさい」
それは――、
「すまん、それは出来ない」
「は? 何を言って」
虚をつかれたような顔をする月子に、俺はなんとか言葉を絞り出す。
「たしかに月子の言う通りだとは思うけど、自分が出来るかどうかで動くのを決めるようになったら、終わりだと思う」
「っ‥‥!」
月子の言っていることは正論だ。誰かを助けるために自分が危うくなっては意味がない。でも、出来るか出来ないかで決めていたら、何一つ為せないままだ。
すると、月子の白い顔が真っ赤に染まる。
そして、
「なら勝手にすれば!!」
ダン! と月子は机を叩いて立ち上がると、バッグを引っ掴み、こちらを見ようともせずに喫茶店から出て行く。出る最中にサッと自分の料金だけ置いていくあたりは彼女らしい。
にしても、結局怒らせちまったな‥‥。流石に俺でも、月子が俺の身を案じていたことは分かった。
折角距離を戻せるチャンスだと思ったのに、人生とはままならないものだ。
月子の背を追っていた俺は、加賀見さんの咳払いに視線を戻した。
「あー、えーと、ごめんなさいね。あの子にも色々あるのよ」
「いや、大丈夫です。俺が同じ立場でも止めたでしょうし」
「そう言ってもらえるとありがたいわね。‥‥それで、山本勇輔君」
「はい」
加賀見さんは改めて真剣な目で俺を見つめた。そこにはやはり俺の身を案じる真摯な光が見える。リーシャの時といい、本当に優しい人だ。
「あなたは、本当にいいの? 月子も言っていたけど、命の危険があることよ」
「はい、もう決めたことですから。もしそれで死んだら、それは自分の責任です」
「自分の責任だろうと、あなたが死んで悲しむ人がいることを忘れてない?」
‥‥この人、命を賭けるってことをよく知っている。
自分の命をどう使おうと、それは自分の勝手だろうが、人の命は決してその人だけのものじゃない。そのことを思い知るのは、残された側に立った時だけだ。
「それでもです。俺の家族は、自分の意思を貫いて死ぬなら許してくれると思います」
「‥‥随分、確信をもった言い方ね」
「知っているんじゃないですか? 俺は少しの間ですが行方不明になっていた時期があります。家族は全員、その時に一度覚悟していますから」
「そうね‥‥ごめんなさい、確かに知っているわ。案外、あなたが今回の戦いに巻き込まれたのも、そういった縁があるからなのかもしれないわね」
「っていうことは」
加賀見さんは仕方ないという風に笑った。
「私の方であなたたちのことは何とかするわ。一緒に住んでいてもおかしくない状況と、リーシャさんを大学に行かせられるようにすればいいのよね」
「いいんですか?」
「どっちにしろ、月子もいるから大学に行ってもらうのは都合がいいしね。魔力回復の話も、私たちとしてはあの魔族とかいう輩よりもあなたたちに勝ってもらった方がありがたいわ。サポートも任せなさい、街の人たちに絶対被害は出させないわ」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
俺に続いて、リーシャも頭を下げた。
これで今回の目的は達成だ。
大分俺にダメージが入ったが、何とかいい結果に収まることが出来た。いや本当、払った代償は相当大きかったけどね!
そんなこんな過程を経て、俺たち異世界組と対魔特戦部による変則的な協力体制が出来上がったのである。
未だ次なる戦いの予兆は見えていない。だがしかし、俺たちが準備を整えているように、着実に戦禍の足音は近づいてきていた。
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