第46話 合縁奇縁
カナミは無言で俺の噴き出した緑茶をおしぼりで吹いてくれている。
いや、待て待て待て。
「その、勇者ってのはなんの話だ? 俺はたまたまご先祖様がアステリス出身の一般的学生だぞ」
「これだけ動揺してからそれを言っても、厳しいのではありませんの?」
ごもっともなことで。
向うはどうやら俺が勇者だと確信しているようだし、これ以上しらを切るのは厳しいか。まあリーシャにバレなければまだいい。
俺は両手を挙げて降参した。
「たしかに俺はあんたの言う勇者で間違いない。‥‥どっかで会ったことあったか?」
俺が勇者だと分かるということは、アステリスに居た頃に会ったことがあるってことだろう。
しかし、これだけ特徴のある女性、一度会えば忘れないと思うんだが。
「‥‥やはり、覚えてはおられませんか」
カナミはそう言って少し目を伏せた。
「やっぱり会ったことがあるんだな」
「はい、ランテナス要塞攻防戦と言えば、覚えがありますでしょうか」
「‥‥」
ランテナス要塞攻防戦。その言葉に俺は少なからず驚愕した。アステリスの人間から聞く言葉としては変なものじゃないが、地球でそれを聞くことになるとは思わなかった。
神魔大戦での俺の最大の役割は魔王を殺すことだったが、大戦と言う以上、俺と魔王がサシで戦って決着を着けられるというものじゃない。
人と魔族による総力決戦、それが神魔大戦なのだ。その数ある戦いの中の一つに、ランテナス要塞攻防戦はあった。
「ファドル皇国における防衛の要、ランテナス要塞を巡って行われた戦い。今でも覚えていますわ、あの地獄を」
「地獄‥‥地獄か、そうだな」
ランテナス要塞攻防戦に限らず、神魔大戦のほとんどは地獄だ。いや、戦争なんてすべからく地獄みたいなもんだろう。
「ってことは、俺と君はそこで会ってるのか」
「ええ、とは言っても私はまだ戦に出られない身でしたので、戦場で共に肩を並べたわけではありませんが」
「ん? 戦に出られないって、じゃあなんで要塞になんて来てたんだ?」
あそこはまさしく魔族と人族が争う最前線。戦えない者がいるとなると、支援部隊の人か。でも、ここまでの実力があってはそれも考えにくい。
カナミは
「私は皇族の生まれでしたから、兵の激励のために要塞にまでつめていたのですわ。幼い時分でしたから、なんの役にも立たたないままでしたけれど」
「ああ、なるほど。皇族、皇族か‥‥」
皇帝は無理にしても、皇族や王家の一員が戦場に激励に行くというのは珍しい話ではない。基本的にはいなくなっても問題にならない者に限るが。
そうか、皇族か‥‥。
「皇族ぅ!?」
「な、なんですの突然」
カナミが驚いた声を上げるが、それどころじゃない。皇族、皇族て。こんな庶民御用達のファミレスでドリンクバー飲んでちゃダメだろ。
そう言われてみれば、確かにそれだけの風格がある。英雄としての雰囲気だけじゃなく、人の上に立つ者としてのオーラを持っていたのか。
同時に彼女の実力にも納得がいった。魔術の能力は血統によって支えられている面も大きい。皇族とはすなわち、最強の魔術師たちが紡ぐ膨大な赤い歴史の頂点に立つ者だ。
「でも待て、君その時いくつだったんだ? 俺がランテナス要塞攻防戦に出たのがたしか十六‥‥の時だったかな」
「ランテナス要塞攻防戦の時、私は十二でしたわ。今は十六ですわね」
「‥‥十六?」
思わず聞き返すと、カナミは憮然とした表情で唇を結ぶ。
「レディの年齢を聞いてその反応は、
「す、すまん」
そうだな、いくらなんでも失礼な態度だった。
にしても、普通に同年代くらいかと思っていた。リーシャはどことなく幼さがあるが、目の前のカナミにはそれがない。皇族としての生まれ、戦を経験し、英雄に足る器として成長した姿。当然、幼さなどあろうはずがなかった。
それにしても、ランテナス要塞攻防戦の激励に来る皇族となれば、ファドル家の人間か。
あの時は確か別のところで戦っていた時に、ファドル皇国からSOSの連絡を受けて、慌てて駆け付けたんだっけ。
ファドル皇国は魔道具の発展により栄えた大国だ。当然その技術は兵器としても使われ、精強な魔族とも互角に渡り合う。にも関わらず、要塞は凄絶な危機に見舞われていた。人の骸が山となり、流れ出た血が沼のように淀む。
