第350話 ライブ配信決定‼

    ◇   ◇   ◇




 同時刻、カフェの別の個室には複数の男女が集まっていた。年齢は大体同じくらいだろうが、明らかに多国籍な外見の集会である。


 その中でも最年長の綾香が、店員に適当にメニューを頼んだ。


「‥‥どうして私たちまでここに」



 そんな姉貴分を見ながら口を開いたのは、伊澄月子いすみつきこだ。

 ある意味『東京クライシス』で、最も大きな被害を受けたのが彼女だろう。何せ実家が襲撃を受け、伊澄天涯いすみてんがい伊澄甘楽いすみかんらを失ったのだから。


 しかし月子はそれに関しては既に割り切っていた。


 元々伊澄家は魔術師の中でも古い家系。悪縁など数知れず。いつ誰から襲撃を受けてもおかしくはない。


 何より二人に対して、肉親への情というものはほとんどなかった。自分事ながら薄情だとは思うが、これが伊澄家というものの実情なのである。


 そんな月子が苦言をてしした理由は、別の個室に勇輔とエリスの二人がいることを知っていたからだ。


 綾香はあっけらかんと答えた。


「そりゃ、私たちは今は離れ離れにならない方がいいでしょ」

「それはそうかもしれないけれど、わざわざ同じお店でなくともいいでしょう」

「わざわざ別の店取る方が面倒くさいわよ」

「‥‥」


 そう言われては、言い返すこともできない。


「私も今はあまりみなさんと離れたくなかったので、ありがたいです」

「そうですわね。近い分には不都合はありませんわ」


 綾香の言葉にこたえたのは、二人の異国情緒溢れる少女だった。


 陽だまりをくしけずったかのような金髪に、赤い目をした少女は、リーシャ。異世界アステリスの聖女にして、神魔大戦では『鍵』の役割を担っている。


 そしてその隣で頷くのは、ある意味でこの部屋に最も似合うゴシックドレスを着た少女だ。隣り合っていても、彼女がリーシャと同い年だと思う人はほとんどいないだろう。


 綺麗に巻かれた菫色の髪も、落ち着きを湛えた濃紺の瞳も、明らかに年相応ではない。黒いチョーカーが、白い首を余計になまめかしく見せていた。


 カナミ・レントーア・シス・ファドルはリーシャの守護者を務める魔術師である。


 ファドル皇国の皇女で、勇輔に助けられた過去を持っている。


 彼女は左目に宿した皇国のアーティファクト『シャイカの眼』で、店にいながら周囲の状況を常に観察し続けていた。


「あの、私だけいまいち状況を把握してないんですけど‥‥」


 突如としてこの場に連れてこられ、困惑の声を上げるのは、この場では一番一般人らしい茶髪の少女だった。


 他のメンバーが色彩強め個性マシマシなので目立たないが、大学の中では一際華やいだ雰囲気を放つ勇輔の後輩、陽向紫ひなたゆかりである。


 ひょんなことから魔族と身体を共有することになってしまい、晴れてこの山本家に引き取られることになったのがほんのふた月ほど前。


 他のメンバーと違い、今の状況に唯一ついていけていなかった。


 綾香がそんな陽向に笑いかける。


「ああ、詳しい話は今から聞きましょう。というか、私もまだ完全に知っているわけじゃないし。ねえ、コウさん」


 突然話を振られた、この場で唯一の男が閉じていた目をうっすらと開けた。


「‥‥俺から話せるようなことは何もねーよ」

「そう? シャーラさんも来ればよかったのにね」


 毛皮のコートを着た浅黒い肌の青年、コウガルゥ・エフィトーナはこれ以上喋るつもりはないと言わんばかりに口を閉じた。


 綾香の言う通り、この場には、山本家の問題児筆頭であるシャーラがいなかった。


 月子からも誘ったが、「眠い」の一言だけを残し、部屋にこもってしまったのである。


 昔の仲間だからこそ、いろいろと思うところがあるのかもしれないと、月子はそれ以上声をかけなかった。


 つまりこの場にいるのは、綾香、月子、リーシャ、カナミ、陽向、コウガルゥの六人ということになる。


 運ばれてくる料理をカナミが手早く取り分ける。


 綾香はその様子を眺めながら感慨深げにつぶやいた。


「いやあ、この一週間、マジで激動だったわよ。死ぬかと思ったわ」

「むしろ今日、よく来れたわね」

「それもこれも、全部エリスさんのおかげよ。あの人がいなかったら今頃私はエナドリを全身から噴き出して死んでたわね」

「血じゃないのね‥‥」


 綾香が肩をすくめる。


 それもそのはず。大打撃を受けた対魔特戦部の立て直しは現在も急ピッチで進められており、動ける人員には膨大な仕事が降ってきていた。


 多くの人は知らない事実だが、『東京クライシス』はある第二次災害を引き起こしている。


 『霊災れいさい』である。


 いわゆる妖怪や幽霊といった怪異たちが引き起こす魔術的災害のことなのだが、『東京クライシス』後は、それが事件前の数十倍の規模で起こっていた。


 霊災は人々の不安や、恐怖、思い込みなどから発生する。科学の光が日夜を照らす現代においては、従来濃い影の中でしか生まれない。


