第268話 閑話 一生ゲーム 中編

 それからカナミと月子もルーレットを回し、それぞれ『科学者』と『サラリーマン』になった。


 カナミの科学者は置いておいて、月子のサラリーマンはミスマッチ過ぎて妙に笑える。


 しかし待てよ、サラリーマンと言われるとあれだが、OLと考えるとしっくりくるな。スーツを着てオフィスにいる月子‥‥中々いいじゃないか。


 俺はまた言葉の持つ奥深さに触れてしまったのかもしれない。


「次は勇輔ね。早く回して」

「ああ」


 そうだった忘れていた。今の俺は無職だが、まだ職業ゾーンは終わっていない。ここでちょうどいい数字を出せば、俺も晴れて無職脱却だ。


「頑張ってくださいユースケさん! 大丈夫です、お仕事就けますよ」


 うるさいわ。本気で応援されると、それはそれでいたたまれんわ。いくら前職が履歴書に書けない職業だったとしても、このご時世選ばなければ仕事はいくらでもある。


 カチカチカチカチ。


 十。


「職業マスを超えたから、このまま無職ね」

「ユースケさん‥‥」

「学生! 俺はまだ学生だから無職で当然だろ!」


 なんなんだこのゲーム。俺をおちょくっているのか?


 それにしても、よく考えたら月子は対魔官、リーシャは聖女、カナミは皇族。俺だけ何の仕事もしてないな。


 いや、ここにいるメンツがおかしいだけで、俺は学生、学生。ノープロブレム。


「じゃ、じゃあ続けますね」


 リーシャが無理矢理明るい声で言いながらルーレットを回した。


「一、ニ、三‥‥この止まったマスのことをすればいいんですよね」

「ええ、そうね。そうやって資産を増やしていくゲームだから」

「ええと、『困っているお婆さんを助けたらお小遣いをもらった。五〇〇〇円ゲット!』だそうです」

「なるほど、このマスはラッキーマスというわけですわね」


 カナミが頷きながら銀行から紙幣を取り出してリーシャに渡す。


 今更リーシャの運がいいことに驚きもしないが、こやつに俺の運も吸い取られている気がしてならない。


「次は私の番ね」


 月子がルーレットを回し、自分の駒を動かす。


「『街で運命的な出会い、恋人ができた。三マス進む』」

「恋人ができると先に進むのか」

「よく分からない仕組みですわね」


 どちらかというと立ち止まりそうなものだけどな‥‥、と思った時、ボードから顔を上げた月子と目が合った。


 しかし彼女はすぐに視線を逸らし、自分の駒を進めた。


 恋人、恋人ね。まあ昔の話だし、これはたかがゲームだ。意識する方が間違っている。


「では次はわたくしが」


 カナミが止まったのは、二人とはまた違うマスだった。


「ええ、『憧れの人とキャンパスライフ、ドキドキが止まらない。 一マス進む』ですわね」

「また進むのかよ」


 というか全員いい感じのマスだな。俺は無職のまま一番後ろにいるというのに。


 カナミはボードを見つめたまま、無言で駒を進めた。


 それから俺たちは順にルーレットを回し、進んでいく。


『道で転んで骨折。 治療費で一〇〇〇〇円払う』


『好きな子に告白しようとしていたらストーカーとして被害届を出された。賠償金として五〇〇〇円払う』


 何故かは分からないが、給料日マスに止まる頃には、俺の手には借金の約束手形が束になっていた。


 このゲームの勇輔君、不憫すぎるだろ。前世でどんな悪いことをしたらこんな目に遭うんだ。


「そ、そんな肩を落とさないでくださいユースケさん、お給料日だそうですよ!」

「俺は無職だから関係ない」

「わ、私の番ですね! ルーレット回します」


 リーシャの職業は『配信者』だ。ルーレットの出目によって給料が変わる職業だが、出目は当然のごとく十。


