第206話 古き伝説
◇ ◇ ◇
フィンは自分が高揚していることを実感していた。
勇者が目の前にいるのだ。
魔王を打ち倒した最強の男、
今日この時のために、フィンは入念に準備を重ねてきた。自らの魔術、『
一万の軍を一年間維持するためには、並外れたコストが必要となる。しかもその間はサーノルド帝国から一万の軍が消えるのだ。今帝国では、それを悟られないために強気な姿勢を諸外国に示していることだろう。
フィンは第二次神魔大戦に
全てはこの日のためだ。
勇者は強い。
勇輔を遊撃隊や暗殺者などと評したフィンだが、その一点に関しては疑っていなかった。魔王を殺したという事実は、それほどに重い。
サーノルド帝国が有する最強の英雄をぶつけたところで、勝ち目はないだろう。
しかし軍としての強さは別だ。
『
神魔大戦に参加しなかったからといって、帝国の軍が弱いわけではない。
むしろ魔王だけでなく、セントライズの勇者や
地球に来てからもフィンは油断しなかった。
多くの魔術師を有するという利点を生かし、表と裏から情報を集め続けた。
結果的に
その上でこの舞台を作り上げたのだ。
全ては勇者を完膚なきまでに破壊するために。
フィンが見下ろす先で、勇輔が鎧を纏った。翡翠ほとばしる、銀の鎧。この魔術についても多くの情報を集めている。
『我が真銘』。
無限に近い膨大な魔力を生み出し、それによって身体強化を行う魔術だ。時には魔力を武器の形に形成することもあるようだが、基本的には驚異的な速度と膂力で敵を殲滅する。
シンプル故に、崩し辛い魔術だ。
しかしその分、からめ手はないと思っていい。
『
「さあどうする、
軍と勇者との違いは、取れる選択肢の数にある。
それぞれが特攻、防衛、広域殲滅、補助といった役割を持ち、戦況に応じて立ち位置を入れ替えながら戦う。
軍とは、流動的な獣だ。
もし勇輔が正面から突っ込んで来れば、前衛を任された隊と、総大将が止めるだろう。
今回フィンが連れてきた
またの名を、『
フィンの本物の守護者にして、サーノルド帝国最強の男。『
そして隊を指揮する将軍たちもまた、『
セントライズ王国では過去にグレイブ・オル・ウォービスという騎士がいた。バイズが過去何度となく戦い、引き分けた騎士だ。
彼は『
勇者もそうだが、沁霊術式に目覚めなくとも、強き者は多くいる。
この軍では、そういった名無しの英雄たちが牙を研いで待っているのだ。
勇輔は剣を抜いた。光を反射して輝くのは、魔王を斬ったバスタードソード。
伝説の剣を目にした兵士たちに緊張と興奮が走るのを、フィンは感じた。
同時に、この時が来たのだと心臓が破裂せんばかりに鼓動を打つ。
「『来いサーノルド。伝説などという曖昧なものではない、この剣の重さをその身に刻め』」
地鳴りのような雄叫びの中で、勇輔の声は直接頭の中に響いた。
「ッ──!」
手すりを掴む手が血管を浮かび上がらせ、意味もなく叫びたくなる。
今自分は、勇者と戦うのだ。
「来い白銀‼︎ 古き伝説に終止符を打ってやろう‼︎」
ぉおおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお‼︎
軍が巨大な咆哮を上げ、武器を構える。金属と魔力のぶつかり合う音が入り混じり、殺意が膨れ上がった。
どう来る、どう出る白銀!
フィンの視線の先で、勇輔はゆっくりと剣を持ち上げ、切っ先をこちらに向けた。
そして途方もない魔力が鎧の下で
「総員、防御術式‼」
バイズの号令が魔術によって全軍に響き、同時に軍を隠すように白い灰が湧き上がった。
刹那放たれた勇者の一手は、たった一つの言葉だった。
「『
翡翠の言霊が軍を裂く
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