 しかし『東京クライシス』というあり得ない事態が、人々の認識を百八十度変えた。


 あり得ないことが、あり得るのだと。


 知っているか、知らないか。気付くか、気付かないか。


 人々の目が原初の闇に向けられた時、闇の住人達もまた振り向いてしまう。


 そうして東京都は空前の霊災祭り状態になってしまったのである。


 当然それに対応するための対魔特戦部なのだが、いかんせん『東京クライシス』によって多くの対魔官たちが仮死状態に追いやられてしまった。


 圧倒的に手が足りない。


 そんな中、対魔官に手を貸したのが、エリスだった。


 彼女は何の偶然か綾香たちと出会い、その役割を肩代わりしたのである。


 エリスの魔術は異世界アステリスでも破格。


 広範囲の霊災を一人で鎮めるだけでなく、その地のエーテルの流れを調律し、次なる霊災が起きないように予防までしてみせたのだ。


 更には事務処理や人間関係においても一流で、綾香の仕事量はなんなら事件前よりも減ったほどである。


 エリスは三条支部の人間からは、もはや女神のようにあがめられている。


 月子が姫、エリスが女神ときて、綾香だけはたたり神のように言われている現状は腹立たしいが、今の綾香はそれすら許せる気分だった。


「だから今日はこうしてエリスさんのために一席設けたわけ。聞いた話じゃ、再会してからまだまともに話せていないみたいじゃない」

「‥‥そうみたいね」

「はい。ユースケさんもずっと家で変でしたよ」


 リーシャの明け透けな物言いに、綾香は思わず吹き出しかける。


 そう言われるのも無理はない。ここ一週間の勇輔は情緒不安定というか、呆けているというか、完全に心ここにあらずだった。


 それでも月子は訓練で勇輔から一本取ることはできていないのだが。


「私も詳しくは知らないけど、いつ戦いが始まるか分からないし、確執は無くしておいた方がいいでしょ」

「まあ、そうね。私たちも少しゆっくり話す時間が欲しかったのは事実だし」


 料理でも食べながら、話をしようと月子が思った時、綾香が怪しく笑った。


「それに、この店ならこういう裏技も可能なのよ」

「裏技?」


 綾香は部屋に備え付けのテレビをつけた。そこには、ここと同じような部屋が映っていた。


 その中央で勇輔とエリスが向かい合って座っている。


 事態を把握するのに数秒かかった。


「‥‥ねえ、これって盗撮よね?」

「違うわ。監視よ。何か起こってからじゃ遅いじゃない?」

「本音は?」

「五年ぶりの恋人同士の会話とか、ここで聞かずしていつ聞くのよ」


 この人はっ――‼


 月子は即座にリモコンに手を伸ばしたが、綾香はそれを避ける。


「おっと」

「おっとじゃないわ。流石に悪趣味が過ぎるわよ」

「何とでも言いなさい。この場を設定した人間として、私にはこれを聞く権利が、いや義務があると言ってもいいわ!」

「そんなわけないでしょう」


 月子は頭痛を感じながら、ため息を吐いた。


「あとできちんと聞けばいいじゃない」

「どうせカナミさんは全部見ているんでしょう。それなら今更じゃない?」

「‥‥」


 カナミの肩がピクリと震えた。確かに彼女は『シャイカの眼』で二人の様子もきちんと見ていた。


「それは安全上の問題でしょう」

「これも安全上の問題ですー。大体――聞きたくないわけ?」

「っ‥‥」


 正直、聞きたい。


 それがどれだけ浅ましくて恥知らずな行いだったとしても、聞きたい。


 過去の話を聞けば聞くほど、勇輔がエリスという女性をどれだけ大切に思えたが察せられる。きっとそう思われないように気を遣って話しているんだろうが、無理だ。


 ところどころで見せる悲しくて優しい顔が、月子の胸を締め付ける。


 そしてコウガルゥからもたらされた過去の真実。


 エリスもまた、勇輔を本気で愛していた。


 その二人の会話、聞きたくないわけがない。


「‥‥いえ、そうだとしても非常識すぎるわ。やめましょう」

「いいんじゃねーの」

「えっ」


 思わず声の方を向く。


 そこではコウガルゥがステーキを頬張っているところだった。


「別にいいだろ。聞かれて困るような話をするわけじゃねーだろうし。こう言っちゃなんだが、ここにいる連中は多かれ少なかれ、あいつらの痴話喧嘩に迷惑かけられてんだろ」

「痴話喧嘩って、もう少し言い方があると思うけれど」


 月子は周囲の反応はどうなのかと他のメンバーを見回した。


 そもそもシャイカの眼を使っているカナミは静かに目を伏せ、陽向は目を逸らし、リーシャは素知らぬ顔でサラダを取り分けている。


 自分が少数派だということに気付いた月子は、小さくため息を吐いた。


「じゃ、決まりね」


 そうして二人の再会は、知らぬ間に中継されることが決定したのである。

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