第313話 繊細なる轟雷
◇ ◇ ◇
月子は足元の槍から雷撃を流し、ヒトガタを焼き続けた。
月子が三条支部からの連絡を受けたのは、五分前のことだった。
綾香と是澤が戦いに出たが、不安の収まらなかった職員が独断で月子に連絡したのだ。
それが結果的に功を奏した。
「間に合った」
月子は是澤に抱かれた綾香を見て、呟いた。
あと一歩遅かったら、どうなっていたか分からない。
ヒトガタという怪異が最近現れていることは知っていたが、綾香と是澤の二人がかりでも倒せないとは、相当強力な怪異だ。
しかし、そんなことは関係ない。
「許さない――」
魔力が鳴動し、バチバチと金の火花が弾けた。
月子はついさっきまで勇輔との訓練をしていたところだった。何度目になるか、未だ攻撃は掠りもしない。魔力も体力も限界までふりしぼり、倒れるように眠っていた。
そこに連絡が来たのだ。
本当なら立つこともできない疲労の中、月子は自然と立ち上がり、金雷槍だけを手に家を出ていた。
どうしてか勇輔たちに助けを求めるという選択肢はなかった。
魔力は完全に回復はしていない。身体は重く、力もまともに入らない。
だが頭だけが明瞭だった。熱を放つ全身に対し、脳の奥深くが冷たく回っている。
循環式呼吸を続けながら、考える。
――必要のない魔力は使わない。
シャーラや勇輔との訓練、そして伊澄
魔術は魔力を込めれば強くなるというわけではない。
シャーラも勇輔も莫大な魔力を持っているが、訓練の時はそれで押し潰してくるわけではない。
純粋な剣技の実力もそうだが、何より魔力の使い方が違う。
これまで月子は、魔力は魔術を使うためのエネルギーだと思っていたし、それは間違いではないだろう。
だが、それだけではない。
制御不可能だと思われた魔力は、その実、水にも、糸にも、剣にも変化する万能の存在だった。
そしてそれを意識的に操作するだけで、これまで当たり前に使っていた魔術は、別物へと変化する。
ヒトガタが雷に焼かれながら、槍を掴もうと両手を伸ばした。
月子は槍を引き抜き、飛び退く。
それなりに雷を流し込んだはずだが、ヒトガタにダメージは見られなかった。内部から焼いたところで、あまり関係はないらしい。
「月‥‥子‥‥」
「是澤さん、綾香を連れて逃げてください。これは私がもらいます」
「分かりました。申し訳ありません」
「いえ、綾香を守ってくれてありがとうございます」
月子は金雷槍を回し、カンッと地面を突いた。甲高い音は、相手は自分だとでも言わんばかりに響く。
ヒトガタはそれに応えたのか、あるいはただ一番近くにいたからか、鋭く踏み込みながら殴りかかってきた。
月子はそれを足だけで避ける。髪をさらう風圧だけで、その拳がどれほどの破壊力を持っているのか知れた。
ヒトガタはアスファルトに
しかし当たらない。拳は虚しく大気をかき混ぜるだけで、月子には傷一つつけられなかった。
その理由は、彼女が展開している電磁波にある。
微弱に放出され続ける電磁波は、ヒトガタの全ての動きを月子に知らせてくれる。予備動作を捉えるだけで、次にどういう攻撃が来るのか、簡単に予想できた。
もう少し奇想天外な動きをしてくるかと思ったが、どうやら人の形を取っているだけあって、そこから大きく変わることはないらしい。
攻撃が大振りで、シャーラや月子に比べれば愚鈍。こんなもの、当たるはずがない。
だが、ヒトガタにはまだ分からない点が多い。見せていないだけで、まだ奥の手を隠し持っている可能性もある。
崩して、吐かせる。
月子は攻撃を避けると同時に、腕に槍を這わせて回した。
直後、ヒトガタの巨体が嘘のように回転し、地面に叩きつけられた。
ヒトガタはのろのろと起き上がると、再び殴りかかってきた。
それを投げる。
投げる。
投げる。
地面にいくつもの亀裂を作りながら、月子はヒトガタを投げ飛ばし続けた。
いくら身体強化をしていようとも、月子の筋力でヒトガタを投げるのは本来無理がある。
答えは、彼女が編み出した新しい魔術、『双極』にあった。
自身や対象にS極とN極の磁極を付与する術式である。
それを用いてヒトガタの身体を反発させ、バランスを崩して投げているのだ。
何度投げただろうか、いくら繰り返しても、ヒトガタの行動に変化は見られない。
奥の手など持っていないのか、それとも投げられているだけでは危険だと判断されないのか。
(まるでロボットね。人の意識も、怪異の執着も感じられない)
これ以上はやっても無駄だと判断した月子は、ヒトガタを地面ではなく上に向かって投げた。
ぐるぐると回りながら手足をばたつかせるヒトガタに対し、月子は静かに魔力を燃やす。
金の雷が槍の穂先へと走り、月よりも
「
いささか季節外れだが、今日のような暗い夜にはこの技がよく似合う。
落ちてくるヒトガタに、月子は槍を突き上げた。
「
雷光が弾け、何百という炸裂音が重なり響いた。
圧縮した雷を解放する単純な魔術だが、その威力は鍛錬により底上げされている。
金雷に貫かれたヒトガタの身体は、ボロボロに崩れながら落ちてくる。
月子は針を一本取り出すと、ヒトガタが落ちてくる場所に投げた。
そして、ヒトガタが地面に墜落する。このままでは、まだ再生するだろう。
「招雷――」
月子の言葉に合わせて、針が金色の光を帯びた。
「『
星花火によって散った電撃と、月子の手から放たれた金雷が、一瞬にして針へと走った。
全ての景色が真っ白に塗りつぶされるほどの光。
周囲の電撃を瞬時に一点に集める『
その威力を示すように、ヒトガタはほとんど消し飛び、黒い塊が地面に落ちていた。
月子は油断せず塊を見ていたが、それはほどなくして崩れていった。
どうやら再生にも限界はあるらしい。
月子はヒトガタの残骸から魔力の流れを
「‥‥」
金雷槍を解体して収納しながら、月子は小さく息を吐いた。
確かに強くなっているという実感と共に、得体の知れない悪寒を感じて、月子はヒトガタが完全にいなくなるまで見続けた。
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