前職、勇者やってました。ー王女にも彼女にも振られた元勇者、魔族と戦ってほしいと聖女に請われる。仕方ない、文系大学生の力を見せてやる。ー
第315話 結婚適齢期の女性に不用意に優しくしちゃダメって習わなかったの?
第315話 結婚適齢期の女性に不用意に優しくしちゃダメって習わなかったの?
◇ ◇ ◇
「ヒトガタですか?」
「ええ、そうよ。いくつかデータがあるから、見せてあげる」
月子が怪異と戦いに行った翌日、加賀見さんは家に来てある動画を見せてくれた。
俺はタブレットを受け取って、隣にいるリーシャにも見えるように動画を再生した。
そこに映っていたのは、影を無理矢理実体化させたような、黒いシルエット。
なんだこれ。
「これがヒトガタ?」
「ええ、私が戦ったのはゴリラみたいな形だったわね」
隣に座った月子が頷く。
よく見てみると、一体一体のディテールが違うらしく、戦闘スタイルも違っていた。
「どうかしら、勇輔君から見て」
「魔族かどうかって話ですよね。それなら違うと思います」
月子が戦っていた場所が近かったので、実は俺も魔力による感知はしていた。少なくとも、魔族とは魔力の質が違う。
「だよな、カナミ」
「ええ、
「でも、ただ自然発生した怪異って感じもしないよな」
「そうですわね‥‥。申し訳ありませんわ、『シャイカの眼』で追おうとはしたのですが、術者がいるようには見えませんでしたわ」
カナミの言葉に、首のチョーカーが不満を漏らすように震えた。
現在カナミと契約しているタリムは、過去にカナミの目に一杯食わされている。
加賀見さんは腕を組んで難しい顔をした。
「だったら何なのかしらね。明らかに怪異としては異常なのよ」
「こういう怪異が出たことはないんですか?」
「ないわね~。怪異ってほとんど発生理由がはっきりしてるんだけど、こいつに関してはそれも分からないし」
はーん。
だとしたら魔術師だろうな。
しかもそのレベルの実力となると、
シキンや櫛名の存在を見ても、
これだけ大きく動いてくるってことは、何か目的があるはずだ。
櫛名はシャーラを確保しようとした。次に考えられるのは、同じ『鍵』であるリーシャやユネアの奪還か。
あるいは、陽向をそうしたように、俺を排除するために動き始めたか。
実際にヒトガタと戦ってみれば、分かることもあるか?
そんなことを考えていた時だった。
「よお、邪魔するぞ」
そんな声とともに、家に一人の男が入ってきた。
黒い毛皮のコートを着た、浅黒い肌の美青年だ。歩くたびに、手足につけられた金環がシャランシャランと軽やかな音を立てた。
コウガルゥ・エフィトーナ。俺と一緒に魔王を倒した仲間の一人だ。
この間ふらりと現れたかと思えば、またふらりと消えていた自由人である。この男は野生の獣のようなものだ。思い通りに動くと思ってはいけない。
慌てて新しいお茶を用意しに行くカナミを見送りながら、俺は声をかけた。
「久しぶりだな。今までどこ行ってたんだよ」
「なんで男にそんなこと聞かれなきゃいけないんだよ。‥‥お」
コウは悪びれもせずに答えると、困惑した顔で座る加賀見さんに目を向けた。
あ、これはよくないな。
俺がそう思うよりも早く、コウは猫のようにしなやかな動きで加賀見さんに近寄った。
「俺はコウガルゥ。お前、名前は?」
「え、え‥‥と、加賀見綾香ですけど」
「ほぅ、音の連なりが美しいな」
コウはそう言いながら顔を寄せ、加賀見さんの目を見つめる。異国情緒あふれるコウの瞳は、覗き込でいるうちに引き込まれるような魅力がある。
そうやって、たった一分で落ちる女性を何人も見てきた。
「おいこら、人の恩人に粉かけようとするのやめろ」
「ああ? 別になんもやってねーよ」
「無自覚だとしたら余計ムカつくわ」
見ろ、加賀見さんの顔がポーッと赤くなってるだろうが。その人はいろいろと苦労しているんだから、コロッといっちゃうぞ。責任取れんのか。
俺が冷たい目で見ていると、コウは仕方ないとばかりに加賀見さんから離れた。
「はっ、ご、ごめんなさい。あなたが勇輔君の言っていたコウさんね」
「なんだ、知ってたのか。そうだ、俺がコウガルゥ・エフィトーナだ」
コウは偉そうに頷く。こいつは誰に対してもこういう態度なので、ここに目くじらを立てても仕方ない。
「というか、本当にどこ行ってたんだよお前は。こっちはこっちで大変だったんだぞ」
「あ? 大変って何が──」
コウはそう言いながら部屋を見渡し、見慣れない人物がいるのに気付いたらしい。
「ど、どうも」
「なんだ? また女増やしたのか?」
陽向を見てコウは笑みを浮かべた。
「お、女‥‥⁉ 先輩の! そうですけど!」
「いや違いますけど」
何を嬉しそうに頷いてるんだよ。その話はまだステイだ。結論が出ていない以上、俺と陽向はまだそういう関係ではない。
というか答えを求められているのか‥‥? もしかして今の俺ってコウを笑えないくらいドクズ?
