第37話 松田式神論ナンパ術
「ご趣味は、なんでしょうか」
「え、えーと、歌と舞‥‥踊りでしょうか」
「ほほう、踊り! それはいいですねえ。ところでリーシャさんはカーリーという女神を知っていますか?」
「‥‥すいません、勉強不足なもので」
「いえいえとんでもないですよ。カーリーは暴虐ながら偉大な女神でして、その逸話の中には夫のシヴァ神の上で踊り狂ったというものがあるんです」
「はぁ‥‥」
「どうでしょう、これも勉強だと思ってカーリーの偉業をなぞってみるというのは。ああ、安心してください。シヴァ神の役目は僭越ながらこの松田が――」
「そろそろインド人にキレられるぞ、この馬鹿」
ゴン! と暴走し始めていた松田の頭を総司が後ろからど突いた。
「いったぁ! 何するんだ総司! 今僕は神聖な文化交流をだなあ!」
「日本でヒンドゥー教の文化交流をしてどうすんだよ。正直なだけが取り柄なんだから、言いたいことがあるならハッキリ言え」
「リーシャさんに踏んでもらいたいんだ! 邪魔するな!」
「松田、正直に言えば全てが許されるわけじゃねーんだぞ?」
「うおぉぉぉ、話が違うぅぅうう!」
おお、総司のアイアンクローが松田の身体を持ち上げてる。いくら細身とはいえ、大の男を片手で吊り上げるとか、あいつどんな筋力してんだ。
そんな二人を苦笑いで見つめるリーシャ。流石の聖女も松田は手に余るか。
「あの、止めなくてよかったんですか、先輩」
そんなことを思っていたら、隣に座る陽向が話しかけてきた。
横を見れば、そこには明るい茶髪のセミロングをハーフアップにした今時女子大生がいる。アーモンド形の瞳に、どこか小悪魔チックな愛らしさをもつ顔立ち。細かな女子らしい仕草も相まって、自分の可愛らしさをよく知っている少女だ。
名前を
ちなみに今男を吊り上げている赤髪の男が
「いやな、ちょっと思ったんだけど」
「なんですか?」
「リーシャみたいな純白の人間は、純粋な変態に会った時どういう対応を取るのかと」
「‥‥先輩、サイテーなんですけど」
え、気にならない? あの性善説が服着て歩いているようなリーシャが、生まれながらに変態という業を背負った人間を相手にした時、どんな反応するのかって。
正直、松田のアプローチが特殊過ぎて見入ってたってのもあるけど。
なんだよ女神カーリーって。
踏んでもらうまでの口説き文句が斜め上過ぎるだろ。いや、踏んでもらうための王道な口説き文句がどんなもんかは知らんけど。
ちなみに結論としては、見かねた人が割って入る、だった。
まあ客観的に見て、成人男性がJKに「僕の上で踊ってくれ!」って言ってるわけだからな。総司が割って入らなかったら公的権力による介入が必要になるところだ。
そんないつもの面子が居るのは、崇城大学のカフェテリアだ。
文芸部で晴れ晴れしい登場を果たしたリーシャを伴って、俺たちはなんとか文芸部員たちの追及を逃れながらここまで逃げてきたのである。
今も周囲からの視線はザクザクだ。留学生自体は珍しくもないが、リーシャは人間離れした美少女。見られるのも無理はない。
にしたってすごいな。普段なら昼食時以外は大して混みもしないカフェテリアが満席状態だ。
驚きを通り越して感心しながら周囲を見ていると、片ひじをついてパックの野菜ジュースを飲む陽向が言った。
「それにしても、リーシャさんが正式に留学生として認められるなんて思ってませんでした。先輩が学校と交渉したんですか?」
「俺にそんな力があるわけないだろ。ちょっとしたコネみたいなもんだよ」
正確には公的権力からの圧力である。頼んでおいてなんだが、対魔特戦部すげー。
「へー、コネって本当にあるんですねえ」
「陽向、コネの力は偉大だぞ。コネがあれば人生はたいてい何とかなる」
「嫌な持論ですね‥‥」
実際に見てきたからな、しょうがない。
アステリスで俺が在籍していたセントライズ王国なんかは、親のコネで騎士になった人間のための騎士団があった程だ。
彼らは彼らで戦闘面はからっきしだったが、その分民衆の前に立つパフォーマンスや諸外国との交流といった場面で活躍していた。
いや、基本的には選民思想のろくでもない連中ばっかりだったけど。中には定期的に飲み交わすくらいには仲良くなった奴もいる。ちなみに未成年でも異世界での飲酒なら罪にはならない。
「あの、ユースケさん」
あいつ元気にやってるかなーと考えていたら、いつの間にかすぐ近くまでリーシャが来ていた。少し困ったような目で俺を見ている。
あれ、松田と総司はどうしたんだ。
「どうかしたか?」
「いえ、こちらの世界ではああいったコミュニケーションの取り方が一般的なのでしょうか?」
「ああいったコミュニケーション?」
リーシャの聞いているコミュニケーションとは、たぶんアイアンクローからコブラツイストに移行した松田と総司のことだろう。
彼らが一般的かと問われると、少なくとも松田が居る時点で普通の枠には収めてはいけない。普通の人に失礼だからね!
