第316話 戦いの本質

 コウガルゥは流転セラティエの交渉に乗った。地面についた棍を片手で軽く握り、魔力は内でたぎっている。


 その気になれば、一瞬で殴り殺せる間合いだ。


「我、一つだけ質問に、返答」

「分かったよ」


 コウガルゥは考えた。


 聞きたことは山ほどある。今ここで聞くべきことは何か。


 悩んだ末に、コウガルゥは質問を決めた。


「お前がさっき言った、神魔大戦がないってのはどういうことだ」


 今回の戦いの前提。絶対に崩れてはならない原則。


 それが神魔大戦という舞台だ。


 確かに今までの神魔大戦とは違う面も多いが、この戦いは神魔大戦なのである。そうでなければ、コウガルゥたちは、今、なんのためにここにいるというのだ。


 流転セラティエの顔は、頭巾によって見えない。


 変わらない平坦な声が答えを返した。


「返答。すなわち、そちらの言う神魔大戦とは、女神と魔神による契約。エーテルの優先権を賭けた戦争」

「馬鹿にしてんのか。んなことは分かってる」

「この戦いは、それとは本質的に異なる」

「どういうことだ」

「この戦いの目的は、それではない・・・・・


 コウガルゥは棍を地面に打ち付けた。


 地面が波打ち、近くの木々が根ごと隆起した。


 肉食獣のような鋭い視線が、流転セラティエの喉元に食らいついた。


「だったらその目的を答えろよ――」


 口約束なぞ知ったことか。


 こちらが納得しないかぎり、いつでも武力行使に打って出る。


 お行儀のよい試合をしているのではないのだ。命を乗せた戦争に、理不尽だの卑怯だのと、くだらない戯言を並べる方がおかしい。


 しかし流転セラティエもまた歴戦の戦士だ。


 コウガルゥの殺気を受けながら、一切動揺することなく立っている。


 一触即発。


「質問には、答えた」

「見解の相違だなぁ。俺にはとっちゃ答えた内に入らねーよ」

「これ以上は、不要」

「なんだと?」


 コウガルゥが目を細める。


「すぐに、分かる」

「そういう煙に巻くような言い様、面白くねえな」


 やはり叩き潰して情報をしぼり取る。そちらの方が、よほど手っ取り早い。


 魔術を発動しようとした時、コウガルゥは妙な魔力を感知した。


 複数の魔力が入り乱れ、その中に一際強力な魔力を感じた。


 その隙は致命的だった。意識を戻した時、流転セラティエは消えていた。


「チッ」


 面倒な相手を逃した。


 妙な魔力に関しては、勇輔の方が近い。放っておいても何とかするだろう。それよりも、今は流転セラティエの言葉の方が重要だった。


 この戦いは、神魔大戦ではない。


 それを信じるにも、検証するにも、情報が少ない。


 すぐに分かるという言葉も小骨のように引っかかった。


 こういう時、やるべきことは単純だ。


 コウはその場から跳びあがると、暗く染まり始めた空の中で、周囲を見回した。そして空を蹴り、情報を集めるために街を駆けた。




     ◇   ◇   ◇



 

 コウの話を聞き終わった後に感じたのは、妙な納得感だった。


「驚かないのか?」

「正直、これまでの神魔大戦と比べておかしな点は多かったしな。神魔大戦じゃない、っていうのは完全には納得できないけど、異質のものだっていう感覚はあったぞ」


 この間皆にも話したけど、今回の神魔大戦は不可解だ。


 まず『鍵』の存在。これは不在である勇者と魔王の代わりだと思えば、納得はできる。


 しかし『守護者』はおかしい。守護者がいることではなく、選定の基準が曖昧だ。


 更に言えば、新世界トライオーダーの存在。


 シキンは言っていた。


 この神魔大戦において、あるじは悲願を成就しようとしていると。


 コウの聞いてきたことが本当であれば、これらの事象に納得がいってしまう。


「でも、そうすると疑問があるんだよな」

「あん?」

「俺は見てないけど、神魔大戦を主導してるのは、間違いなく神様なんだろ?」


 そう、そこなんだ。


 カナミもシャーラも、リーシャも、この世界に来た者たちは、皆異世界を渡る際に、神性とも呼ぶべき異質の力を感じているらしい。


 コウもそれに頷いた。


「そうだな。神か、神に近い何かは確実に絡んでる」

「だったらやっぱり女神様か魔神は関わってそうだよなあ」

「そうともかぎらないだろ」

「なんでだよ」


 普通に考えてそうなるだろ。


 コウはもったいぶった口調で言った。


新世界トライオーダーとやらか、あるいは別のものか。こちらの世界の神が関わってる可能性があるだろ」


「‥‥は?」


 何言ってんだ、こいつは。


 そう思い、リーシャやカナミを見ると、なるほど、という顔で頷いていた。


 待て待て。


「あのな、こっちの世界はアステリスと違って神様なんていないんだよ」

「――なに?」

「え、そうなんですか⁉」


 コウたちが驚きの声を上げるが、そんなに驚くことか?


「神がいないって言うと語弊があるけど、正確には女神様や魔神みたいな、明確な力を持った存在はいないぞ。どちらかというと、信仰対象としての、概念みたいな感じ」


 俺が無宗教だっていうのもあると思うけど、ガチで神様の奇跡を見ました! みたいな人の方がまれだろう。


 宗教を否定しているわけではないが、アステリスのそれとは明らかに違う。


 それを説明すると、コウは顔をしかめた。


「俺が言うのもなんだが、この世界はどうなってるんだ? 魔術もない、神もいない世界なんて、おとぎ話でも聞いたことないぞ」

「わ、私は昔教会で、そんなお話を聞いたことがありますよ! 不思議なお話だなあと思ってました!」

「いや、別にフォローしなくていいけど‥‥」


 リーシャの虚しい言葉を聞き流しながら、俺は地球の方々に話を振ることにした。


「ねえ、加賀見さん。神様なんていないですよね」


「いるわよ」


「そうですよね。ほら、聞いた――はい?」

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