第207話 懐かしさを思う

     ◇   ◇   ◇




 膨れ上がる殺意と熱気。恐怖と緊張を興奮で塗り替える、腹の底を揺らす雄叫び。サーノルド帝国が誇る『竜爪騎士団ドラグアーツ』を前にした時、俺は懐かしさを感じた。


 四年という怠惰の時間は、刃を錆びつかせるには十分すぎる時間だった。


 あるいは、俺は無意識の内にアステリスに居た自分を否定し、隠そうとさえしていた。


 自分自身から目を背ければ、魔術もまた背を向ける。


 ラルカンとの戦いの中、あるいはこの第二次神魔大戦に参加してから、俺は再び自らと向き合えるようになったのだ。


 そうでなければ、この大軍を前に震え上がっていたかもしれない。


 だが、懐かしい。


 この戦場に立つ感覚。己の魔術を全力で振るえる高揚感こうようかん


 ラルカンとの戦いの時にはひたすらに死に物狂いで、そんな余裕はなかった。しかしこの一月、俺は『我が真銘』と対話を続けていた。


 勇者だった頃の俺を認め、されど引きずられず、今の山本勇輔がどんな人間なのか。


 その結果が今だ。


 視界が広く、身体は羽のように軽い。そして内側で静かに魔力を生み出し続ける無限の回廊かいろう


 フィンは言った。


『我が『竜爪騎士団ドラグアーツ』一万の兵士たちがお相手しよう』


 と。


 違うな。


 神魔大戦にもろくに参加せず、自国にこもり続けたお前たちは、試す側じゃない。


 試される側だ、俺たちの前に立つ資格があるか否か。


 剣を持ち上げ、軍の先にいるフィンへと突きつける。すぐに行く、そこで見ていろ。


 俺は膨大な魔力を喉へと集中させる。放つは魔術と呼ぶにはあまりにお粗末な、魔力を言葉に乗せただけの、原始的な咆撃ほうげき




「『折れろひざまずけ




 翡翠の言霊ことだまが万のいかづちとなり、軍を横殴りにした。


「総員、防御術式‼」


 しかしその直前、将の号令と共に軍を覆うように白い灰が舞い上がった。一寸先すらも見通せないような灰燼かいじんとばり


 撃ち込んだ言霊は、白い灰と正面からぶつかり、ぜた。


 それを見た瞬間、思い出した。


 確かサーノルド帝国にはグレイブと引き分けたという『サイン』がいたはずだ。


 名前は『漂白の座ホワイト・サイン』──バイズ・オーネット。


 酒に酔ったグレイブが何度も話してくれた。


 使用する魔術は『灰の将ジェネラル』。広範囲の魔術行使にけていて、軍として相対した時は、その防御を突破するのは至難のわざだったと。


 面白いな。


 グレイブが勝ち切れなかった相手、全力を振るうのに不足はない。


 灰の霧が晴れた時、そこには未だ健在の竜爪騎士団ドラグアーツがあった。

しかし俺には分かる。


 後衛にいた、本来攻撃を受けるはずのない魔術師たち。その多くが今の言霊で崩れた。一度折られた戦意は、俺がいる限り戻らない。


 損耗そんもう率は三割ってところか。


 普通の軍なら全滅判定でもおかしくないが、将軍たちは全員無事。だったらこの程度では終わらないだろう。


 俺が剣を下ろすと、横に人が立つ気配がした。


「ユースケ、手伝ってあげる」


 それはシャーラだった。彼女の実力はよく知っている。加勢してくれれば心強いことこの上ないが、今はそれより月子たちが心配だ。


「『ありがとう。俺は大丈夫だから、後ろを守っておいてほしい』」

「む、仕方ない。だったら私は後ろにいる。後ろで、できることをやる」

「『それは心強いな』」


 シャーラが近くにいる。


 それは自分でも驚く程に、強く心を支えてくれた。


 婚約者だの妻だのと好き放題言っていたが、俺にとってのシャーラは戦友だ。


 その実力はよく知っている。


 シャーラは珍しく素直に言うことを聞き、後ろに下がった。


 そして立ち止まると、その華奢な身体から魔力を放出する。俺やエリスにも引けを取らない、濃密で巨大な魔力。


 待て、何するつもりだ。

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