第208話 本当に何やってるんだ

 思わず後ろを振り返ると、そこには見慣れた黒いドレスに着替えたシャーラがいた。


 手には冥神から餞別せんべつだとたまわった『魂刈りリーパー』という曲剣。


 瑠璃るり色の魔力が星のようにシャーラの周りを輝いた。


 しかしあまりシャーラを見ていられる余裕もなかった。


 既に竜爪騎士団ドラグアーツは部隊を立て直し、攻勢へと転じていたのだから。


「複合術式展開」


 バイズの号令と共に、巨大な魔法陣が軍の上空へと浮かび上がった。それも平面的な陣ではない。


 三次元的に術式を組む、立体魔法陣。


 魔術とは多くの場合、個々人によって異なる。人の本質はそれぞれなのだから、当然だ。


 アステリスでは長い戦いの中で、様々な魔術の研究がされてきた。その中の一つに、複数の魔術師が、魔法陣を介して一つの魔術を作り上げる技がある。


 それが複合術式ふくごうじゅつしき。 



 大規模な軍同士での戦争でしか見ることのない、地球で言う大量破壊兵器だ。


 赤黒い魔法陣は不気味な球体と化し、何かを産み落とさんと脈打つ。


 それを見て改めて理解した。竜爪騎士団ドラグアーツはアステリスでも最高峰の軍だ。この規模の複合術式を、短時間で組み上げるのは見たことがない。


 今から止めようにも、距離がありすぎる。


 バイズの声が引き金を引いた。


「『火坑を穿つイフレーリア』──放て」


 収束した魔法陣から放たれたのは、巨大な炎の槍。


 空に穴を穿たんばかりに大気を飲み込み、燃え盛るそれは、もはや天災に等しい一撃だった。


 近づいただけで可燃物は燃え上がり、直撃すれば焼けるのではなく、消し飛ぶ。周囲一帯は溶岩の沼地と化すだろう。


 これは完全に撃ち落とさないと、月子たちに被害が行くな。


 そう判断し、俺が剣を構えた時だった。


 肌を焼き焦がす熱量とは対照的な、涼やかな声が聞こえた。


「沁霊術式──解放」


 まるで真摯しんしな祈りのように、あるいは誓いのように。


 彼女は告げた。




「『冥開めいかい』」




 陽が落ち、夜が訪れる。瑠璃るりの輝きが空を、地を、炎を飲み込み、世界を彼女の色に染め上げた。


 目の前に現れたのは、氷の世界だった。石畳には霜が降り、空は太陽が隠れて暗い。


 何よりも俺たちの頭上へと迫っていた『火坑を穿つイフレーリア』。街一つを消しとばして余りある炎の槍が、完全に凍りついていた。


 炎が、凍っていたのだ。


 城壁や地面から伸びた氷の腕が炎を掴み、完全にその熱を封じ込めている。


 久しぶりに見たな、これ。相変わらずなんて無茶苦茶な魔術だ。


 シャーラの使用する魔術、『冥開』。


 彼女はフィンの『我城がじょう』を、自身の魔術で強引に上書きしたのだ。


 他者の魔術領域の内側に、更に魔術領域を展開するという荒技。


 しかもここは正真正銘シャーラの住んでいた土地、『冥府』だ。


 イメージを再現しているのではなく、本当に現世と冥府を魔術によって繋げるのが、彼女の魔術。


 幸か不幸か冥神がいる場所には干渉できないそうだが、神話の世界を現世に持って来られる時点でおかしい。


 俺や月子たちはシャーラの加護によって守られているが、冥府の冷気はあらゆるものを凍らせる。


 それこそ、炎さえも熱を忘れ、その揺らぎを止める。


「‥‥抑え込まれた」


 後ろから不服そうな声が聞こえた。


 確かにシャーラの『冥開めいかい』が塗り替えたのは、竜爪騎士団ドラグアーツの手前まで。


 彼女の魔術ならこの広場全体を冥府に変えることも可能なはずだ。


「『それだけフィンの『我城がじょう』が強固だったのか』」

「違う。この魔術の強度は大したことない。私の魔術を止めたのは、あの白いの」

「『白いのって、あの灰か』」


 バイズが展開したと思われる灰は、まるで壁のように分厚く軍の前を覆っていた。


 あれでシャーラの魔術を食い止めたのか。距離の問題もあるだろうが、流石は『サイン』の一人。グレイブが苦戦したのも納得がいく。


 あれを遠距離で抜くのは苦労しそうだな。


 まあ、初めからそんなつもりはないけれど。


 俺は剣を構え直した。


 お互いに探り合いは終わりだ。ここからは正面からぶつかり合う。


 さあ、やろうか竜爪騎士団ドラグアーツ

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