それを作り上げたのは、たった一人の怪物だった。
『
俺自身、幾度となく刃を交え、その度に死にかけた。時には、本当に殺される一歩手前まで行ったこともある。
ランテナス要塞に現れた『災』は正確には本来の姿とは異なっていたが、間違いなく称号持ちの中でも最強の一角。
目を閉じれば、あの時の重く圧し掛かる曇天を思い出せる。
だからこそ、それ以外のことがあまり思い出せない。うーん、そう言えばエリスに言われてお偉いさんに挨拶したような思い出もなくはないような気が。
そこまで考えて、あることに気が付いた。
「というかちょっと待て、俺は魔術を発動してたのに、どうやって俺が勇者だって気付いたんだ?」
『我が真銘』の隠蔽能力はすさまじい。
俺が正体を明かさない状態で、面頰に隠された素顔を暴いた者は極わずかだ。少なくとも戦場にも出られないような年齢の少女に破れるものじゃないぞ。
カナミは「その通りですわね」と頷いた。
「あなた様の用いる魔術は紛れもなく人智を超えた超級の代物。本来であればファドル皇国の誰であれ、その正体に気付くことはなかったでしょう」
「いや、そんな人を化け物みたいに言われても」
「事実として、魔王を倒せるだけの力を超級と言わずしてどうするのですか。‥‥話を戻しますが、ファドル皇家の者にはある特殊な伝統があることを御存じで?」
「さあ、さっぱり知らん」
「そ、そうですのね」
そういった各国の事情とかは俺の管轄ではないからな、生憎とさっぱりだ。ただカナミの反応を見る限り、知っていて当然のことみたいだけど。
カナミは気を取り直すように咳ばらいをすると、自らの左眼を指さした。
「私たちのファドル皇国は魔道具と共に発展を遂げた国ですわ。その根底には、そもそもいくつかの魔道具が関係しているのです」
「国の発展そのものに関係する魔道具が?」
「ええ」
そりゃまた、大層な代物だな。日本で言う三種の神器みたいなもんだろうか。
「それらは全て現代の技術では複製不可能なアーティファクトたち。ある意味では、ファドル皇国の魔道具はそれを超えるために作られた副産物と言っていいかもしれませんわね」
「そりゃまた、凄まじいな」
ファドル皇国の魔道具といえば、人族の生活圏では知らない者がいない程に浸透していた。それ程までの性能と品質を兼ね備えていたのだ。
それだけの進化を経て尚届かないとは、まさしくそれこそ人智を超えている。
「そこで話は戻るのですが、ファドル皇国の皇族たちは、物心がつくと同時にある儀式を行うのですわ」
「それが伝統ってやつか」
「はい。自らの身体の一部と、アーティファクトを入れ替えることでそれを守護し、その力を生涯をかけて解析する、『転魄の儀』と呼ばれるものでございますわ」
「‥‥成程な」
ようやく、話が繋がった。
カナミの濃紺の瞳。よく見れば、その左眼だけが微かに魔力を帯びているのが分かる。本当に、意識して見なければ気付かない程の差異だ。
覗き込めば、その奥には人理を寄せ付けない夜空のような深淵が広がっている。いつまでも見ていては、本当に引き込まれてしまいそうだ。
「その左眼が、アーティファクトってわけだ」
「え、ええ、その通りですわ。この義眼こそ皇国に代々伝わるアーティファクトの一つ、『シャイカの眼』。私が勇者様の正体に気付いたのも、この眼があったからこそですわね」
思いっきり顔を近づけてしまったせいか、カナミが顔を逸らしているが、まあそれはいい。にしても国を支えるアーティファクトね。そりゃ俺の隠蔽魔術程度、破れて当然だろう。
合縁奇縁とは言ったもんである。
妙な出会いに腕を組んで頷いていると、カナミが口を開いた。
「今度は私の番ですわね。何故忽然と姿を消した勇者様がこちらの世界でリーシャと共に行動しているのか、お聞かせ願っても?」
「あ、ああ。そうだな、元々はその話をするつもりだったし」
勇者様ショックですっかり忘れてたわ。
俺は一口お茶を飲むと、リーシャと会ってからの経緯をカナミに説明した。
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