第314話 最強の対魔官

     ◇   ◇   ◇




 それは月子たちの下にヒトガタが現れたのと同日の夜。


 別の地区でも同様にヒトガタが出現していた。


 しかし姿かたちは月子たちが戦っていたものとは大きく異なる。巨大な翼を生やし、空に浮かぶその姿は、吸血鬼か悪魔かというものだった。


 ヒトガタを祓うために数人の対魔官が集まったが、歯が立たなかった。


 とにかく素早く、まともに攻撃を当てることができない。


 ヒトガタは対魔官をもてあそぶように、小さな傷を付けて体力を削っていく。


 そこに一人の男がふらりと現れた。くすんだ灰色の髪に、竜の刺繍が入ったスーツを着た、長身痩躯の男だ。


 ヒトガタはそれを一瞥すると、次の瞬間には男の隣に移動していた。


 そして爪で胴を横薙ぎにしようとする。


 同時に男の身体がかすんだ。


 交錯こうさくは刹那。


 ヒトガタが爪を振るう途中で動きを止め、そのままバラバラのサイコロになって崩れ落ちていった。その事実にヒトガタが気付いた時、男を中心に、複雑な切り傷が地面に刻まれた。


 男――第一位階対魔官、土御門晴凛つちみかどせいりんはそれを冷たい目で見下ろした。


 その肩には、細長い小動物が乗っている。イタチだ。


 土御門はイタチの顎をくすぐりながら、ヒトガタが消えていく様子を見守り、呟いた。


「今度は何をするつもりだ、新世界トライオーダー


 ヒトガタの正体は分からない。しかし土御門はそれが魔術師、新世界トライオーダーによるものだと予想していた。


 だが、それの意味が分からなかった。


 ヒトガタは確かに強いが、土御門からすれば片手間に対処できる程度の相手だ。


 対魔官の数を減らそうとしているわけでもなさそうだ。


 考えられるとすれば、何らかのデータを集めようとしている。


 嫌な予感がする。


 新世界トライオーダーはこれまでも様々な場面で暗躍してきた。しかし、基本的に社会を大きく動かすようなことはしてこなかった。


 それが、こうして魔術を大々的に悪用し、社会に影響を与えようとしている。


 これまでの組織としての在り方を壊してでも、成し遂げようとしていることがある。


 できればこうなるまでに、もう少し組織の中枢まで潜り込みたかったが、仕方ない。はじめから警戒されていたのだろう。


 とにかく今土御門ができることは、信頼できる対魔官たちを増やしながら、怪しい連中を牽制けんせいすること。


 対魔特戦の上の連中には、新世界トライオーダーの所属員が多くいる。そういった輩に、山本勇輔たちが邪魔されることだけは避けたい。


 シキンとの戦いを見て分かった。


 新世界トライオーダーに対抗できる人間は、山本勇輔とその仲間たちだけだ。


 二度と櫛名命のような失敗は起こさない。


「‥‥」


 土御門は肩に乗っていたイタチを元の場所に帰しながら、次なる現場に向かって歩き始めた。


 新世界トライオーダーがある限り、魔術師は真の意味で自由にはなれない。


 しかし敵が動くというのであれば、それは同時にチャンスでもある。巨大すぎて実体を捉えられなかった新世界トライオーダーを倒せるのは、この瞬間だけなのだから。

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