思わず陽向の方を見ると、陽向は首を傾げて恥ずかしそうにはにかんだ。
可愛いなおい。
「勇輔‥‥」
「ユースケさん‥‥」
「はっ」
両隣からの冷たい視線に、俺は慌てて気持ちを切り替えた。
今はそんなことを考えている場合ではない。
「なんだ、本当に女増やしたのかよ。戦いの最中によくやるな」
「誤解だし、お前にだけは言われたくない」
「いくらなんでも、この状況で戦士でもねー女を巻き込んだりはしねーよ」
コウはそう言って顔を上げ、そこで目を細めた。
陽向の違和感に気づいたらしい。
「お前──」
「ようやく気づきましたか? 狂獣も、案外鈍いのですね」
陽向はほんの数秒の間に、姿を変えていた。ノワが
「‥‥『
「さあ、細かな理屈は私にも分かりませんが、今はこの少女と体を共にさせていただいてるんです」
「チッ、この間感知した魔力はお前のか。まさかとは思ったが」
コウが呟いた。
「お前、やっぱりノワのこと気づいてたのか。どうして助けに来なかったんだよ」
実は不思議に思ってたんだ。
コウの魔力感知は広い。陽向が捕まっていた時、ノーリアクションだったのはコウらしくない。
コウはその場に腰を下ろすと、ゆっくり息を吐いた。
「こっちはこっちで面倒な奴に絡まれてたんだ」
「面倒な奴?」
「『
「何?」
思わぬ名前に、俺は一瞬何を言われているのか分からなかった。
『
昔は眉唾だろうと思っていたが、シキンもそんな感じだったしな。
俺は
「殺してなかったのか」
「お前と一緒にするな。確かにこの手で殺した」
「だったら別人じゃないのか?」
「俺が見間違えるはずないだろ」
それもそうか。
ラルカンの例があるし、殺したつもりでも生きてたってのは、戦場だとままある話だ。
しかしコウはその手のことで失敗したことがない。
自然と共に生きる彼の国では、一つの油断や甘さがすぐさま命取りになる。
隣でリーシャが「せらてぃえ‥‥」と呟き、カナミが耳打ちしていた。うちのの聖女様は箱入りすぎる。
「まあどうして
「いや、戦ってねーよ。向こうにその気がなかった」
「じゃあ何しに出てきたんだよ‥‥」
「俺が知るか」
コウは吐き捨てるように言った。
神魔大戦関係だと思うけど、
「問題はそこじゃねーんだよ」
「何か話したのか?」
「ああ、あいつは神魔大戦に参加してないとぬかしたんだよ」
「は?」
余計に意味が分からない。それ以外で魔族がここにいる理由はないはずだ。
コウは納得いかないという顔で、その時の状況を説明した。
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お久しぶりです。秋道通です。
気付けば季節も廻り、8月がやってまいりました。
毎年のことながら、折角の夏休みですから、夏休み特別(地獄)企画、「毎日投稿」を頑張りたいと思います。
更新が途切れた時は、優しく見守っていただければ幸いです。
今後も『前職、勇者やってました』をよろしくお願いいたします。
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