第341話 閑話 ドキドキ! リーシャのマジカルクッキング! 序章

 山本家キッチンの支配者は、カナミ・レントーア・シス・ファドルである。


 現代においては料理男子なるものも流行っているそうだが、山本家はそれまで古き良き男の独り暮らしを体現した寂しいキッチンを誇っていた。


 それが異世界の皇女が君臨したとたん、キッチンは見たこともない調味料やセンスの良い食器が並び、ここが異世界かと見紛わんばかりに変化していった。


 まさしく占領である。


 それも三大欲求たる食を支配するという無血侵略。


 引っ越しと同時にその支配は加速し、五人の食事を用意するという大義名分のもと、その領土を拡大していった。


 実家よりも大きい冷蔵庫の中には作り置きの総菜と、すぐに食べられる果物、個々人の好みに合わせた飲み物が必ず用意されている。


 圧力鍋を初めて使ったカナミが、


「圧力‥‥! 圧力をかけることでお肉がこんなに柔らかくなりますの⁉ どんな拷問を重ねればこんな発想が‥‥っ!」


 と目をかっぴらいて戦慄していたのは記憶に新しい。


 ちなみに圧力鍋は決して重しを乗せる拷問から生まれた調理器具ではないが、それを訂正した勇輔の言葉は、カナミには届かなかった。


 そんなカナミの聖域と化しているキッチンに、二人の少女が立った。


 透き通るような金髪を三つ編みにした、家庭的とは正反対の位置に存在する聖女、リーシャと、意外にエプロンが似合う女子大生、陽向紫ひなたゆかりである。


 この二人がキッチンにいること自体は、実は珍しくない。


 しかしカナミなしの二人で立っているのは中々見ない光景だった。


「陽向さん、別に私一人でも大丈夫ですよ。訓練で疲れていますし、休んでいてください」「いや、私はもうシャワーも浴びたし、大丈夫だよ」


 陽向はそう言って、ばっちり化粧を済ませたまぶたを瞬かせた。


 実際陽向の言葉通り、彼女の訓練は午前に終わっており、今は勇輔と月子がマンツーマンで訓練をしているところだった。


 今日はカナミが対魔特戦部に行き、情報の交換をする日なのだ。彼女は特に地球の科学力に強い興味を抱いており、こういった打ち合わせの日は夜まで帰って来ないのが通例だった。


 そんな時は、たいてい作り置きの総菜で済ませるのが常なのだが、今日に限っては違った。


 冷蔵庫を開けた陽向が言った。


「リーシャちゃん、まだ結構お惣菜残っているみたいだけど、今日は使わないんだよね」

「はい! 今日は私が作ると約束しましたから!」

「そ、そうなんだ」


 目をキラキラさせて拳を握るリーシャを見ながら、陽向は頷いた。


 たしかにリーシャがカナミから料理の手ほどきを受けているのは見てきたが、リーシャが一人で料理をしている姿は見たことがない。


 だからこそこうして助っ人として立っているわけだが、どうしてか彼女には並々ならぬ自信があるようだった。


「それで、何を作るの?」


 既に冷蔵庫の中身を見て、なんとなく察しはしつつも、陽向は聞いた。


「はい‥‥。今日はカレーを作ります」


 リーシャは極秘裏の作戦を伝えるように言った。


 ――やっぱりカレーかあ。


 玉ねぎに人参、ジャガイモがそろっている時点でそんな気はしていた。


 たしかにカレーといえば失敗する方が難しいと言われる料理だ。ぶっちゃけた話、具材を炒めて規定量の水とルーを入れれば確実にできる。


 しかし、


「ふふふ、この日のためにきちんとカナミさんがレシピも用意してくれていますからね」


 なんか、大丈夫かな。


 レシピを手に笑うリーシャを見ていると、妙な不安に駆られるのであった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




作者、死んでいます。

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