第184話 商談を始めよう

 それから男たちはリーシャにボコボコにされ続けた。凄まじい役を連発するということで、見物人も増え、もはやお祭り状態。初めの一時間という約束はどこへやら、途中から参加メンバーも変わり、日をまたいだ後も続いた。


 えんもたけなわ。寄り合い居酒屋を出た後、大活躍のリーシャが不安そうに口を開いた。


「あの、ユースケさん。本当にあれでよかったのですか?」

「ん? ああ、あれでいいんだよ。最初からあのために行ったからな」

「でも、魔法のコインが」

「大丈夫大丈夫」


 とりあえず今のところは予定通りだ。一時間後に会おうと約束していた松田と総司はさっぱり見当たらないが、些事だから放っておこうと思う。


 あとは二日、何とか頑張ろう。途中で脚を止めた。


「リーシャ、ちょっとそこの自販機のところで待っててくれ」

「どうしてですか?」

「野暮用だよ。好きな物飲んでていいぞ」


 財布を渡し、俺はその場を離れた。身体強化をかけ、静かに速く目的の場所へと向かう。


 そこは街灯の明かりもない、講義棟の暗がりだった。


「あら、あなた。もしかしてこっち側の人?」


 そこには一人の女性が立っていた。大人のお姉さんといった風体で、銀座や六本木を闊歩していそうな雰囲気がある。


「こっち側ってのが何を言っているのか分からないですけど、さっきからずっと見られたみたいなので、お話があるのかなと」


 そう、実はポーカーをやっている間から、この人は俺たちをずっと見ていた。


「いいわね、そういう女性の視線に敏感な人って、私は好きよ」

「そりゃどうも」


 どんな人でも、好きって言われるとドキッとしちゃう。


 でもなあ、その言い方、ハニートラップやら娼婦の人やらから何百回と聞いたんだよ。


「単刀直入に聞くけど、あなたもこれが目当てか?」


 俺が魔法のコインを懐から取り出すと、女性はふっと笑みを浮かべた。


「そうね。随分派手にやっている人がいたから、気になって見に来たのよ」

「やっぱり売人でしたか」

「ええ。私以外にもたくさんいるでしょうけど。あんまりああいう派手なやり方は控えた方がいいわ。対魔官たちも目を光らせているみたいだし、お互い仕事がし辛くなるのはよくないでしょう?」

「嫌だと言ったら?」

「別にどうもしないわ。ただ邪魔だと思ったら――」


 女性はそこで言葉を区切った。魔力が何らかの形を成そうとする。やはり魔術師。


 この間の男に比べれば、魔術の腕も、戦闘経験も圧倒的に上だ。こういう相手の方が、話が速い。


 魔術が発動する瞬間、俺も地を蹴った。


「――!」


 指先に触れる柔らかな肉の感触。

 女性の驚きが体の硬直となって、伝わってきた。


 俺はこう見えて紳士だから、いきなり顔面を殴りつけるなんて真似はしない。背後に回り、軽く喉を締め、腕の一本を抑えたのだ。


 しかし、女性はやはり腕利きだったらしい。次の手を打っていた。


 あらかじめ仕掛けられていた魔術が発動し、夜のとばりから漆黒の矢が幾つも飛んできた。女性の身体を避けるように、確実にこちらの急所を狙ってくる。


 周到だな。


 俺が避けた隙を狙って、態勢を立て直そってわけか。


 しゃらくさい。


「『砕けろ』」


 翡翠の火花が口元で散り、言霊ことだまが全ての矢を打ち砕いた。


 黒が夜に溶ける中、流石に二の矢はなかったらしい。


「‥‥っは、あなた、一体、何者?」


 女性は余裕を取り繕いながら、掠れた声を出した。


「俺が何者か、どう判断してもらってもいいですよ」

「そう言われても、気になるわね」


 いくら気になろうと、この人はそれを追及できない。場数を踏んでいるからこそ、俺との差に気付いてしまった。


 今自分の命が握られていることを理解している。


「大丈夫ですよ。俺はあなたの敵じゃない」

「それを証明することは?」

「商談をしましょう。互いに利益が出るように。そちらの方が、得だと思いませんか?」


 喉と手首の血管を通して、女性の思考がフル回転しているのが伝わってくる。


 分かるよ、俺も普段はこんな交渉事しないから、緊張感はマックスだ。


「‥‥いいわ。始めましょう」

「ありがとうございます」


 俺は女性を解放した。さてさて、ここまでも何とかいい感じに進んだが、まだまだ油断はできない。


 どこで見てるのかも分からない黒幕気取りの三流が。物語はそうそう都合よく進まないってことを教えてやるよ。


 あいつらならもっと上手く運ぶだろう。一流の交渉を、俺は間近で見続けた。


 エリスとリストを思い出し、俺は気合を入れて女性の眼を見た。

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