第45話 交渉事はポーカーフェイスが基本っていう素人の浅知恵
勇者をやっていた頃、俺は鎧姿が常だったから、怖がられることは多かった。
威圧感もあるし、戦場帰りには雰囲気が殺伐としているから、それはしょうがないことだと思う。
でもさ、流石に初対面の女の子に気絶されたことはないぞ。
結局、突然現れた守護者の人が倒れた後は、皆に「リーシャの保護者の人だから!」と強引な説明で押し通し、俺が守護者の人をおぶって家まで帰って来た。
月子からの「説明しろ」という視線が痛かったが、俺自身分からないことだらけなんだから、勘弁してほしい。
むしろ初対面の女子に気絶された俺のメンタルケアをしてほしいくらいだ。
それにしても、守護者の人との会話を総司達に聞かれたのはマズかった。意味深な言葉の羅列だから意味は分からないだろうが、俺と守護者の人が見るからに初対面っていうのは、設定上よろしくない。
というわけで、この人は『日本のアニメ文化が大好き過ぎて、ついつい台詞を真似しちゃう中二病患者』ということにしておいた。幸いにも服装からしてコスプレっぽいし、皆は「ああ、そういう‥‥」という顔で納得してくれた。
本当に申し訳ないとは思っている。
断じて、いきなり喧嘩を吹っかけられそうになった仕返しとかではないぞ。
「して、こいつが本当にリーシャの守護者ってことでいいのか?」
俺はベッドに放り投げた少女を見ながら、その介抱をしているリーシャに聞いた。
聞いたはいいものの、このゴシックドレスといい、先程の魔力といい、アステリスの人間なのは間違いない。
「はい、この方こそ私の守護者、カナミさんです」
「カナミ‥‥か、聞いたことないな」
「それはまあ、アステリスの方ですから」
「お、おう。そうだな」
リーシャに不思議な顔で言われ、慌てて頷く。
にしてもカナミ、カナミねえ。
神魔大戦に呼ばれるくらいの英雄となると、大体は覚えていたつもりだが、カナミという名前に心当たりはない。
戦後に現れた英雄か、あるいはジルザック・ルイードのように戦時は出会わなかった英雄か。
どちらにせよ、あの魔力と殺気だ。弱いってことはあるまい。
だからこそ気になるのは、
「なんで気絶したんだろうな」
「そうですね、今までこんなことはなかったんですが」
そりゃそうだろうな、突発的に気絶する守護者なんてなんの役にも立たない。
ってことはやっぱり、このカナミさんが気絶したのは左眼で発動した魔術のせいってことになるが。
「何か、大きな病気とかでなければいいんですが‥‥」
「そうだな‥‥」
神魔大戦に選ばれる英雄が、そうそう病気になんてなるとは思えないけど。
「とりあえず、カナミさんが起きるのを待たなきゃいけないし、話し合いは明日にするか」
「そうですね、今まで何をしていたのかも聞きたいですし」
とりあえず、今日はもう休もう。
カナミさんの登場でうやむやになってるけど、ついさっきまで飲み会だったし、俺潰れかけだったし。魔力のせいでほとんど酔いは吹っ飛んだが、精神的な疲労が取れたわけではない。
さ、寝よ寝よ。
そう思い、俺はシャワーを浴びるために立ち上がり、そこで動きを止めた。
「‥‥お気遣いには及びませんわ」
そう、声が聞こえたからだ。
どうやら、今日はまだ終わってくれないらしい。
顔を上げれば、そこでは上体を起こしたカナミさんが濃紺の瞳に怪しい光を湛えて俺を見ていた。
「カナミさん! よかった、目が覚めたんですね」
「‥‥場所を、変えましょうか」
心配するリーシャの声を無視して、カナミさんは俺だけを見つめて言う。いや、そんな心配してるんだから反応位してあげろよ。そんなに俺が危険に見えるか。
そんな俺の思いが通じたのか、声をかけて来るリーシャをカナミは煩わしそうに見つめ、そっと掌をリーシャの顔に当てた。魔力が彼女の意思に沿って流れ、魔術が発動する。
え。
「『
「カナミ‥‥さん‥‥?」
「もうあなたは寝る時間ですわよ、リーシャ」
呆然とする俺の前で、崩れ落ちるリーシャの身体をカナミさんが抱き留めた。穏やかな寝息だけが、静まり返った部屋の中に響き渡る。
今のはアステリスでも汎用的に使われる魔術だ。ご家庭でお母さんが子供を寝かしつけるのに使うレベルだと言えば、その強さが分かるだろう。
それにしたって、英雄が使う魔術に気を抜いていたリーシャが抗えるわけもない。普段のシスター服を着てれば話は別だっただろうが。
え、本当になにしてんの。
完全に寝落ちしたリーシャを優しくベッドに横たえる姿からは、敵意は感じられない。
そうして振り返ったカナミさんは、まるで戦地に
「少し、外に出ましょうか」
美女からの誘いに、俺は首を縦に振るしかなかった。
生温い夜風に吹かれながら、俺とカナミさんが向かったのは二十四時間営業のファミレスだった。ゴシックドレスに美麗な顔立ちをしたカナミさんが、最高に似合わない場所であるが、この夜更けに話をするというなら、ここ程便利な場所もない。
「ドリンクバーを二つ」
そう頼むカナミさんは、現代社会に手慣れている様子だった。どこぞの箱入り聖女とはえらい違いである。
さて、飲み物くらいは俺が取ってこよう。
「何飲むんですか?」
「敬語はいりませんわ。私はホットコーヒーを」
「畏まりました」
つい敬語で返すと、キッ! と鋭い目で睨まれた。美人のその顔怖い。
にしても見た目的に紅茶飲みそうなのに、コーヒーなんだな、と至極どうでもいい考えが頭をよぎる。
俺は、あったかい緑茶かな。酒を飲みまくったせいでジュースという気分でもない。
緑茶とコーヒーを手に戻ると、物憂げに窓の外を見つめるカナミさんが目に入った。まったく、リーシャといい月子といい、カナミさんといい、何てことのない仕草が絵になる女性陣である。ここ、ファミレスだぞ。知ってた?
「はい、コーヒー」
「ありがとうございますわ」
一応砂糖とミルクも持ってきたんだが、どうやら必要なかったらしい。カナミさんはすまし顔でコーヒーを飲み、冷たい目で俺を見てきた。
それに対し、俺も目に力を込めて見返す。
さて、今回の交渉の目指すべき場所は、俺の協力に是と言わせることだ。つまり、俺のことを信用させる必要がある。
そのために、どんなカードを斬る必要があるのか、慎重に考えるんだ。相手は百戦錬磨の英雄、そう簡単に心を許してくれるはずがない。
たとえどんなことがあっても冷静に、狼狽える姿を見せてはならない。
「まず、一つ聞かせてもらっていいかしら?」
先に口を開いたのは、またしてもカナミさんだった。
一体何を聞いてくる? 俺の正体か、はたまたリーシャとの関係性か。
俺は余裕を示すために悠然と脚を組み、緑茶を飲みながら頷く。
俺とて勇者として幾度もの死線を潜ってきたんだ、そう簡単にこの平静を崩せると思うな――、
「一体いつからこの神魔大戦に参加していたのでございますか? ――
思いっきり緑茶を噴き出した。
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