「リーシャ、あの二人は大分特殊だから、一般人と一緒にしてはいけないぞ」
「そうだったのですか? 神殿でも市井の男性は殴り合って親交を温めると聞いたことがあるので、同じようなものかと思っていたんですが」
「え、何その限定的過ぎる状況」
女神聖教会の教育が、まるで昭和ヤンキー漫画のノリだ。教えている人からして、既に世間知らずな匂いがする。それでいいのか、女神聖教会。
ん、陽向、難しい顔してどうしたんだ?
「神殿‥‥?」
あっ。
リーシャも自分の失言に気付いたらしく、口に手を当てて「しまった!」という顔をしている。純粋培養の聖女は隠し事に向かない。
普通に生活している限りでは、神殿なんて単語はそうそう出てこないもんな。
ここは、なんとか口八丁で乗り切るしかないな。仮にも文芸部所属の底力を見せてやる。
「陽向、神殿じゃないぞ。それは聞き間違いだ。今リーシャは『シーテン』って言ったんだ。リーシャの母国にある、まあ学校みたいなもんだな」
「へー、なるほど。そういうことだったんですか」
よし、これでなんとか――。
「あれ、そういえばリーシャちゃんの母国ってアメリカじゃなかったでしたっけ? それだと普通にスクールなんじゃ」
なってないな、うん。
考えろ、考えるんだ、俺。これくらいの難所、幾つも乗り越えてきたじゃないか‥‥!
「あ、アメリカでも相当な田舎らしいし、スラングと一緒だろ」
「あー、確かに広いですもんね、アメリカ」
ふむふむとうなずく陽向に、俺は内心胸をなでおろす。陽向が英語出来ない系短歌女子で助かった。
改めて考えてみたら、シーテンってなんだよ。たぶんどこ行っても学校はスクールだわ。
とりあえず、なんとかなったからよしとしよう。普段の会話から気を付けるようにリーシャにも言っておかないとな。
そう決意した時、再び俺を呼ぶ声がした。
「そうだ! 勇輔勇輔!」
今度はお前か、松田。
というかどうして君はコブラツイストをがっつり極められた状態でそんな平然と話せるわけ? 大分痛そうだけど。
「勇輔、今日暇じゃない?」
「まあ、暇っちゃあ暇だけど」
今のところ次の魔族が現れる気配はないし。家に帰って筋トレと街のパトロールでもやろうかと思っていたくらいだ。
すると松田はニッコリと笑った。コブラツイストをかけられたまま。
「じゃあ、リーシャさんの歓迎会しようよ!」
‥‥ほう、歓迎会とな? それは悪くない提案だな。
そう思ったのは俺だけではなかったらしく、コブラツイストをかけた状態のまま、総司が意外そうに言った。
「お、松田にしては珍しくいいこと言うな」
「たしかに、松田さんにしては、本当に珍しくいいこと言いますね」
陽向に褒めてんだか貶してんだか分からない言葉をかけられた松田は、気持ち悪い笑みを浮かべた。コブラツイストをかけられたまま。いや、そろそろ総司もほどいてやれよ。
「もう、照れるなあ陽向ちゃん」
「‥‥うわ、気持ち悪」
「陽向、気持ち悪いのは同感だが、女子にあるまじき顔になってるぞ」
普段から可愛さを作ることに余念のない陽向が、ドン引きの呟きと共に、とても表現できない顔になっていた。あえて言うのであれば、まるで苦虫を噛み潰して青汁で飲み込んだような表情だ。
ようやく松田を解放した総司が、そんな陽向を見て苦笑いを浮かべながら言った。
「松田がいつも通りなのはともかく、歓迎会ってのはマジでいいな。最近、あんまりうまい酒も飲めてなかったし」
「‥‥そいつはすまんかったな」
「え、なんの話ですか?」
「なんでもねーよ」
