第342話 閑話 ドキドキ! リーシャのマジカルクッキング! 下ごしらえ編

「まずは野菜を切ります!」


 リーシャはそう言うと、包丁を持って玉ねぎを取った。


 そしてしばらく玉ねぎとにらめっこしていると、陽向の方を向いた。


「あの、玉ねぎの皮ってどこまで剥けばよいのでしょうか」

「え、そこから⁉」


 思わず陽向は叫んでしまった。料理が得意なイメージはないけれど、リーシャはカナミとよくキッチンに立っている。


 まさか玉ねぎの剥き方を知らないとは思わなかった。


 リーシャは恥ずかしそうにうつむいて言った。


「あ、あの。私も見ていなかったわけではないんですよっ。ただカナミさんがしばらくは包丁は禁止と言って、手でちぎるようなような下ごしらえばかりだったんです」

「あ、ああ。そういうこと」


 一応頷きはしたが、いまいち納得はできなかった。


 確かにカナミは過保護というか、リーシャに対しては姉のように接している面がある。


 しかし流石に包丁も持たせないほどとは思えなかった。


 何か理由があるのかなと思いながら、陽向は玉ねぎを指さした。


「半分に切ってから、両端を落として、茶色い皮だけ剥けばいいんだよ」

「なるほど、分かりました。やってみますね!」

「うん、手だけは切らないようにね」


 そうは言っても、流石に玉ねぎを切るだけで怪我はしないだろう。


 リーシャはきちんと猫の手で玉ねぎを押さえると、包丁で切った。


 ダンッ‼ と叩きつけたような音が響き、陽向はその場で跳び上がった。


「え、何今の音⁉ 普通に切ってたよね⁉」

「あ、ごめんなさい。少し力が強かったみたいです。次はもう少し弱めにやりますね」


 そう言いながら、ヘタを切り落とそうとリーシャが包丁を入れる。


 再びダンッ! と凄まじい音が鳴った。


「だからどうして⁉」


 母が父との喧嘩で怒り狂っている時にしか聞かない音だ。硬い物を切っているならまだしも、相手は玉ねぎである。


 リーシャも焦った様子で首を横に振った。


「だ、だだだ大丈夫です! きちんとまな板には聖域を張ってあるので、傷ついてませんから!」

「そういう問題じゃ‥‥というか、え、まな板に魔術使ってるの?」


 大分前に勇輔が、「リーシャが口の中に聖域張ってさぁ」と意味の分からない発言をしていた気がするが、他の女の話ばかりしてんなこいつ、と思っていた陽向は、話半分に聞いていた。


 こういうことか、と今更になって納得する。


 ついでにカナミがリーシャに包丁を持たせていなかった理由もよく分かった。


『この子、力の制御が下手なのね。直接触る分には細かい調整もできるんだろうけど、道具を持った瞬間にわけ分からなくなるタイプだわ』


 え、そうなの?


 心の中で突然話しかけてきたノワール・トアレの声に、陽向は言葉に出さず返事をした。


『人族とは思えない程の魔力量だし、日常的に身体に流し続けている影響で、身体が本人も知らない間に強化されてるのよ。魔族だとわりとある話』


 そうなんだ。それって私生活結構不便じゃない?


『不便ね。でも子供のころから普通に生活を送っていれば慣れる話なのよ。聖女だって話だし、よっぽど箱入りの生活をしてきたんでしょ。調理道具どころか、道具そのものを使わない生活だったんじゃない?』


「それ、どんな生活‥‥」


 思わず陽向はつぶやいた。


 陽向もそれなりに裕福な家の出身だが、道具を使わない生活なんて想像もつかない。


 しかしノワの言う通り、リーシャの生活のほとんどは、お付きの者たちによって支えられていた。


 結果がこの力加減のバグった聖女なのだ。


 陽向はあわあわするリーシャに優しく言った。


「とりあえず優しくやろうリーシャちゃん。大丈夫、ゆっくりでも引きながら切れば切れるから」

「そ、そうですね。ありがとうございます。優しくします」


 そう言ってリーシャは丁寧に丁寧に残りを切り、皮を剥いていった。


 玉ねぎ一つを処理するのに、三分近くかかった。


 それからフルコースでも作っているのかと思う時間を経て、一通りの下ごしらえが終了した。


「あとは炒めて煮るだけだね」

「はい、カナミさんのレシピ通りに進めていきます」


 ここまで来れば、いくら道具の扱いが苦手でも問題はない。火加減と分量さえ間違えなければ、美味しいカレーが完成するはずだ。


 安堵の息を吐く陽向に対して、リーシャが顔を明るくして言った。


「今回はカナミさんと相談して、レシピにいろいろと工夫をしたんです。ユースケさんが気に入る味付けになるようにって」

「リーシャちゃん‥‥」


 その顔があまりにも嬉しそうで、陽向はうっすらとほほ笑んだ。


 この子が勇輔に対して抱いている思いがなんなのかは、陽向には分からない。友愛なのか、親愛なのか、恋愛なのか。


 ただ間違いなくユースケのことを強く想っているのは確かだ。


 強力なライバルになるかもしれないけれど、この純粋な想いは見ているだけで心が洗われるようだった。


 そう、陽向はそう感じたのだ。


 しかし彼女は違ったらしい。


『へえ、ユースケの気に入る味?』


 さっきまでは大人しく見ていた恋の獣が、そう牙を剥いた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




作者、大分生き返りました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る