 現状、一生ゲームの理論値最高額を更新中の聖女様は、紙幣の束を俺の目の届かないところに置いた。


 はなはだみじめだ。


「何やっているのよ本当に‥‥」


 一足先に給料マスに着いていた月子は、さらに進んでいく。


「私は、『最近恋人の様子がおかしい、浮気かも‥‥。 一回休む』」

「‥‥」

「‥‥」


 気のせいか、月子が一瞬俺を見た気がした。何も悪いことをしていないはずなのに、心臓がキュゥッと締め付けられる気がした。


「私は次回休みね」

「生々しいマスもあるのですわね。浮気程度で休んでもいられないとは思いますが」

「そこ、皇族特有の嫌な常識持ち込まないでください」

「私たちはそんなことは致しませんわ。もし父上や兄上が手を出せば、きちんと側室として認めさせていますもの」

「その感覚がこっちじゃ一般的じゃなんだよ」


 側室として認知すれば浮気ではないのね。


 見ろ、リーシャと月子が異次元の会話すぎて目を白黒させてるぞ。


 アステリスは地球と違い、魔術が社会の根幹にある。


 そして魔術は遺伝する部分が間違いなくあるのだ。遺伝子、家庭環境が似通れば、当然魔術もそれに引っ張られる。騎士団に『騎士道』の魔術師が多いのと同じ理由だ。


 となれば、社会も優秀な魔術師の血筋が多く残るような形になっていく。


 つまるところ、一夫多妻だとか、一妻多夫がどの国でも当たり前なのだ。


 こういう何気ないところで感覚のズレを感じると、エリスと話していたころを思い出す。あいつもお転婆だったけどちゃんと王族だったから、価値観を合わせるのに苦労した。


 そんな過去を懐かしんでいると、月子の小さな声が聞こえた。


「待って、勇輔はあちらでは勇者だったのよね」

「ん、ああ。改めて聞かれると恥ずかしいんだけど」


 俺が答えると、月子は何故かカナミの方を向いた。


「カナミさん」

「なんですの?」

「勇者っていうのは社会的地位としてはどのあたりなのかしら?」


 なんで突然そんなこと聞くんだ?


 状況が分からずリーシャの方を見ると、彼女もまたポカンとした顔で二人のやり取りを眺めていた。癒されるわ。


「勇者様ですか? 各国における立場は特殊過ぎて一概には言えませんが、大戦時であれば大国の王にも匹敵する、あるいは超えますわね」

「そ、そんなに高いものなの?」

「ええ、極論、王は代わりの効く存在ですが、勇者様は唯一無二の存在ですから」


 いやあ、そこまで言われると照れるな。しかし立場に見合った役得があったかと言われると、なんとも言えないところだ。どちらかというと、面倒なお偉いさんとの対談や、エリスを不機嫌にするだけのご令嬢との縁談、あとは暗殺に次ぐ暗殺である。


 ただ褒められて悪い気はしない。


 月子も多少は見直すだろうか。


 少しそわそわする思いを押し殺し、リーシャから月子に視線をスライドすると、彼女は神妙な顔で頷いていた。


「一夫多妻が当たり前の世界で、王と同格‥‥」

「さあカナミ! 次は君の番だ、早くルーレット回して!」


 これ以上この話を広げるのはやめよう。俺は後生大事に抱えている誇り高き童貞に誓って、不埒ふらちな行為をしたことはないが、エリスを怒らせた回数に関しては他の追随を許さない。


 そしてエリスを怒らせた出来事は、間違いなく月子も怒らせる。彼女は恐らくエリス以上にそういった不埒な行いを許さないだろう。いやしてないけどね。


「そ、そうですわね」


 俺の剣幕にカナミが慌ててルーレットを回してくれたので、その話題はそれ以上続くことなく終わった。


 危ないところだった。一生ゲーム、なんてスリリングなゲームなんだ。

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