俺の反応に笑っている総司とは、数日前に飲みにいったばかりだ。俺は月子にフラれたことを延々愚痴っていたので、そのことを言っているんだろう。
ただ総司の言う通り、あれはあまり楽しい飲みじゃなかったな。正直飲み過ぎたせいで、途中からの記憶が曖昧だし。その後のことが衝撃的過ぎて、忘れたってのもあるけど。
その衝撃的事件の当事者であるリーシャは、キョトンとした顔をしていた。
「歓迎会‥‥ですか?」
首を傾げるリーシャに、答えたのは総司だ。
「ああ、折角文芸部に入ってくれることになったんだし。気持ちばかりのな。今夜、場所は笑楽でいいだろ」
「総司さん、メンバーはどうしますか? 下手にグループチャットで呼びかけたら凄い人数来そうですけど」
「えー、そんなに人数は多くなくていいんじゃないかな。僕がリーシャさんと話せなくなるし」
「理由はともかく、松田の言う通り人数はこれくらいで十分だろ。リーシャさんもたくさん居たら大変だしな」
仕切り役が二人も居るお陰で、サクサクと飲み会の予定が決まっていく。松田? あいつはただの茶々入れ要員で、俺は参加勢だ。こういう時、陽向と総司の二人は滅茶苦茶手際がいい。
これがリア充と非リア充の間にある超えられない壁というやつか。
「あ、あの、ユースケさん」
「ん? どしたリーシャ」
もしかして居酒屋は嫌か? 聖女的にはお洒落なバーとかレストランじゃなきゃダメとか? いや、陽向じゃあるまいし、そもそも清貧をよしとするのが教会の教えだから、それはないか。
しかし、俺の考えはまるで的外れだった。
「その、いいのでしょうか。私は歓迎をしてもらえるようなことは何一つしていないどころか、迷惑をかけているのに」
「はい?」
何言ってんだ、君は。
「キャッ! ユースケさん!?」
俺はリーシャの金色に輝く頭に手を置くと、乱暴にこねくり回す。リーシャの髪は、まるで最上級のシルクのような感触で、それが指の間からすりぬける感覚が心地いい。気を抜くとずっと触っていてしまいそうな魔性の頭だ。聖女は、あらゆる面でスペシャル。
「気にするな、って言っても気にするだろうから言っとくけど、俺もあいつらも、皆自分に正直な連中ばっかりだ。嫌ならわざわざ歓迎会を開こうなんて言わないんだよ。あいつらがやりたいって言うんだから、お願いします位の気持ちでいればいい」
「そういうものでしょうか」
「そういうもんだ。何かをしてもらった時は、いずれ何かで返せばいい。そうやって世の中は回ってんだから」
リーシャは「ふむ‥‥」と難しい顔で俺の言葉を吟味している。
俺の知る聖女もそうだが、基本的に彼女たちは施すことを自らの存在理由《レーゾンデートル》だと思っている節がある。
そういう風に育てられ、生きてきたのだから、対等の立場から何かをしてもらうという経験がほとんどないのだ。
リーシャも、この神魔大戦を無事に乗り切ればアステリスに帰ることになる。
そうなれば、また同じ生活に戻ることになるはずだ。顔も知らない誰かのために舞い、歌い、祈りを捧げる生活に。
俺は人の生き方をどうこう言える立場ではないが、それでも経験して選ぶことと、その道しか知らないのには大きな違いある。
それなら、せめてここに居る時くらいは、当たり前の少女のような楽しみがあってもいいんじゃないだろうか。
「あ、勇輔がリーシャさんにセクハラしてる!」
「は!?」
「先輩‥‥それはちょっと‥‥」
「勇輔、女子高生はヤバいぞ」
「おい待てこら。人をロリコンにするな」
ああ、もう! いい話で終わらせてくれないなあ!
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