第257話 長寿の意味

    ◇   ◇   ◇




『彼はこころざしを失った生ける屍。――ふるき世の死にぞこないだ』


 四辻はそう言った。


 どういうことだ?


「『生ける屍って、あれがゾンビだとでも言うつもりか?』」


 まさか俺は気付かない間にバイオハザードの世界に入り込んでしまっていたのか。それとも死霊術師ネクロマンサーみたいなやつがシキンを操っているとか?


 いや、それはないな。


 何かに操られているとしたら、魔力のつながりがあるはずだが、シキンにその気配はない。


『ゾンビってわけじゃないよ。間違いなく彼は千年間を生きている。言ったろう、死にぞこないだって』

「『それは矛盾しているだろ』」


 屍なのに、死にぞこない。悪いけど、こんな状態でとんちなんてやっていられないぞ。


『ごめんごめん。しかばねってのは言葉の綾だね。でも君たちの基準で言えば、彼は死んでいるようなものなんだ』

「『‥‥結論を教えてくれ。あまり時間はない』」


 血を流しすぎたせいで、頭が回ってないんだよ。


 大体なんだ、君たちの基準って。恐らくアステリスの人間のことを言ってるんだろうけど、死の基準なんて異世界だってさして変わりはない。


『シキンの魔術は僕たちの基準で考えても常軌を逸している。可能性があるとすれば、人ならざるものか、あるいは違うことわりで動いているかのどちらかだ』

「『つまり?』」

『あの魔術は地球の魔術じゃない。君たちと同じ、異世界の魔術体系だ』


 四辻はそう言い切った。


 確かに、これだけの理不尽な力。アステリスの魔術であれば考えられない話じゃない。


 しかしそこには違和感があるのだ。


「『奴からは沁霊――魂の気配を感じない。アステリスの魔術師であれだけの力が使えれば、必ずあるはずのものだ』」


 俺の反論にも、四辻は冷静に答えた。


『それはそうだろうね。むしろそうでなければ困る。彼が今使っている魔術は異世界のものだけど、そのベースが違うんだ。シキンの思想の根底は、道教における仙道せんどうだ』

「『仙道‥‥仙人になるものか?』」

『そう、それで間違ってない。君が言った通り、命を積み重ねる術はないかもしれなけれど、仙道には命を永くする術があるんだ』


 なるほど。そういうことならシキンが長命なのも納得がいく。それでどうして死にぞこないなんだ? むしろ成功しているだろ。


『けれど、そこで一つ問題が出てくる。仙道は長寿になることも可能だし、読心術や肉体の変化といった神通力じんつうりきが使えるようになるとも言われている。でもね、あんな馬鹿げた力は持っていないはずなんだ。『無窮錬』は完全に仙道から外れてる』

「『確か、孫悟空も仙人の一人だと聞いたことがあるが』」


 仙人というと、どの創作でもたいてい強いイメージはある。しかし四辻はすぐにそれを否定した。


『あれはフィクションだよ。そもそも斉天大聖は人間ですらないしね。仙道における長寿は、決して強くなるためのものじゃないんだ。そもそも、長生きすることが目標ですらない』

「『どういうことだ?』」


『仙道における長寿は、『くうの悟り』へと至るための手段なんだ』


 ‥‥ちょっと待ってくれ。

 とにかく頭が回ってない、というか普段でもよく分からない言葉が出てきた。


 『空の悟り』ってなんだよ。


 あまり専門用語を連発されても分からん。説明は誰が聞いても分かりやすくって教わらなかったのかな。


 そんな俺の不満を感じ取ったのかは知らないが、四辻は慌てて付け足した。


『簡単に言うと、『空の悟り』は死の恐怖から逃れ、超次元世界へ進むことだよ。死は救いではなく、苦しみそのもの。そこから逃れるためには、生死を超越した空の悟りの境界へ至らなければならない。その修行のために、長寿になる必要があったんだよ』

「『‥‥』」


 あーなんとなく言いたいことは分かってきた。


 つまりあいつは『空の悟り』に至るために、長寿になったと。


「『奴は、仙道を修めた上で『無窮錬』に目覚めたと?』」


『それはあり得ない』


 四辻は強い言葉でそう断じた。


 なんでだよ。


『勇輔、君が聞いてくれたんだ。シキンの目的は主の助けとなること。既に『空の悟り』へ至ることが目的じゃなくなってる。千年を生き永らえる理外りがいの術。目的を変えて維持できるほど、簡単なものじゃない』


「『だが奴はそれを両立している』」


 できるできないという話ではなく、現実として目の前にあるのだ。


 どんな理不尽であろうと、それを認めない限り先には進めない。


『そこが重要なんだ』


 彼女は確信を持った口調で言った。


『空の悟りへ至るための仙道。全ての修練を己の力とする『無窮錬』。両立されることのない二つを両立する方法こそがシキンの強さであり、弱点になる――はず』


 最後だけ頼りないな。


 しかしまあ、言いたいことは分かった。


「『それで、俺は何をしたらいい?』」


『え、信じてくれるの?』


 何を言ってるんだ。


 打開策があるから話をしてくれたんだろう。


「『はじめに俺が頼んだことだ』」

『でも、予想がほとんどだし、何の意味もないかもしれないんだよ?』

「『そうなった時はそうなった時だ。試してみないことには始まらない』」

『‥‥そう、かもしれないけど』


 四辻が言いよどんだのは、俺がシキンに打ち負けているからだろう。俺を信用してこの依頼をしてくれたというのに、そこに不安を持たせてしまった。


 情けない話だ。


 俺はバスタードソードを構え直し、余裕の顔でこちらを見ているシキンを見た。


「『安心しろ。俺はもう負けない。もし四辻の作戦が失敗に終わったとしても、土御門からの依頼は必ず果たす』」


 だから、信じて欲しい。


『‥‥分かったよ。それなら、私がシキンに近づく隙を作ってほしい』

「『分かった』」


 俺は四辻の言葉にうなずいた。近づいて何をするのか、その結果何が起こるのか、俺が聞いても仕方ない。


 可能性があるというのなら、それに賭けてみるのも悪くないだろう。


「話は終わったのか?」

「『待たせて悪かったな』」


 シキンがそうか、と言いながら身体を伸ばした。


 こちらが何かの作戦を立てていることくらい、分かっていたはずだ。


 それを止めようともしないのは、修練のためか。単に止める必要を感じなかったのか。


 俺は魔力を回し、膝に力を溜めた。


 さあ、反撃と行こう。

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