第183話 反撃
ゲームが始まり、軽いジャブとばかりに四〇〇のチップで進んでいく。
男たちは突然現れた魔法のコインとリーシャに戸惑っているらしく、あまり大きくチップを掛けようとしない。
よし、少し場を動かそうか。
「リーシャ、前を見たまま喋らず聞いてくれ」
「⁉」
ぴくん、とリーシャの肩が跳ねた。他の男たちが反応する気配はない。くくく、これぞ勇者が誇る秘技の一つ、どこでも秘密話。
声は空気の振動、指向性を持たせれば特定の相手にだけ届けることさえも可能なのだ。ちなみに短い距離でしか使えないし、手練れには普通に聞かれるという悲しみを背負っている。
世の女の子たちよ、これを習得すれば周りに気付かれず、誰とでも内緒話が可能だぞ。目の前で女子二人がコショコショ話し始めると、傷つくからやめてほしいです。
そんなことはどうでもいい。
「自分の手番が回ってきたら、俺が言う通りに言ってくれ」
「は、はい」
だから喋るなというに。
幸いにも男たちは気付かなかったようだ。
四〇〇チップのままリーシャに番が回ってきた。
「れ、レイズ」
リーシャがそう言って八〇〇のチップを出した。男たちの表情が露骨に強張る。そりゃ明らかに素人の女の子がチップを釣り上げてきたのだから、警戒するだろう。
普通なら手に自信がなければ、乗ってこない。
しかしここでリーシャの力が発揮される。
「‥‥」
何かダメなことをしてしまったかと不安な瞳をする少女を前に、男たちの選択は一つだけだった。
「コール」
「コール」
「コール」
缶の確認をすることも忘れ、三人ともチップを前に出した。
分かる、気持ちは分かるぞ諸君。こんな可愛い子を前にして、
そうして全員の手札が公開されることになった。
「九のワンペア」
「四のワンペア」
「五のワンペア」
おお、珍しい。全員が役を作ってたのか。そりゃ乗ってくるのも頷ける。
だがな、今お前たちが相手にしている人間が誰か知ってるか?
「あの、私よく分からないんですけど、こんな感じです」
リーシャがそう言いながら手札を表にした。
瞬間、固まる男たち。
二枚の札は、十とキング。場には九、ジャック、クイーンのカードが並んでいる。
それはつまり――、
「す、ストレート‥‥」
「すごいな」
中々見ることのない役に、男たちは口々にリーシャを褒めたたえた。
そう、時として強い役が出るのは珍しくない。負けも八〇〇だ。まだまだどうとでもなる。
そう思ってるなら、甘すぎるぞ。
「あの、レイズです」
「レイズでお願いします」
「レイズです」
フラッシュ、ストレート、フォーカード。
それからもリーシャはレイズを口にし続け、その全ての戦いを圧倒的な役で叩き潰した。
男たちの顔から笑みは消え、フォールドが相次ぎ、強制参加料がリーシャの手元に集まってくる。
気付けば彼女の前にはチップの山がうず高く積まれていた。
「い、イカサマじゃないのか‥‥?」
男の一人が呟き、俺や周囲の男たちを見た。だがそれはあり得ない話だ。きょとんとしているリーシャにそれが出来そうには見えないし、カードを配っているのはディーラーになった人間。俺もリーシャからは一歩離れた位置に座っていて、手出しは不可能。
何度か全てのカードを確認もしたようだが、そんなことをしても痕跡は出てこない。
当たり前だ、そんなことはしてないのだから。
「どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもない!」
リーシャの心配そうな声に男がたじろいだ。きっと彼の眼にはリーシャが恐ろしい何かに見えているんだろう。
あながち間違いじゃない。
何故ならこの事態を引き起こしているのは、リーシャのリアルラック――つまりは持ち前の幸運なのだから。
それからゲームは進み、珍しく大量のチップがかかった大勝負が訪れた。
「ははは! 俺はフラッシュだ!」
最後までフォールドせずに残っていた男が、狂ったように笑いながら手札を公開した。フラッシュもそうそう出る役じゃない。これならワンチャンスと思ったんだろう。
実際この手で戦いにいけなきゃ、このゲームでは勝てない。
しかし、相手が悪すぎた。
「あの、私はこんな感じです」
男の笑みが凍り付いた。
同じ絵柄、カードは十からエースの連番。
誰かが震える声で言った。
「ろ、ろろロイヤルストレートフラッシュ‥‥」
凍っていた男がちゃぶ台に崩れ落ちた。
ポーカーが心理戦だと言ったな。あれは嘘だ。
「え、え、大丈夫ですか⁉」
圧倒的に運のいい奴が勝つ、究極の運ゲー。
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